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第六章
7.
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「母を……ここへ呼ぶんですか?」
美里の提案に、目を丸くしていたのは星地さんだけで、影とハツミ叔母さんはどこか予想がついている風だった。
「はい。あなたが霧を使うように、夢と時間を操作できる存在がいるんです」
説明をしていく美里に、影の顔色は曇った。「やっぱりな」とその顔には大きく書いてある。
「……さっき別れたばかりなのに、またあいつを連れて来なければならないのか」
影がうんざりした顔をすると、ハツミ叔母さんが立ち上がった。
「もう車出さないと思ったのにな……」とぶつぶつ言いながら、洋館の入口に手をかける。
「星地さん、ちょっとだけ霧を薄くしてくれる? 連れてきたい子がいるんだ」
ハツミ叔母さんの顔をぽかんと見つめた後、星地さんは「はあ」と頷いた。
じゃあ、ひとっ走り行ってくるわ。
言いながらドアを開けた叔母さんは、「わっ」と大声を上げた。ハツミ叔母さんは後ずさりをしかけたが、すぐに呆れたように笑った。
「ハツミーン!」
ドアの向こうは霧で見えないが、聞き覚えのある声がする。思わず条件反射でぞっとしてしまう、甲高い声だ。
「星地くん……やっぱり霧を濃くしてもいいよ。それもうーんと濃いやつ……」
「えへ、来ちゃった。霧の中って、動きやすいね」
呆れ顔のハツミ叔母さんに縋りつくように、霧の中から類が現れた。どういう経緯で類がここまで来たのか、美里には理解ができない。
「あんた、朽ち果てるまで見守るとか言ってたでしょうが」
言いながらも、ハツミ叔母さんは手を伸ばし、類を洋館の中に引っ張ってやった。
「いい霧だったなー。よく見えないけど、僕の他にもたくさんのものが蠢いていたよ」
そんなことを言いながら、類は初対面の星地さんの顔もニコニコと見つめている。
「お兄さん、夢を使いたいんでしょ?」
美里は自分の手柄を横取りされてしまったような気持ちになった。
直接夢の中へ入っていける案内人が類だとして、誰が一緒に行って月乃さんの魂を引いてくるかという話になった。
「ハツミ叔母さんでもいいと思うんだけど……私が行ってもいいかな」
美里は思い切って手を挙げた。ハツミ叔母さんと影は顔を見合わせ、一瞬不安そうな顔をしたが、「美里なら怪しまないかもしれないね」と頷いて承諾してくれた。
「僕はいろいろな人の夢の中に入り込めるけど、夢の内容をあんまり操作したことがないから、お兄さん助けてね」
自信に満ちたようで、不完全な発言を類はする。星地さんは誰よりも青い顔をしていたが、不承不承頷いた。
「母の魂をこの霧に乗せてくだされば……後は私が何とかします」
見慣れた商店街の景色。空を見上げると、入道雲が浮かんでいた。
場面が急に変わったことで、美里はここが夢の中なのだとわかった。地面を竹ぼうきが擦る音が聞こえ、視線を移すと月乃さんがクリーニング店の前を掃き清めていた。
「あの人が月乃さん?」
類に訊ねられ、美里は深く頷いた。
「夢にもいろいろなパターンがあるけど、現実に根ざした夢を見る人なんだね」
類と話していると、月乃さんが美里たちに気がついて近付いてきた。
「あら、美里ちゃん。その子は?」
月乃さんが類を覗き込み、類は思いきり人懐こい笑顔を作った。
「え、えーと……親戚の子どもです」
「暑いから二人とも、上がって冷たい物でも飲んで行けば?」
月乃さんの夢の中でも夏は続いているようだった。美里は連れ出すタイミングに迷ったが、丁重にお茶をお断りすると口を開いた。
緊張で口の中がカラカラに乾いている。
「あの……実は月乃さんに会って欲しい人がいるんです」
