沈黙のメダリスト

友清 井吹

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Ⅳ オリンピック代表

13 これは妨害だろう?

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ウォータールー橋近くで残り2kmの表示が見えてきた。
ウエストミンスターブリッジで左に曲がると長い直線がある。決めた。あそこでダッシュだ。

給水所にはもう誰も近寄らない。
ビッグベンが見える90度のカーブが終わった途端、スパートをかけた。
3位の選手を抜いた。ついさっきまでトップを走っていた選手だ。
後はゴールに向けてまっしぐらだ。
前には二人だけ。絶対追いつく。そして抜いてやる。

そこで意外なことが起きた。
突然、緑色のシャツを着た選手が、目の前に現れた。
何でだ?道は直線でこんなに広いのに。

左に寄ってすり抜けようとしたが、また前に来る。
おまけに手の振りを大きくして、近寄ると当たりそうになった。
右に行こうとすると、また寄ってくる。
横目で、淳一の動きを見ながら反応しているようだ。

これは妨害だろう?
左に移動して、そのまま突っ込むように突き進んだ。

バッキンガム宮殿を左に見る最後の右カーブ。
大歓声が聞こえる。先頭はすぐそこだ。
あと少し。もう少しだけ頑張れ。
500mの直線路を真っ直ぐ走る。はるか向こうにフィニッシュ地点が見えてきた。
先程の選手がまた近づいてきた。淳一の前に回り込み、進路を塞ごうとする。

この野郎!猛然と右に寄ってダッシュ。
もうぶつかっても構わない。実際、肩が触れ合った。
そいつと二人、肩を並べながらフィニッシュラインになだれ込んだ。

電光掲示板は2時間8分5秒34で止まっている。
3位か。
先頭の選手と10mの差。ほんの少しの差だ。わずかに俺の邪魔をした選手が速かったようだ。
呆然と立ち尽くす淳一に、女性の係員がタオルをくれた。

こんな終わり方ってあるのか?
タオルを持ってその場にしゃがみこんだ。

1位、2位の選手が抱き合い、大きな緑の国旗を頭の上にかかげて走り出した。

俺は3位で銅メダルか。
いつの間にか現れた大河原さんが、走路にいる淳一に大きな日の丸を投げてきた。
拾ったが、広げて喜ぶ気にはなれなかった。
また大歓声が起こった。
振り返ると、4位のイギリス選手がフィニッシュをしたようだ

ゆっくり観客席に目を向けた。
足を引きずりながら由佳を探す。探していると涙があふれ出てきた。
紫色の幕のすぐ上に、日の丸を持つ由佳を見つけた。

唇をかんで、彼女を見つめた。
涙が止まらない。
あんなに走ったのにまだ水分が残っているなんて。日の丸を肩にかけた。

「僕は負けた。君があんなに助けてくれたのに勝てなかった。本当にごめん」
彼女も泣いていた。泣きながら頭を左右に振った。

「あなたは勝った。みんな知っている。本当はあなたが一番」
涙で彼女がぼやける。悔しいし悲しい。

「僕の頑張りが足りなかった。3位ではだめだ。君に謝る。本当にすまない」
彼女は首を横に振り続けた。
「何位でもかまわない。私はあなたを誇りに思う。あなたを愛している」

周りの観衆が、二人の手話に気付いたようだ。
由佳がいる近くの人たちが、ゆっくりと拍手を始めた。それがだんだん周りに広がっていく。

彼女の母親が、泣いている由佳に周りを見るよう促した。
彼女も視線を上げ、周囲の人が自分達に拍手をしてくれているのに気付いた。
涙をぬぐい、観客に向かって軽く膝を曲げ、何か短い手話をした。
最後にその場を離れる淳一に小さく手を振り続けた。

美智子は由佳の手話が分からなかった。
「さっき手話で、何を伝えたの?」
「イギリス手話で、アイ ラブ ロンドン。でも誰も分からないと思う」

確かにその場の人たちは分からなかったかもしれない。しかし・・・


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