永遠の恋だったとして

うえ野そら

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約束なんてできない

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永遠の恋
これはきっと、叶わなかった恋のことを指す言葉だと思う。
わたしの恋は終わりはしない。わたしが終わらせないと決めたから
銀色夏生の詩集。確か『君のそばで会おう』から。

そう。ふられても、ふられても。
その恋を終わらせないと決めたなら
実行したならば
その恋は永遠になる

でもね
臥薪嘗胆という言葉の意味、知ってる?
辛い想いをしても痛み苦しみに耐えて目標を達成するんだ~って事だと思ってたら、本質はちょっと違うらしい。
 人は簡単に目の前の幸せに引き摺られやすいから、大切な目標を叶えるには、常に自分を辛い状況において、その時の気持ちを忘れない努力が必須になるというお話らしいのね。
 どんなに大切な事でも目の前のしあわせがあったら忘れるよ、と逆説的に言いたいわけ。

何の例えかといったら、やっぱり、失恋の傷を癒やす薬は新しい恋だな~と思うわけよ。


まあね、確かに、銀色夏生は
『ちゃんとした失恋をせずに次の恋にすすんではいけません』とも言っている。
 これは、そうしないと恋の火傷をしちゃう事があるからだと思う。

あとはねぇ、
『さみしさだけを紛らすために愛することを誰も拒めない』とは大江千里の『きみと生きたい』てのもあるから、まあ適当に、いいひと見つけて、そのひとのそばで失恋まで時間をつぶすか。

結局、どんな辛い結末を迎えても
ひとは何度も恋をするし

そこに恋の永遠性は一見ないように思えても
『行く河の流れは絶えずして しかももとの水にあらず』の様に、あるいは『わたしは何をしても許される身ですから』と言った源氏の君の様に
結局すべての恋がつながっていて、
初恋のひとの幻影を延々と追い続けていた、ってのは永遠の恋と呼べるものかもね


そんな事をぶつぶつ呟きながら
それでも『だから、わたしに、ずっと好きでいて、なんて言われても困る』と彼女は言ったのだった。
 
 香月と書いて『こうづき』という苗字を持つ活発な背の小さい女の子。
 当時、現役高校生
 名前は、早苗。
 幼馴染みという友人たちから『かづき』と呼ばれていたから、出会ってから気づくまでの長い間、名前だと思っていた。
 『こうづきさん』と呼ぶ人も当然いたわけだから、 香月が苗字なのだから、かづきは名前。
 早苗と書いてかづきと呼ぶのだと思っていた。
 結局、世間話がたまにできるだけの関係から一歩進もうと、意を決して放った言葉が『かづきって名前いいね、どうしてそう読ませたんだろね?春の苗の香りなんだろうか』だったわけだが、それが、特別な関係になるきっかけになったわけで、世の中の恋愛マニュアルなんて役に立たないものだな、と今でも思う。

 『何言ってんの?名前は早苗だよ。さ・な・え。かづきは渾名で苗字の漢字がかづきと読めるから、いつからか、カヅキと呼ぶ人間が何人かいるだけ。』
 『そうなんだ』と返事しながら、どこかホッと、した表情を見せると、『何をあからさまにホッとした顔してんの?』
 と、聞かれたものだから、慌ててしまって、『いや、ほら、男子にカヅキって呼ばれてるやろ?恋人だと思ってたから。』
 何をそんなに慌ててたんだろうと、今思い返しても、そう想う。
 『はっつ?』と言われて、さらに慌てた僕は、『よかった』と言ってしまったのだ。
 一瞬かたまった様に見えた顔が赤らむ。その変化に僕はさらに慌てて『か、かづきさんの事、そういうつもりで見ているわけじゃぁないから』と、漫画みたいに両手をあわあわ振ってしまったものだから、
 『かづきさんってなによ、あんたずっと私の事こうづきさんって呼んでたやん』と吹き出されてしまった。
 
 いや、そういうわけじゃぁ、とかへどろもどろに、どうにかその場を取り繕うとしていたと想う。
 『タカラくん、私のこと好きなの』
 『いや、僕の苗字はホウライですが』宝来と書く。『たから』と読ませられない事もないが、この苗字で『551とか豚まん』と呼ばれた事はあっても、『タカラ』はない。
 この学校の雰囲気的にも高校生になってからは、普通に『ホウライ君』だ。
 呼びにくいから、豚まんでいいか、という輩はいたが、そいつの方が豚まん体型だったので、やめておけと宥められていた。
 『いいの。お互い様だから。で、どうなんですか、お宝くん』と、絶対こういう意味合いで使ってます、と思うような呼び方で、目の間で腕を組んで仁王立ちしている。