一緒に来てくれませんか、と手を差し出すと、月乃さんはぽかんと口を開けた。
美里の提案に、目を丸くしていたのは星地さんだけで、影とハツミ叔母さんはどこか予想がついている風だった。
「はい。あなたが霧を使うように、夢と時間を操作できる存在がいるんです」
説明をしていく美里に、影の顔色は曇った。「やっぱりな」とその顔には大きく書いてある。
「……さっき別れたばかりなのに、またあいつを連れて来なければならないのか」
影がうんざりした顔をすると、ハツミ叔母さんが立ち上がった。
「もう車出さないと思ったのにな……」とぶつぶつ言いながら、洋館の入口に手をかける。
「星地さん、ちょっとだけ霧を薄くしてくれる? 連れてきたい子がいるんだ」
ハツミ叔母さんの顔をぽかんと見つめた後、星地さんは「はあ」と頷いた。
じゃあ、ひとっ走り行ってくるわ。
言いながらドアを開けた叔母さんは、「わっ」と大声を上げた。ハツミ叔母さんは後ずさりをしかけたが、すぐに呆れたように笑った。
「ハツミーン!」
ドアの向こうは霧で見えないが、聞き覚えのある声がする。思わず条件反射でぞっとしてしまう、甲高い声だ。
「星地くん……やっぱり霧を濃くしてもいいよ。それもうーんと濃いやつ……」
「えへ、来ちゃった。霧の中って、動きやすいね」
呆れ顔のハツミ叔母さんに縋りつくように、霧の中から類が現れた。どういう経緯で類がここまで来たのか、美里には理解ができない。
「あんた、朽ち果てるまで見守るとか言ってたでしょうが」
言いながらも、ハツミ叔母さんは手を伸ばし、類を洋館の中に引っ張ってやった。
「いい霧だったなー。よく見えないけど、僕の他にもたくさんのものが蠢いていたよ」
そんなことを言いながら、類は初対面の星地さんの顔もニコニコと見つめている。
「お兄さん、夢を使いたいんでしょ?」
美里は自分の手柄を横取りされてしまったような気持ちになった。
直接夢の中へ入っていける案内人が類だとして、誰が一緒に行って月乃さんの魂を引いてくるかという話になった。
「ハツミ叔母さんでもいいと思うんだけど……私が行ってもいいかな」
美里は思い切って手を挙げた。ハツミ叔母さんと影は顔を見合わせ、一瞬不安そうな顔をしたが、「美里なら怪しまないかもしれないね」と頷いて承諾してくれた。
「僕はいろいろな人の夢の中に入り込めるけど、夢の内容をあんまり操作したことがないから、お兄さん助けてね」
自信に満ちたようで、不完全な発言を類はする。星地さんは誰よりも青い顔をしていたが、不承不承頷いた。
「母の魂をこの霧に乗せてくだされば……後は私が何とかします」
見慣れた商店街の景色。空を見上げると、入道雲が浮かんでいた。
場面が急に変わったことで、美里はここが夢の中なのだとわかった。地面を竹ぼうきが擦る音が聞こえ、視線を移すと月乃さんがクリーニング店の前を掃き清めていた。
「あの人が月乃さん?」
類に訊ねられ、美里は深く頷いた。
「夢にもいろいろなパターンがあるけど、現実に根ざした夢を見る人なんだね」
類と話していると、月乃さんが美里たちに気がついて近付いてきた。
「あら、美里ちゃん。その子は?」
月乃さんが類を覗き込み、類は思いきり人懐こい笑顔を作った。
「え、えーと……親戚の子どもです」
「暑いから二人とも、上がって冷たい物でも飲んで行けば?」
月乃さんの夢の中でも夏は続いているようだった。美里は連れ出すタイミングに迷ったが、丁重にお茶をお断りすると口を開いた。
緊張で口の中がカラカラに乾いている。
「あの……実は月乃さんに会って欲しい人がいるんです」
一緒に来てくれませんか、と手を差し出すと、月乃さんはぽかんと口を開けた。
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