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第2章『聖女王フローラ』

閑話「プリシラとユリ科の侍女さん④」

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 ああ……お腹が空いた……
 クラリスはどこ?
 私が持っているお金はもう僅か、これを使い切ったら飢え死にするしかなくなる。
 だから、もうダメって時までは使い切るわけには……
 私も本当にバカだったわね。
 以前はお金を湯水の如く使ってて、当たり前だと思っていた。
 父上の真似してたらこんな事に……
 父上、父上はご無事かしら?
 フェアラムさまは亡くなったと聞いているけど……
 ああ、もうダメ……

「おい、そこの娘、大丈夫か?」

 ん……誰?
 ……ぎゃあああああああああああああああああああ!!!!
 お、おーく、オークが!!!

「オーク!! オークが居るわ!!」

「……! プリシラ! プリシラじゃないか!!」

 オークに知り合いなんて居ないわって……

「ち、父上!?」

「そうだ。プリシラ無事だったか! 良かった!!」

「父上、何で緑なの?」

 ものの見事に全身緑になっている。一見するとオークにしか見えない。

「……豚肉のソテーを食い過ぎてこうなった」

 オークのソテーの間違いだ。

「はい? って……ダメ……お腹が……」

「腹が減っているのか? ほれ、これを食べなさい」



―――



「こういうわけなのだ……」

 クラウスは城を脱出した部分を『敵中突破』したと嘘をついてプリシラに説明した。
 そしてその後、指輪の件は飛ばして、豚肉のソテーの食い過ぎで腹を壊したとか、豆のソースのせいで緑になったと説明した。

「父上、なんだかんだ食いつないでるのね?」

「お前はどうしていたのだ?」

「最初はクラリスと一緒だったけど、はぐれてしまって……」

 プリシラの格好はずいぶん汚れている。
 人買いや質の悪い連中を避ける為に、髪を短く切って男装している。
 もともと顔は美形で洗濯板な為、美少年に見えなくもない。

「そうか、すまん。本当なら私がお前を面倒みるべきなのにな」

 そう言うとクラウスは懐から、硬貨を何枚か取り出してプリシラに渡した。

「いいの? 父上も食べないと死んじゃうでしょ」

「気にするな。それで、そなたはどうするつもりだ?」

「クラリスを探すわ。フェアラムさまから頂いたお金もあの子が持ってるから」

 王都が落ちる少し前に、絶倫爺ちゃんはプリシラとクラリスを逃がしたが、その時に結構な額の路銀も渡している。

「そうか。また困ったらここへ来なさい。私もなるべく寄るようにするから」

「分かったわ。父上も気を付けてね? どう見てもオークにしか見えないから……」

「あ、ああ、気を付ける……」


 これが今生の別れになるとは、二人は思わなかっただろう。
 しかし死ぬ前に家族に会えたのだから幸せだったろう。
 こんな凸凹でも親子は親子だ。



―――



 プリシラさま。
 一人にして申し訳ありませんでした。
 でも仕方なかったのです。
 追手を撒かないと、プリシラさまが……

「プリシラさま? 平気ですか?」

「……! クラリス!! 良かった! 無事だった!!」

 プリシラはクラリスの顔を見てとても喜んでいる。そしてそのまま彼女に抱きついて、強く抱きしめていた。

「甘えん坊さんですね。寂しかったですか?」

「うん。寂しかった。だからもう離れないで」

「はい。プリシラさまがずっと寂しくないようにしてあげますね」

「あはは、何、変なこと言っているの? あ、そうそう、父上に会ったの! すっごい緑―――ごほッ…あ、あ…かふッ…ク、クラリス……? ど、ど、どう…し…」

 クラリスの手に握られた短剣が、プリシラの胸を貫いていた。
 ほとんど即死だっただろう。
 既にプリシラはこと切れている。

 クラリスは目を見開いたままのプリシラをそっと眠らせてやった。


 プリシラさま。
 私は貴女の暗殺を命じられたアサシンです。
 貴女を殺す為にオルビアに来たのです。
 貴女が狙われた理由は、フローラさまを苦しめたからです。
 私も貴女に出会うまでは憎くんでいました。
 でも、はじめてプリシラさまと出会った時、信じられなかった。
 ずっと前に亡くした妹と瓜二つで……
 そんな貴女を殺せなくて、ずっとずるずるここまで来てしまいました。
 貴女をどこか遠い国へ連れて行こうと思ってました。
 でも、次から次に別の暗殺者が送られてきては、貴女を守り切れません。

 だったら私の手で、せめて私の手で貴女をひと思いに。

 安心して下さい。
 あの暗殺教団は私の手で皆殺しにします。

 私の妹をアイツらを絶対に許しませんから。


 クラリス。

 彼女の本当に名は、鮮血のクラレッタ。大陸最凶のアサシンである。





*****

プリシラは本当は小さな子の身代わりで死ぬはずでした(´ー+`)

*****

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