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第四章
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「民宿 うしお」の駐車場に車を停め、おのおのの荷物を降ろした。駐車場からは徒歩で三分ほどだろうか、海に面した古めかしい一軒家には剥げかけた看板で「民宿 うしお」と書かれていた。
「ちかちゃん……!」
ハツミ叔母さんがつぶやき、美里が目を凝らすと、民宿の入り口で植木に水をやっている女性の姿が見えた。
黒く長い髪と、抜けるように白い肌は遠目にもぞっとするような印象だったが、近付いていくと「ちかちゃん」は控えめな笑顔を浮かべた美しい女の人だった。
──凄い美人だけど、夜中にはすれ違いたくないかも。
美里はそんなことをぼんやりと考える。
「ハツミさん、いらっしゃい」
ちかちゃんと呼ばれた女性は深々と頭を下げた。体が柔らかいのか、丁寧すぎるのか、深く折りたたんだ体のせいで、長い髪の毛先が地面に触れていた。
──だから、怖いって……!
「ちかちゃん、こちら……息子の影広と、姪の美里」
叔母さんに紹介されて、美里と影はぺこりと頭を下げた。「あやかし」と説明を受けた後では、自分の存在もあやふやなものに思える。
「まあ、よろしくお願いします……千夏です」
にこり、と微笑んだ顔に美里は思わず見とれてしまった。たおやかで可憐。急に好印象を持った。
「さあどうぞ、ゆっくりなさっていってくださいね」
美里は吸い込まれるように頷くと、千夏さんの後をついて民宿の中に入って行った。
中に入ると、そこは昭和の時代から時が止まっているような民家だった。格式ばった古民家ではなく、ごく庶民的な──親戚の家に遊びに来たような懐かしさがある。
「今日は、旦那さんは……?」
ハツミ叔母さんは遠慮なく部屋の中を見回して、一通りうろついた後、千夏さんに訊ねる。
「あの人は、まだ漁に出ています」
美里たちのためにお茶を用意してくれている千夏さんが微笑むと、美里は軽い落胆を覚えた。
──なーんだ、旦那さんがいるのか。
そして直後にそう考えた自分に驚く。急激に千夏さんに惹かれていることに気付き、戸惑いを覚える。
「どう最近は? 儲かってる?」
親しい仲なのか、ハツミ叔母さんが茶化すと千夏さんは控えめに笑って肩をすくめた。
「見ればわかるでしょう?……ご覧の通りですよ」
宿泊客は、美里たちの他には誰もいないようだった。影はそれをいいことに、勝手に宿の調度品に触れたり、中を探検していた。
──ハツミ叔母んと仲がいいんだな。羨ましい。
気が付くと、美里は千夏さんの行動の一つ一つをくまなく観察していた。
「美里、目つきが変だぞ」
影に囁かれ、美里は我に返った。
舐めるように千夏さんを見ていたことを自覚すると、恥ずかしいのと同時に不思議な気持ちにもなる。
綺麗な年上の女性に憧れる、というよりもそれは恋をする気持ちに近かった。
「どうかしましたか?」
長年使われた形跡のある武骨な湯飲みが美里の目の前に置かれた。顔を上げると、千夏さんが少し愁いを帯びた表情で美里を見ている。
「あっ、いえあの……大丈夫です」
「長旅で疲れたんですね」
千夏さんが微笑むと、美里の心臓は早鐘のように打ち始める。
──何なんだろう、この中学生男子のような心許ない気持ちは。
いよいよ美里は千夏さんを意識し出し、彼女の顔もまともに見られなくなってしまった。
「ここはお世辞にもきれいとは言えない民宿ですけど……ご自分の家だと思ってどうかくつろいでくださいね」
「はいっ……それはもう……!」
上ずった声を出した美里に、影が冷ややかな視線を投げかけている。視線に気付いて影と目が合うと、影は呆れてため息をついた。
「お前って単純な」
「は……?」
影の言葉の意味が理解できない美里は首を傾げる。女性である自分でさえこれだけ心を掴まれるのだから、若い男子の影などはもう──と思うが、影を見ていると別段浮ついた動きは見せていない。
人にも好みはあるだろうけど。
美里がそんな埒もないことを考えていると、ふいにずしんと地面が揺れた。
「……あの人だわ」
千夏さんが嬉しそうな声を出し、美里は焦げるような胸の痛みを覚えた。ハツミ叔母さんが一足先に立ち上がり、扉が開くのを待つ。
「おっす、丑雄さん!」
扉の中から現れたのは、ハツミ叔母さんを三回りほど大きくしたような、屈強な大男だった。
「……でけぇ」
影が再び呆れたような声を出す。丑雄さんは縦にも横にも大きく、巨大な立方体みたいな体つきの男性だった。ハツミ叔母さんと同じ種族のように見えるが、背が高い分叔母さんが小さく見える。
──この人も、眠ると大きくなるタイプ? でも肉質?が違うか。
「おお……ハツミちゃん、か」
丑雄さんはゆっくりと、地響きのような低い声で話した。大きな体の割には優しそうな顔つきをしている。
「丑雄さん、相変わらず大きいねえ」
「はは、ハツミちゃんもなかなかだと思うがね」
そう言ってお互いに遠慮なく肩など叩き合い、一際小さく華奢に見える千夏さんがにこにこ笑いながらやり取りを見守っていた。
「千夏さんの、旦那さんですか?」
たまらず美里が訊ねると、新婚でもないだろうに千夏さんは頬を染め、「ええ」と頷いたのだった。
「ちかちゃん……!」
ハツミ叔母さんがつぶやき、美里が目を凝らすと、民宿の入り口で植木に水をやっている女性の姿が見えた。
黒く長い髪と、抜けるように白い肌は遠目にもぞっとするような印象だったが、近付いていくと「ちかちゃん」は控えめな笑顔を浮かべた美しい女の人だった。
──凄い美人だけど、夜中にはすれ違いたくないかも。
美里はそんなことをぼんやりと考える。
「ハツミさん、いらっしゃい」
ちかちゃんと呼ばれた女性は深々と頭を下げた。体が柔らかいのか、丁寧すぎるのか、深く折りたたんだ体のせいで、長い髪の毛先が地面に触れていた。
──だから、怖いって……!
