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第3章 呪術の国とみーちゃんの秘密

第17話 死に戻りの真相

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「巫女長がお会いになります。ただし、ここから先は男子禁制です。ご令嬢のみお入りください。皇子はこちらへ」

「……わかった。アリーシア、待っているぞ」

「ありがとうございます、カシウス皇子」


 アリーシアはカシウス皇子と別れ、巫女に伴われて神殿へとむかう。

「こちらで身を清めて頂きます」

 いわゆる温泉のような場所に連れていかれ、体を洗われる。

 アリーシアは巫女と同じく、東方の伝統的な衣装に着替えさせられた。巫女たちとまったく同じ、特徴的な紅白の衣装だ。

 みーちゃんも清められ、人形サイズの同じ衣装に着替える。

(みーちゃんサイズの服も用意してくれたのね)

 おそらく、あの時から今日にむけて準備してくれていたのだろう。

 その後、アリーシアとみーちゃんは奥まった部屋に連れていかれる。
 そこには、巫女服をまとったひとりの女性が待っていた。

 三十代ぐらいだろうか、金の冠のようなものをまとっており、他の巫女とは雰囲気が一線を画している。
 長い黒髪をひとつに束ねており、緑の瞳もとても深い。彼女が巫女長だろう。

 連れてきてくれた巫女は去り、アリーシアは巫女長とふたりきりになった。

「神託があったのです。その首飾りをもった者が訪れるだろうと」

 巫女長がアリーシアの目を見て告げる。
 だから、首飾りを見せた時、すでにお札も用意してくれていたのだろう。

「お願いします、みーちゃんを助けてほしいんです!」

 巫女長はすべてを知っている。
 そう確信したアリーシアは頭を下げる。
 巫女長もアリーシアの願いに動じることなく、みーちゃんを両手で神にささげるかのように持ち上げ、しつらえた台の上に乗せる。

 巫女長は袖から翠色すいしょくの宝石を取り出すと、みーちゃんの体の上に乗せ、何事かを唱え始めた。

「祓え給い、清め給え、かむながら守り給い、さきわえ給え……」

 巫女長が唱え始めてから、数十分が経過する。
 宝石の光が徐々にみーちゃんに吸い込まれるように消えていく。

「……これで、しばらくすれば目を覚ますでしょう。ですが、あなたから離れると、彼女の力は大きく失われる。けして、離れませんように」

「わ、わかりました」

 やはりあのデビュタントの時に離れたことが、みーちゃんの不調につながったのだ。アリーシアは自分の判断の甘さを悔やんだ。

「……この地にある呪術の宝石はこれで最後。次はないと考えなさい」

「そ、そんなに貴重なものを、なぜこの子に? それに、首飾りも、この宝石でできていたんですよね?」

 今は力を失っているが、あの首飾りには、この宝石が何十個も使われていたのだ。

「あなたの母が、もとはここの巫女だったのは知っていますね?」

「はい、お父さまから聞きました」

 外交官になった父、その従軍先がここタリマンドだったと聞いている。
 そこで、カシウス皇子の母である第一王女の侍女として、巫女であるお母さまに出会ったのだ。

「あなたの胸にかかる首飾りは、この神殿の至宝。それを先代の巫女長があなたの母に託したのです」

「な、なんのために?」

 そんな大切なものを、なぜ神殿を出て嫁ぐお母さまに託したのか。

「それも神託によるもの。
 ――あなた、この宝石の力で、時をさかのぼりましたね?」

「ど、どうしてそれを!?」

 すべてを知っているとは思っていたが、自分以外の者からその事実を指摘されるのは衝撃的だった。

「……やはりそうなのですね。確信はありませんでしたが……。そのことを詳しく話してくれますか?」

 アリーシアはこれまでの出来事を話す。

 帝国皇妃になったこと、娘ミーシャを産んだこと。
 無実の罪で偽皇妃として処刑されたこと。みーちゃんの力で時をさかのぼり、カシウス皇子の力を借りて父を助け、この地にやってきたことを。

「せっかくみーちゃんが救ってくれたんです。絶対にもう一度ミーシャに会って、今度こそ幸せな暮らしをさせてあげたいんです」
 
 そのために必要なことは何でもやる、それがアリーシアの変わらない決意だった。

「……なるほど、わかりました。では、あなたにはこの呪術がどういうものかについてお伝えしましょう。まず、あなたが守護霊と思っているみーちゃんについて。彼女は神の使いや精霊などではなく、れっきとした人間です」

「ど、どういうことですか?」

 アリーシアには、巫女長が言うことがすぐには理解できなかった。

「力の消費量からみて、さかのぼった時間は三年ではありません。おそらく、十年程度は遡ったと考えられます」

「えっ、わたしが死んで、時が戻ったんじゃないんですか?」

 記憶では、死ぬと同時に今世に戻ってきた。そのようにしか感じられなかった。

「あなたは死んだ以降のことは知覚できない状態だったから。そして、時を遡る力を使ったのは、あなたの娘ミーシャです」

 娘のミーシャが時をさかのぼる力を使った!?

「そ、そんなはずはありません! だって、ミーシャはまだあんな小さな赤ちゃんで……」

 その時、アリーシアは思い当たる。
 さかのぼった時間は十年程度。

(ま、まさか、成長したミーシャが!?)