 こんな状況で、はい、とでも言ったら皆に報告されて笑いものにされてしまうのだろう。
 かと言って、いいえ、とは言いたくないなぁと、仁王立ちする直前に見せた赤い顔を思い出す。
 結局『あの、突然すぎて何ですが、好きというのは、どういう好きを差して言ってるのでしょうか?好きか嫌いかで聞かれれば、好きだと答えます。今みたいな仁王立ちとか、男前なとこ格好良いなと思いますし、人として好きですが?』
 と、あまりにも一般論的な逃げ口上をぶちまけてしまった。
 慌てすぎて、至急に急回転をかけた脳みそが出した回答がこれだった。
 『へっ』と鼻白んだ顔になった早苗は、どれでも『逃げたな』
 と、顔を近づけてきた。
 『わたし、たからの事、好きだったんだから、責任とってよね。
 勘違いでした、とか無し。
 で、どういう好きか、っていう確認してたよね。
 そんなもん、わかりません。
 明日までにわたしにその答えがわかるように、説明する準備をしておいてくださいね』
 そう言い切ると、じゃあ、また明日、と幼馴染み連合のところへ帰っていった。

 呆気にとられて、何を言われたか、さっきまでの状況がどういうものだったか、理解がすぐには追いつかなかった。

 とりあえず、自分の席に座り、カバンに教科書をほりこみながら、会話内容を巻き戻して再生する。
 カセットのキュルッキュルッという音が聞こえて、ガチャっと大袈裟な音がした。
 再生ボタンを押す。
 早苗の声が聞こえてきた。
 『タカラくん、わたしのこと好きなの?』
 あれ、ここから?
 これだと、からかってるのか、何が好きなのかわからんよ。
 その前の記憶が混乱し過ぎて思い出せん。
確か、こうづきさんが聞いてきた、好きの意味を説明しろ、やったな。
 そんなん自分でわかるやん、っていうかなんで他人がわかるかいな。
 そうだ、かづきと呼ぶ男子を恋人と思ってたのに、そうじゃなかった事を知って、ホッとした、と言った後に『わたしのこと好き?』と言ってきたのだ。

 それは、そういう意味でしか聞いていない。よな。
 ボンッと頭の天辺が吹っ飛んで戻ってきた。
 その質問からの、好きだったから責任をとれ、だ。
 『いったい何が、起こってどうなって、こうなってるんだろう』
 こんどは展開の速さについていけずに混乱する。


 確かに僕はこうづきさんを好きで、目の端でずっと追いかけていた。
 ずっと、『こうづきかづき』だと勘違いしていた、とはいえ、心の中では、カヅキさんっと呼んでいたりしたから、咄嗟に『かづきさん』と呼んでしまった。
これはかなりイタイやつだ。
 まあ、それきっかけで話が急展開したわけだけれど、何故。
 かづきさんのどこに、僕に対する恋の下地があったというのだろう。
 僕は目の端でカヅキさんを追いかけていたけれど、目があった事はないし。
 僕に対して好意を見せるような仕草を見た記憶がない。
 じゃぁ。
 僕が、なんで、かづきさんを好きになったのか、それは、実は僕にもよくわからない。
 敢えていえば『早苗と書いてかづき』と呼ばせる名前に惹かた、という事がスタートだったと思う。
 早苗が稲の種が苗になり始める初夏の頃なら、その頃に香る、空に月なのか、その頃の季節を意味する月。
 どちらにせよ、いいなぁと思っていた。
 だから、なんだろう。
 敢えて言ったとして『なんとなく好き』という事が一番近い。
 なんとなく好き、好きな理由を見つけられないのに、好きを否定できない。
 
