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Ⅰ 未完のアスリート
28 柳本先生
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文学部の受験というのは、防衛大を落ちて初めて視野に入れた学部だ。相談したのは二人。
まず担任の吉見先生。
「防衛大は残念だったね。でも倉本君には悪いけど私はほっとした。君が銃を持つよりチョークを持つ教師になってほしいと思っていたから。読書量なんか他の誰より多いし、私のように文学部はどうかな。考えてみてね」
先生は二十代半ばで、ここが初任校だ。大きな黒縁の眼鏡をしている。
一度メガネを外した顔を見て、きれいだなと思ったことがある。
俺の事を本気で助けてくれた。いつかお礼をしたいが、そのためにはまずどこか受からなければ。
相談したもう一人は小6の担任、柳本先生。
卒業校に電話して、今どこにいるか聞いたが教えてくれない。
「君のことを柳本先生に連絡して、先生から君に電話をしてもらう。電話番号は?」
「電話も携帯もないんですが」
「なんだ、いたずらか」と言われ、電話を切られてしまった。個人情報っていうのか。
もう会えないと思っていたが、同じ高校で小六の時同級生だった女子に聞くと簡単に教えてくれた。
「去年から、西神小学校に移ったよ。そういえば倉本君、柳本先生には目をかけてもらっていたじゃない」
そうだったかな?
柳本先生の授業はテンポが速く面白かった。特に社会科は、歴史上のことや先生の経験談が多くて飽きさせなかった。
ただ忘れ物や約束破りには厳しく、誰かを怒ったときは震え上がった。
反面先生が怖いからか、いじめやもめごとは少なく、弱い立場になることが多かった淳一は安心して学校へ行くことができた。
母が、個別懇談会で聞いた話を笑いながら教えてくれたことがある。
「先生はね。淳一君はどちらかと言えば文系。将来、弁護士とか大学教授なんかいいですね、だって。六年後なんてどうなっているかわからないのにね」
その六年後がもう目の前だよ。母さん。
柳本先生のいる学校には、願書を出す間際、放課後に行った。
職員室で聞くと運動場でサッカーの指導中とのことだ。
子供たちが向かい合ってパス練習をしている。それを見ながら話を聞いてくれた。
「えらくやせたな。お母さんが亡くなって何年になるかなあ。お前のことを気にはなっていたんだが、苦労しているみたいだな」
「いや、何とかやっています。それより大学の学部の選択で悩んでいます」
「どこの学部がいいかって?それはお前、倉本の好きだった歴史とか文学の勉強ができる所がいいんじゃないか。今でも本は読んでいるんだろう?教育学部もいいな。教師という仕事は面白いぞ。金儲けはできん世界だが、努力や工夫をしていたら、概ね報われるわな」
子供たちに指示して、ミニゲームをさせた。女子を含めてみんな上手だ。
「見ていて面白いだろう。子供って信じられんくらい早く上達するんだ。お前、あの頃サッカーとかうまくなかったが、ボールにくらいついて、よく走っていたなあ。思ったより根性あると感心していたんだよ。今まで人に言えんようなしんどいことがあったと思うが。違うか?けどなあ、人生、開けない・・」
「夜はないでしょう?先生」
「覚えていたのか。冬来たりなば春遠からじ、だ。いつでもまた来いよ。金以外の相談だったら、いや金の話でもいいから困ったら来い」
雪のちらつく寒い日だったが、心がほっこりと温かくなった。
まず担任の吉見先生。
「防衛大は残念だったね。でも倉本君には悪いけど私はほっとした。君が銃を持つよりチョークを持つ教師になってほしいと思っていたから。読書量なんか他の誰より多いし、私のように文学部はどうかな。考えてみてね」
先生は二十代半ばで、ここが初任校だ。大きな黒縁の眼鏡をしている。
一度メガネを外した顔を見て、きれいだなと思ったことがある。
俺の事を本気で助けてくれた。いつかお礼をしたいが、そのためにはまずどこか受からなければ。
相談したもう一人は小6の担任、柳本先生。
卒業校に電話して、今どこにいるか聞いたが教えてくれない。
「君のことを柳本先生に連絡して、先生から君に電話をしてもらう。電話番号は?」
「電話も携帯もないんですが」
「なんだ、いたずらか」と言われ、電話を切られてしまった。個人情報っていうのか。
もう会えないと思っていたが、同じ高校で小六の時同級生だった女子に聞くと簡単に教えてくれた。
「去年から、西神小学校に移ったよ。そういえば倉本君、柳本先生には目をかけてもらっていたじゃない」
そうだったかな?
柳本先生の授業はテンポが速く面白かった。特に社会科は、歴史上のことや先生の経験談が多くて飽きさせなかった。
ただ忘れ物や約束破りには厳しく、誰かを怒ったときは震え上がった。
反面先生が怖いからか、いじめやもめごとは少なく、弱い立場になることが多かった淳一は安心して学校へ行くことができた。
母が、個別懇談会で聞いた話を笑いながら教えてくれたことがある。
「先生はね。淳一君はどちらかと言えば文系。将来、弁護士とか大学教授なんかいいですね、だって。六年後なんてどうなっているかわからないのにね」
その六年後がもう目の前だよ。母さん。
柳本先生のいる学校には、願書を出す間際、放課後に行った。
職員室で聞くと運動場でサッカーの指導中とのことだ。
子供たちが向かい合ってパス練習をしている。それを見ながら話を聞いてくれた。
「えらくやせたな。お母さんが亡くなって何年になるかなあ。お前のことを気にはなっていたんだが、苦労しているみたいだな」
「いや、何とかやっています。それより大学の学部の選択で悩んでいます」
「どこの学部がいいかって?それはお前、倉本の好きだった歴史とか文学の勉強ができる所がいいんじゃないか。今でも本は読んでいるんだろう?教育学部もいいな。教師という仕事は面白いぞ。金儲けはできん世界だが、努力や工夫をしていたら、概ね報われるわな」
子供たちに指示して、ミニゲームをさせた。女子を含めてみんな上手だ。
「見ていて面白いだろう。子供って信じられんくらい早く上達するんだ。お前、あの頃サッカーとかうまくなかったが、ボールにくらいついて、よく走っていたなあ。思ったより根性あると感心していたんだよ。今まで人に言えんようなしんどいことがあったと思うが。違うか?けどなあ、人生、開けない・・」
「夜はないでしょう?先生」
「覚えていたのか。冬来たりなば春遠からじ、だ。いつでもまた来いよ。金以外の相談だったら、いや金の話でもいいから困ったら来い」
雪のちらつく寒い日だったが、心がほっこりと温かくなった。
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