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第2章『聖女王フローラ』

第41話「ヴァージルの過去③」

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「な? 俺と組めばあんたも美味しい思いができる。悪い話じゃないはずだ。その前金代わりに楽しもうぜ。それとも無理やりがお好みかい?」

「さっさと掛かってきたらどうです?」

(せめて弓があればと思うけど……)

 思い通りにならず、ダミアンは顔を歪めて舌打ちを鳴らす。すると彼らの手下たちが一斉に距離を詰めてきた。

 アナスタシアはとりあえず、最初の一人か二人を素早く倒すことで相手の意気を挫こうと心に決めていた。

「仕方が無い! お前ら可愛がってやれ!」

 ダミアンの号令が掛かると、待ってましたとばかりに襲い掛かってくる。
 先頭に躍り出たごろつきの男と、すれ違いざまに肩を斬りつけた。
 斬られた男は『うあああ』と情けない声を出してうずまっている。
 斬ろうと思えば首でも、腹でも斬れたが、正当防衛とはいえ死体は出したくなかった。しかし、そこを逆手に取られて一気呵成に攻め込まれてしまう。 

 『まずい!』と思った瞬間だった。

 アナスタシアの目の前に、大きな影が現れたと思ったら、殺到してくるごろつきたちと剣を交える音が響いていた。
 何が起きたか理解をする前に、聞き覚えのある声がしていた。

「アナスタシアさん! こっちへ!!」

 声がする方を振り返ると、オルセンが彼女を誘導しようと手招きをしていた。

 じゃあ彼女を庇ったのは誰なのかと、もう一度、前方へ目線を戻すと、そこには愛用の長剣を巧みに操り、ごろつきの一人を圧倒するヴァージルの姿があった。

 「オルセンに着いて行って! ここは私が!!」

 右手の長剣で攻撃を加えつつ、左手には鎧通しよろいどおしの短剣を持ち、器用に相手の攻撃を受け流している。
 瞬く間に敵の一人を斬り伏せて、手近な男に気合の声を上げながら上段から強烈な一撃を叩きつけた。
 振りが大きい攻撃だった為、相手は受けるには受けれた、しかし、重い一撃から掛かる負荷に耐えきれず、剣を取り落としてしまい、そのまま腕の一部を大きく切り裂かれる。

 鮮血が噴き出す。
 男の噴き出す返り血を浴びて、ヴァージルは血に濡れていた。
 斬られた男は激痛に顔を歪ませて、苦悶のうめき声を上げている。

「……クソ兄貴! こんな事をしてタダで済むと思うなよ!!」

 顔を引きつらせながらダミアンは、高い所から吠えている。人数では依然としてダミアン側のほうが有利なはずである。
 しかし、ヴァージルの存在に気圧されかけていた。
 そもそも、正統な剣術を修めるヴァージル相手に、その辺のごろつき共が相手では勝負になるわけがなかった。

「そんな所で高みの見物をしていないで、ダミアン! 貴族の誇りを見せてみろ、その腰の剣は飾りなのか?」

 不敵な笑いを口元に貼りつかせて、ヴァージルは無造作にダミアンの方へ向かって歩き出した。

「ひいっ!」

 ダミアンの顔が恐怖に曇っている。彼らは兄弟だけにお互いの実力を熟知している。その上でダミアンは兄に恐怖を覚えていた。

「こっちの方が多いだろ! やっちまいなよ!!」

 事情を知らないアイダが、集団の一番後方から叫び声を上げている。

「剣術の師は正統な剣術を教えてくれたが、私のはどちらかと言えば喧嘩殺法だ。当たり所が悪いと痛むぞ?」

 二刀流という時点で正統剣術ではない。
 いや、そもそも両手で別々の武器を操る時点で、とてもではないが尋常な腕前ではない。

 クレールやユリウスの陰に隠れているだけで、彼もまた素晴らしい使い手だった。
 大陸中を旅して回る交易商人なのだ、彼らのような存在には、商人だからと舐めてかかると痛い目を見る使い手は少なくない。

「畜生! 必ず後悔させてやる!! こっちには侯爵さまがついているし、俺は聖女さまに恩を売った男だ!!」

 凡庸な捨て台詞を残すと、ダミアンは手下たちと逃げ去って行った。

「……我が弟ながら根性の無い男だ」

 愛剣にこびりついた血を拭いながら、ヴァージルは逃げ去る弟の背中を見つめていた。

「ヴァージルさま! ご無事でしたか!!」

「この程度、朝飯前だ。貴女も怪我がないようで良かった」

 オルセンに連れられて、アナスタシアが戻ってきていた。
 アナスタシアが身体は大丈夫だと身振りで伝えると、ヴァージルは満面の笑みで満足そうにしている。

「さて、飲みにでも行くか」

「いいですね。興が削がれたので、ゲン担ぎという事で!」

 ヴァージルの誘いに、オルセンが応じた。
 ついさっきまで命のやり取りをしていたのに。少しも気にせずにもう気分が切り替わっている。
 ヴァージルも豪胆だが、オルセンもなかなか肝が太い。

 アナスタシアは素直にこの二人に感心していた。

 世の中は何て広いのだろうと。





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最近はフローラも色んな意味でヤバいです(´ー+`)

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