 結局、翌日の放課後に屋上に呼び出されて仁王立ちするかづきさんの前で、直立したまま説明した。

 『よし』
 『何がよしですか』
 『うううん。うれしいかも。いや、うん。うれしい』
 目の前で顔をほころばせるかづきさんがいる。
 『あの、で、どうなんですか』
 『あ~、おたからくんの事、好きよ』
 『そうだねぇ、わたしのことずっと見てたでしょ。知ってたよ。
 でも、わたしの方が先に見てたの、気づいてなかったでしょ。』
 『えっ、えっ』
 『やっぱりねぇ~。それも気づいてた』
 『1年C組 宝来 望咲くん。合気道部所属、趣味はなんでしょう。これは見てるだけではよくわからなかった。』
 『で、好きなタイプはわたし。おっぱいへの興味は、微妙』
 自分の胸をチラリと見ながら『男子って巨乳!とか口にしながら、どこかで彼女にするには胸の大きい子は避けられ勝ちなのよね。なんで?みさきくんもそうでしょ。わたしの胸どうよ』
 『みさきくんって』
 目の前に大きな胸を突き出されて、巨乳だのちっぱいだの、そんな事を言い返せる高校生男子がどこにいる。
 いたら見てみたい。崇め奉る事にする。
 そんな事は言えないし、おっぱい批評なんて言えるわけもないので、無難にみさきくんと言われた事に反応を返しておいた。
 『お互い様だから。わたしだって、みさきくんって呼んでみたかったのよ。
 聞いてた?わたしは去年の夏からあなたを見てたのよ。
 あなたが、わたしに興味を示したのは去年の11月頃でしょ。
 クラスが違うからって、好きになった女の子の名前をずっと勘違いしてたって普通ある?ないわよ。ないない。』
 思いっきり手と首の両方を振りながら、あり得ない、としつこく繰り返しつぶやいている。
 『違う。10月の終わり』と小さい声でていせいすると、大きな声で『変わらないでしょ』と斬り伏せられた。
 『よくわかったね。なんで。』
 『あのね~、さっき言ったの聞いてた?
見てたの、あなたを。
 わかりますか、おたからくん?』
 さっきは、みさきくん、とかちょっと照れくさそうに言ってたのに、このギャップはなんだろう。
 若干バカにされてるのではないだろうか。
 これって、普通はデレデレの逆告白の場面だと思うんだけどな。
 仁王立ちで腕を組みながら『あんたが好きよ』的な告白って、ありなのか?
 『あの日ね、かづきって高瀬がわたしのことを呼んだ時、みさきくん、急に振り返って高瀬の事見てた。
 じっと、ずっと見てた。
 それで、きっとわたしの事好きなんだ~って、なんとなくわかった。
 わたしはね、夏休みにクラブの練習が終わた後、武道場の横にある更衣室に行く時に、いつもひとり残って素振りしてるみさきくんを見てる自分に気づいた。
 普通の素振りって木刀とかでしょ、棒みたいなの振ってるのって見たことなくて。
 鏡に向かって、ずっとずっと振ってた。
 汗が飛び散ってたよ。
 いいなぁ、って、見ながら思ってた。
 声をかけるわけには行かないし、夏休みだし、いつも練習終わりで、ひとりだったでしょ。白帯だったから同学年だろうとは思ってたけど、名前は見えないし、誰からも呼ばれる事がないから、結局名前わからなくて』
 ドキドキが止まらなかった、という。
 それ以来、気になって見てくれていたらしい。
 恋の視線は届く、とかいうマニュアルも参考にならなさそうだ、という事が証明されたかも知れない。
 それはともかく、クラスが離れていると、見つけるのは大変だったらしい。
 『9月の半ばくらいに、C組の前を通った時に見つけた。』と早苗は一気にしゃべったのだった。
 『教室の前を通り過ぎる時に、チラチラと探すくらい。気づけよ!とか、腹立たしくもあったよ』
 今年クラスが一緒になって、うれしかった。でも、よくて世間話がひとこと二言でおしまい。え~っと思う毎日だったらしい。
 『こっちが近づくと逃げてたでしょ』
 図星だった。
 クラスが一緒になって、とても浮かれた。毎日会える事が嬉しくて、それで目一杯だった。高校生男子なんて、そんなもんだろう。
 だから。心の準備、と言ったところで、そばにいると緊張が勝って前に進めずにいた。
 精一杯、かづきさんの名前の話なら会話を進められると思って声をかけた。
 まさか、こういう展開になるとはね。
 

 そんな感じで始まった恋だった。

『はつ恋、になるのかな。
 そりゃあ、淡い初恋ならわたしだってあったよ。幼稚園くらいの時にさ。
 そういう望咲はどうなのさ』
『そうだね、早苗がはつ恋。だからいまでも子どもが出来たら名前はかづきにしようと思ってるよ。』
 『そうだねぇ。普通間違えないよね。』
 『仕方ない。思い込みってやつは、同仕様もない。』
 『明日の準備の忘れ物、ない?
 今日がこうづきかづきさんの最後の日になるよ。
 だから、もう一度確認。
 宝来早苗になる事で良いですか?夫婦別姓も含めて。』
 『ありがとう。宝来早苗になるよ。よろこんでね。
 しあわせになろうね。』
 『ねえ、永遠の恋についての話、覚えてる?』
 『覚えてるよ。』
 『わたしたちの恋はどうなるの?
 愛に変わるとかって、ちょっと違うなって思うんだけどな』
 『でもさ、僕がだらしないおっちゃん、うちの父親とかみたいになっても、恋できる?まあ、うちの両親は仲良しやし、今でも手をつないで出かけてるけどな』
 『どうだろう、歌とか24時間365日ずっと愛してます、とかって、わざわざ宣言しないと愛情が続かないって言ってるみたいで、わたしは嫌い。
 あの時も言ったよね。そんなん約束できないって。』
 『そうだったね。未来の約束は早苗きらいだもんね。先の事を考えたくないのではなくて、今を大切にしたい、だったよね』
 『そう。今でもそう。ずっと好きだった
毎日の終わりに、今日も好きだったなぁって思ってる。それの繰り返し。でも明日はいつだってわからない。
 わからなくていい。
それでも望咲と歩いていくって決めたから』
 『いつもありがとう。』
 『こちらこそ』
 『おやすみかづきさん』
 『おやすみなさいおたからくん』
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