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第7話

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 美佐子の大きなスーツケースを2つ、フェリーターミナルに預け、俺たちはバイクで二人乗りをして海岸沿いを走り、風になった。
 美佐子は私の背中にしっかりと抱き付き、島の景色に見惚れていた。


 「凄く綺麗な空と海ねえー! ズルいわよーっ! あなたばっかりこんなところで生活するんなんてーっつ!
 好きよーっ、あなたのことが大好きーっつ!」
 「聞こえないよー! 何だってーっ!」

 美佐子はそれに答える代わりに、私の腰に回した腕に力を込めた。
 俺は海岸通りにバイクを停めた。


 俺たちはヘルメットを脱ぎ、口づけを交わした。
 それは忘れていたキスの味だった。
 美佐子のそれはミントの香りがした。
 空はどこまでも抜けるように青く、そして海面はダイヤモンドをばら撒いた様にキラキラと輝いていた。
 
 「良かったあ。あなたをここまで追いかけて来て」
 「何もないぞ、この島には」
 「あなたがいるじゃない? それだけで充分」
 「いつまでいれるんだ?」
 「いつまで? ずっとここで暮らすつもりよ。あなたと一緒に」
 「相変わらずバカな女だ」
 「だってあなたの女だもの」

 俺と美佐子は強く抱き合って笑った。
 心地良いシーブリーズ。
 頭の中で山下達郎の『Ride on Time』が鳴っていた。



 俺は親方から軽トラを借りて、荷台に美佐子のスーツケースを載せて家に向かった。
 助手席に美佐子を乗せて。


 「魚臭いだろう?」
 「気にしないわよ、そんなこと」
 「頼もしいな? まあ、ここでは原始人になったつもりで生活するようなものだからな?」
 「それを言うならアダムとエヴァでしょ?」
 「そうだな? あはははは」
 「智久さん、笑えるようになったのね? 良かった」

 そう言って美佐子は俺に頬を寄せた。



 家に着くと美佐子はシャワーを浴びた。
 俺はトウモロコシと枝豆を茹で、魚を捌いて刺身を造っていた。

 そろそろ美佐子が風呂から上がって来る頃だったので、俺は天ぷらの準備に取り掛かった。
 美佐子にアツアツの天ぷらを食べさせてやりたかったからだ。


 美佐子はTシャツと短パンに着替えて来た。
 ノーブラだった。

 「ああ、さっぱりしたー。
 あなたも入って来たら? あとは私がやっておくから」
 「じゃあシャワーだけ浴びて来るよ、冷蔵庫にビールがあるから適当に摘まんで飲んでいてくれ。
 後で俺が天ぷらをご馳走するから」
 「私も髪の毛を乾かすから待ってるわ。それにスッピンだし」

 美佐子は両手で顔を隠して笑った。

 「美佐子はスッピンでもいい女だよ」
 「ありがとう、お世辞でもうれしいわ。
 でも私、もうオバサンよ」
 「俺はジイサンだよ」

 俺たちは互いの顔を見詰めて笑った。



 風呂から上がると俺は天ぷらを揚げ始めた。
 その傍で、美佐子がビールを片手に揚げたての天ぷらを立ったまま摘まんでいた。

 「おいしいーっ! 揚げたての天ぷらと冷たいビール、最高!」
 
 美佐子は自分のビールを私の口に運び、私も同じように揚げたての海老天を齧り、ビールを飲んだ。

 「美味しいでしょう?」
 「それはそうだ、俺の揚げる天ぷらは最高だからな?」

 俺たちは軽くキスを交わした。

 

 小さな卓袱台ちゃぶだいには沢山の料理が並んだ。

 「豪華な夕食ね? こんなにたくさん!」
 「この島で採れた新鮮な物ばかりだ。
 特別な調理は何もしていない。茹でて切って揚げただけだ。
 東京では味わえない最高の贅沢だ」

 トウモロコシに枝豆、冷えたトマト、魚介の刺身に天ぷら・・・。


 「これからの俺たちの第二の人生に乾杯」
 「素敵。あなたとこうしていることが」
 「まさか俺も美佐子とこの島で暮らせるなんて思わなかったよ。
 離婚してから半年だっけ? 入籍出来るのは?」
 「えっ、私と結婚してくれるの?」
 「イヤなのか? でもここには指輪は売ってないぜ、取り敢えず観光土産のサンゴの指輪でもいいか?」

 美佐子は何度も頷き、涙を零した。
 俺はそんな美佐子を強く抱き締めた。
 窓に吊るした風鈴が涼しげに鳴った。
 穏やかな夏の夕暮れの風が、この部屋を吹き抜けて行った。

 遠くからは波の音、夕暮れ近くのヒグラシの鳴く音が聴こえていた。

 俺たちは回り道した時間を埋めるかのように、激しく愛し合った。
 
 ビールの泡は消え、温くなっていった。
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