「ここまで言えば、みーちゃんの正体はもうおわかりでしょう?」

「そ、そうだったのね。みーちゃんはミーシャだったのね」

 つまり、処刑から六年ぐらい後、だいたい七歳ぐらいのミーシャが時を遡らせた。
 たしかにみーちゃんの言動はそれぐらいの女の子に感じられた。
 
 自分を助けてくれたのが、娘のミーシャだったなんて。
 アリーシアは腕の中のみーちゃんを抱きしめる。

「少なくとも、この儀式を行えるのは巫女の血を引くもののみ。あなたの血を引く娘なら、その資格はあります。彼女は産まれる前にさかのぼることになった。そのため、形代の姿を借りることになったのでしょう」

 今、アリーシアの心を占めているのは、ミーシャのあの後の人生だった。
 あれから七年間、どのように過ごしてきたのか。
 なぜ、私に自分のことを伝えてくれなかったのか。すぐにでも聞きたい。

 巫女長が、アリーシアの心を察したかのように言葉をつづける。

「なぜ、正体を明かさなかったのかには理由があります。この時をさかのぼる秘術にはいくつか制約がある。他の人間に自身の秘術のことを告げてはいけないこともそのひとつです。制約を破ると、力を大きく失うことにつながります」

(だから、話すことができなかったのね)

 ただでさえ、残り少ないみーちゃんの力を、無駄に失わせるわけにはいかない。

「わたしから話すことは問題ないんですか?」
「それは問題ありません。とはいえ、返事はあいまいなものにならざるを得ないと思います」

 ミーシャがみーちゃんとなり、こうして母を助けるために時をさかのぼらせてくれた。
 その事実が、よりアリーシアのミーシャへの想いを強くする。

「それともうひとつ。この遡りには、おそらくカシウス皇子……その時の皇帝陛下が関わっているでしょう」

「カ、カシウス様が!? で、でもわたしが死んだ時には彼はすでに行方不明で……」

 かわりに第二皇子が即位し、その命令により自分は処刑されたのだ。
 そこでアリーシアはふと気づく。

(そういえば、秘密の抜け穴は未来の陛下が教えてくれたってみーちゃんが言ってた)

 その時は、ごまかされてしまったが、もしかして、未来で皇帝は帰ってきたのだろうか?
  そして、ミーシャと一緒に時間をさかのぼる儀式を行った?

「詳しい事情まではわかりません。彼もタリマンド王族の血を引いており、気を感じる力があります。ですが、巫女ではないため、記憶は引き継げなかったのでしょう」
 
 たしかに、ミーシャのことも感づいたし、呪術についても知識があるようだった。
 でも何のために?
 前世ではカシウス陛下とはほとんど心をかよわせることができなかった。

(それなのに、わたしを救いたかったの?)

 それともミーシャのためにやったのだろうか。

(考えていても、何もわからない)

「……わたしから話せることは以上です」

 そう言い、巫女長は立ち上がろうとする。

「最後にひとつだけ教えてください!」

 アリーシアの言葉に巫女長は動きを止める。

「娘を、みーちゃんを助けるには、どうすればよいのですか?」

 ミーシャは過去をさかのぼりみーちゃんとなった。
 みーちゃんが消えてしまった後、その魂はどうなるのか。
 この後、もしカシウス皇子と結ばれて、子を授かったとしても、その魂はみーちゃんとなったミーシャと同じものなのか、それとも全く違うのか。

(このまま、カシウス皇子と結ばれる……それで娘は救われるの?)

 断罪され死ぬ運命だった、アリーシアを救うために、みーちゃんとなって時をさかのぼらせてくれた娘を救う方法。
 それが一番聞きたいことだ。

 これまでは単に死に戻りをしたと考えていたので、カシウス皇子と結ばれ子を産めばそれで良いと思っていた。
 だけど、娘の、ミーシャの魂がここにあるのなら、それが本当にみーちゃんを助けることにつながるのか。

「それは、あなたが見つけなさい。私が言えるのはここまでです」

「……それも神託なのですか?」

 口を閉ざす巫女長に、思わずいじわるな聞き方になってしまう。

「そう思ってもらってけっこうです。
 ……では、戻りましょう」

「みーちゃんのこと、救ってくれて、本当にありがとうございました」

 今度こそ立ち上がった巫女長に、アリーシアは丁寧に頭を下げる。

 巫女長はみーちゃんのことを救ってくれ、しかも自身が死に戻った真相も教えてくれた。
 感謝してもしきれるものではない。

 巫女長が教えられるのは本当にここまでなのだろう。

「あなたを見ていると、あなたのお母さまのことを思いだします。
 ……また、何かあったらいつでもここを訪ねなさい」

 和らいだ表情でそれだけ告げると、巫女長は去っていった。
 残されたアリーシアも、他の巫女に先導され、カシウス皇子の元へと向かう。 
 
 だが、向かった場所にはカシウス皇子はいなかった。

「カシウス皇子よりの書置きです。
 こちらをあなたにお渡しするようにと」

 巫女より受け取った書置きを急いで見る。

 ――西の王国より宣戦布告の一報あり。
 軍を編成するため、私は急ぎ中央へ戻る。
 みーちゃんとタリマンドのことを頼む。

 かなり急いで書いたのだろう、走り書きでそれだけが書かれていた。

(西の王国から宣戦布告!?)

 前世での嫌な記憶がよみがえる。
 カシウス皇子が皇帝になってすぐに宣戦布告があり、カシウス皇子は戦地に赴いたのだ。
 そしてそのまま行方不明となってしまった。

(あの時より、かなり早まっている。これも、時が巻き戻って運命が変わったからなの?)

 前世では疫病騒ぎの際にカシウス皇子はタリマンドを訪れてはいない。

 アリーシアの父、エステルハージ侯爵の死を発端とした紛争が泥沼化し、その対応に手いっぱいだったからだ。
 結果、疫病は中央まで広がり、現在の皇帝陛下の死につながる。
 その後の混乱期を狙っての宣戦布告だった。

(西の王国が、この疫病騒ぎにも深くかかわっているのは間違いない。カシウス皇子に、このことを知らせないと!)
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