沈黙のメダリスト

友清 井吹

文字の大きさ
上 下
4 / 139
Ⅰ 未完のアスリート

4 水泳部

しおりを挟む
高校に入ったら何かスポーツをして、今までの自分を変え、心も体も強くなりたいと思っていた。

陸上、柔道、バスケット、サッカー部・・・。どのクラブを見学してもしっくりこない。今まで運動部やスポーツクラブに一度も入ったことがない。一から始めるにはどこも敷居が高すぎる。何をやっても素人だし金もかかりそうだ。もう部活なんかしなくていいか。そう思いながら運動場の端でぼんやりたたずんでいた。

「おい、そこの新入生」
頭の上から声がした。
「もう部活決まったんか。まだやったら水泳部を一度見に来いよ」
見上げると、プールのフェンス越しに声をかけてきた先輩がいた。

「でも俺、あんまり泳げません」
「いいって。全部教えてやるから大丈夫だって」
そうだな。水泳なら水着だけで安上がりかもしれない。その日のうちに、水泳部に入部した。

高校生活が始まると、毎日家事に追われた。母が入院してからは、義父と食事や洗濯の仕事を分担していたが、これからは全部一人でしなければならない。
朝起きたら、まず洗濯機を回す。朝食は納豆にご飯だけが多い。何でもいいから食べておかないと昼前にかなりつらい思いをする。
弁当は夕食の残りと海苔やふりかけをご飯の上に散らすだけ。天気を見て、家の外か中に洗濯物を干してから登校する。

学校で話すのは水泳部の男子ぐらい。女子生徒は、みんな自分よりはるかに大人びて見えた。
入学して間もなく、三人の女子に声をかけられた。
「倉本君、クラスの連絡網を作るから、携帯の番号とメルアド教えてくれる?」

ぼそっと携帯を持っていないことを伝えると、唖然とした顔つきになった。
「とりあえず家の電話番号でいいよ」
一人が優しく言ってくれた。けれど義父が家を出た時、電話も撤去されていた。
後で配られたプリントには、枠外に長々と淳一の住所が記されてあった。

水泳部の練習は甘くなかった。溺れない程度には泳げたが、競泳レベルには程遠く、他の新入部員とは別に基礎練習ばかりやらされた。淳一を誘った白井部長は責任を感じたのか、いつも熱心に教えてくれたので、なんとか泳ぎ方も様になってきた。

ネックは腕力の弱さだ。キック練習はついていけるが、ビート板を足にはさみ、腕だけで進むプルの練習は苦手だ。白井先輩は淳一のことを何かと気にかけてくれた。
「腕立てとか、ダンベルでもやって鍛えとけよ。水をかく力が付くから」

夏を経て身長が伸び、肩幅も広がった。しかし他の部員と見比べるとひょろっとした貧弱な体形で、いつも恥ずかしい思いをしていた。

一応泳げるようになったクロールと背泳の記録は、水泳大会のたびに伸びた。100mの自由形で2分もかかっていたのが、徐々にタイムを上げ、8月初めの大会で1分20秒。九月の新人戦では1分12秒まで縮めることができた。たいして速くもないが、やっとみんなに追いつくことができたという安ど感を得た。

2年生の仁志紀和子先輩は、淳一の手を取って腕のフォームを教えてくれた。今までに見たことのないきれいな人で、どぎまぎしながらも言われたことを繰り返し練習した。彼女からほめてくれるのがうれしくて、なおのこと練習に打ち込んだ。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

処理中です...