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第一章
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そして結局、美里はハツミ叔母さんとその息子、影は美里の家で夏休みを過ごすことに決定してしまった。
──あんなこと言われたらなあ。
美里はベッドの上で寝返りを打ちながら考えていた。母のあの台詞は、美里と二人だけの秘密のような気がしていた。妹であるハツミ叔母さんもその記憶を共有していたわけだ。
一瞬、ほんの一瞬だけハツミ叔母さんに母親の面影がちらついた。
美里は今度こそ、自分の意志で二人を引き留めてしまった。
「ここにいればいいですよ」
しかし、ハツミ叔母さんと影はそれを聞くが早いか、二人で顔を見合わせるとさっさと荷解きを始めた。
「あー、そう言ってもらえると助かるわあ」
──え、え。
ハツミ叔母さんは美里の言葉を予想していたように、余裕の微笑みを浮かべると、部屋をすばやく点検し、母の部屋へ自分たちの荷物を運びこんだ。
「あたしたちは姉さんの部屋を使わせてもらえればいいから」
美里に返答する隙を与えず、巨体の割に機敏に動くハツミ叔母さんを見ながら、美里は口をぱくぱくさせるだけだった。何かを言おうとした。しかしうまく言葉にならない。
──ちょっと、変わり身が早過ぎるのでは……。
「ほだされた」とか「騙された」という文字が頭の中に躍る中、ハツミ叔母さんは気にする様子もなく、美里が出した麦茶を煽るように飲んでいた。麦茶のコップは汗をかき、テーブルに水の輪を作っていた。傍らの影は黙っていたが、ちらりと美里に視線を送った。その視線がどこか気の毒そうに見えた。
美里は改めて、ほとんど他人である二人の人間を冷静に見つめた。それから母の遺影を無意識に眺める。快活な笑顔でこちらを見つめるまだ若い母の姿がそこに焼き付けられていた。
美里は心を決めた。
──しょうがないか。夏の間だけだし。
夏は母との思い出が多すぎる。その夏をいきなり完全に一人で過ごすのはさすがに寂しいとも思った。
今までの夏とは違う。美里は諦めにも似た気持ちでそう考えていた。
母が去り、新たな闖入者たちが加わり、美里の夏が形を変えて行こうとしていた。
「最悪の夏休みになることだけは避けたいな」
二人に聞こえないように、美里は小さくつぶやいた。
──あんなこと言われたらなあ。
美里はベッドの上で寝返りを打ちながら考えていた。母のあの台詞は、美里と二人だけの秘密のような気がしていた。妹であるハツミ叔母さんもその記憶を共有していたわけだ。
一瞬、ほんの一瞬だけハツミ叔母さんに母親の面影がちらついた。
美里は今度こそ、自分の意志で二人を引き留めてしまった。
「ここにいればいいですよ」
しかし、ハツミ叔母さんと影はそれを聞くが早いか、二人で顔を見合わせるとさっさと荷解きを始めた。
「あー、そう言ってもらえると助かるわあ」
──え、え。
ハツミ叔母さんは美里の言葉を予想していたように、余裕の微笑みを浮かべると、部屋をすばやく点検し、母の部屋へ自分たちの荷物を運びこんだ。
「あたしたちは姉さんの部屋を使わせてもらえればいいから」
美里に返答する隙を与えず、巨体の割に機敏に動くハツミ叔母さんを見ながら、美里は口をぱくぱくさせるだけだった。何かを言おうとした。しかしうまく言葉にならない。
──ちょっと、変わり身が早過ぎるのでは……。
「ほだされた」とか「騙された」という文字が頭の中に躍る中、ハツミ叔母さんは気にする様子もなく、美里が出した麦茶を煽るように飲んでいた。麦茶のコップは汗をかき、テーブルに水の輪を作っていた。傍らの影は黙っていたが、ちらりと美里に視線を送った。その視線がどこか気の毒そうに見えた。
美里は改めて、ほとんど他人である二人の人間を冷静に見つめた。それから母の遺影を無意識に眺める。快活な笑顔でこちらを見つめるまだ若い母の姿がそこに焼き付けられていた。
美里は心を決めた。
──しょうがないか。夏の間だけだし。
夏は母との思い出が多すぎる。その夏をいきなり完全に一人で過ごすのはさすがに寂しいとも思った。
今までの夏とは違う。美里は諦めにも似た気持ちでそう考えていた。
母が去り、新たな闖入者たちが加わり、美里の夏が形を変えて行こうとしていた。
「最悪の夏休みになることだけは避けたいな」
二人に聞こえないように、美里は小さくつぶやいた。
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