「ちかちゃん、こちら……息子の影広と、姪の美里」
叔母さんに紹介されて、美里と影はぺこりと頭を下げた。「あやかし」と説明を受けた後では、自分の存在もあやふやなものに思える。
「まあ、よろしくお願いします……千夏です」
にこり、と微笑んだ顔に美里は思わず見とれてしまった。たおやかで可憐。急に好印象を持った。
「さあどうぞ、ゆっくりなさっていってくださいね」
美里は吸い込まれるように頷くと、千夏さんの後をついて民宿の中に入って行った。
中に入ると、そこは昭和の時代から時が止まっているような民家だった。格式ばった古民家ではなく、ごく庶民的な──親戚の家に遊びに来たような懐かしさがある。
「今日は、旦那さんは……?」
ハツミ叔母さんは遠慮なく部屋の中を見回して、一通りうろついた後、千夏さんに訊ねる。
「あの人は、まだ漁に出ています」
美里たちのためにお茶を用意してくれている千夏さんが微笑むと、美里は軽い落胆を覚えた。
──なーんだ、旦那さんがいるのか。
そして直後にそう考えた自分に驚く。急激に千夏さんに惹かれていることに気付き、戸惑いを覚える。
「どう最近は? 儲かってる?」
親しい仲なのか、ハツミ叔母さんが茶化すと千夏さんは控えめに笑って肩をすくめた。
「見ればわかるでしょう?……ご覧の通りですよ」
宿泊客は、美里たちの他には誰もいないようだった。影はそれをいいことに、勝手に宿の調度品に触れたり、中を探検していた。
──ハツミ叔母んと仲がいいんだな。羨ましい。
気が付くと、美里は千夏さんの行動の一つ一つをくまなく観察していた。
「美里、目つきが変だぞ」
影に囁かれ、美里は我に返った。
舐めるように千夏さんを見ていたことを自覚すると、恥ずかしいのと同時に不思議な気持ちにもなる。
綺麗な年上の女性に憧れる、というよりもそれは恋をする気持ちに近かった。
「どうかしましたか?」
長年使われた形跡のある武骨な湯飲みが美里の目の前に置かれた。顔を上げると、千夏さんが少し愁いを帯びた表情で美里を見ている。
「あっ、いえあの……大丈夫です」
「長旅で疲れたんですね」
千夏さんが微笑むと、美里の心臓は早鐘のように打ち始める。
──何なんだろう、この中学生男子のような心許ない気持ちは。
いよいよ美里は千夏さんを意識し出し、彼女の顔もまともに見られなくなってしまった。
「ここはお世辞にもきれいとは言えない民宿ですけど……ご自分の家だと思ってどうかくつろいでくださいね」
「はいっ……それはもう……!」
上ずった声を出した美里に、影が冷ややかな視線を投げかけている。視線に気付いて影と目が合うと、影は呆れてため息をついた。
「お前って単純な」
「は……?」
影の言葉の意味が理解できない美里は首を傾げる。女性である自分でさえこれだけ心を掴まれるのだから、若い男子の影などはもう──と思うが、影を見ていると別段浮ついた動きは見せていない。
人にも好みはあるだろうけど。
美里がそんな埒もないことを考えていると、ふいにずしんと地面が揺れた。
「……あの人だわ」
千夏さんが嬉しそうな声を出し、美里は焦げるような胸の痛みを覚えた。ハツミ叔母さんが一足先に立ち上がり、扉が開くのを待つ。
「おっす、丑雄さん!」
扉の中から現れたのは、ハツミ叔母さんを三回りほど大きくしたような、屈強な大男だった。
「……でけぇ」
影が再び呆れたような声を出す。丑雄さんは縦にも横にも大きく、巨大な立方体みたいな体つきの男性だった。ハツミ叔母さんと同じ種族のように見えるが、背が高い分叔母さんが小さく見える。
──この人も、眠ると大きくなるタイプ? でも肉質?が違うか。
「おお……ハツミちゃん、か」
丑雄さんはゆっくりと、地響きのような低い声で話した。大きな体の割には優しそうな顔つきをしている。
「丑雄さん、相変わらず大きいねえ」
「はは、ハツミちゃんもなかなかだと思うがね」
そう言ってお互いに遠慮なく肩など叩き合い、一際小さく華奢に見える千夏さんがにこにこ笑いながらやり取りを見守っていた。
「千夏さんの、旦那さんですか?」
たまらず美里が訊ねると、新婚でもないだろうに千夏さんは頬を染め、「ええ」と頷いたのだった。
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