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第2章『聖女王フローラ』

第26話「諸王国会議」

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 フローラはこの異様な雰囲気に少し辟易していた。
 何しろ彼女はここへ、半ば強制的に連れて来られたようなものだ。
 正直な所、自分たちだけで勝手にやって欲しかったが、民草の事を考えるとそうも行かず、渋々ながらこの『諸王国会議』に出席していた。

 今ここにはオルビアに侵攻した四つの王国の代表が集まっている。
 それとは別に呼ばれてもいない、珍客がもう一名加わっているが。
 とにかく、四ヶ国の代表が顔を合わせている。
 そんな場所に何故、フローラが呼ばれるのか。それはオルビアを攻めたは良いが大義名分が無かったと言う事情からだ。
 別に無くとも今回の場合は困りはしないが、無いよりはあったほうが良い。

 それともう一つ、新たな奇跡を再現したフローラの動きを牽制したいと言う狙いもあって、四ヶ国、いや、正確には三カ国で示し合わせていた。

 四つの王国の内、アドネリアのみはフローラに好意的だったが、その他の三つの国々は大義名分を得る事と、フローラを僻地に追いやる事で自国の権益を守ろうとしていた。

「どうでしょう? 聖女さま、我ら四ヶ国の連合盟主の件を受けて下さいませんか」

 この男はルッカ王国から派遣されてきた下級貴族で、サイラスと名乗った。このルッカの使者以外にも、トスカーナ、ルグリアの二国も低い身分の人間を送ってきている。
 唯一、アドネリアのみ王太子のエンシオを派遣して来ているくらいで、他の三カ国は分かりやすく言うならば、フローラを『見下している』のだ。そうでなければ盟主になってくれと頼んでおきながら、下級貴族を使者に宛がったりはしないだろう。
 実利だけはきっちり得るが、それ以外はなおざりいい加減なのだ。

「私たちには何の利益もありませんよね?」

 予想通りの展開に、フローラは頭を抱えたくなった。
 要するに『聖女フローラ』の名を頭に冠する事で、防護壁にしようと言う事だ。彼女の名声がもたらす利益を享受させてくれと、暗に言っているようなものだ。

「我ら四ヶ国の庇護を与えましょう」

 『与えましょう』という態度の者が盟主になってくれと頼んでいる。

「待て! アドネリアはフローラさまに恭順するつもりだ。貴様らのような無礼な態度を取るつもりはないぞ?」

 アドネリアの王太子エンシオが語気を強めて言い放った。
 この王太子エンシオは、見た目こそ大人しそうに見えるが、その実、王太子たる気概を備えているようだ。他の三カ国の使者の身分が低いからと言うのもあるが、彼らに対して一歩も引く気配がない。

「フローラさま、この辺でお暇おいとましましょう。はっきり申しまして話しになりません」

 いつもは怒りを前面に出す事など滅多に無い、リコ司祭が怒りを込めてこう言った。

「困りましたな、何が気に入らないと言うのですか?」

「まあまあ、それなら例の土産を出されては如何いかがです?」

「そうですな。聖女さまにとっては仇敵です。さぞお喜びになられるでしょう」

 口々に好き勝手を言っては、終始、横柄な態度を取っている。
 
「フローラさま、もう退出しましょう」

「そうですね。こんなに不快な気持ちになるのも久しぶりです」

 この頃のフローラは、こんな感じに気持ちをはっきり言うようになってきた。
 もともとが控え目すぎたのもあるが、彼女にしては成長していると言える。

「まあまあ、お待ちください。捕虜にしたオルビアの将軍を差し上げますので」

「多少、可愛がっておきましたが、タフな爺さんでしてな、骨が折れましたよ」

「その爺さんを差し上げますので、どうか、ご再考下さいませんか?」

 そう言うと表の兵士に『捕虜を中に入れよ』と命令を下す。
 フローラは捕虜などには興味が無かったが、相手の有無を言わさぬ態度に仕方なく付き合うことにした。しかし、連れて来られた捕虜を見て驚愕する事になった。

「……貴方は……お爺ちゃん?」

 連れて来られた捕虜は、かつてオルバで出会ったあの老騎士だった。確かにあの折、一緒に居た女性は老騎士を『将軍閣下』と呼んでいた。

「……あ、あんたは、あの時のお嬢さんかな?」

「そ、そうです。やっぱりオルビアの将軍だったのですね?」

 信じられないと言った表情で、フローラは痛めつけられたユリウスを見ていた。引きずられて連れてこられたのはユリウス将軍だった。
 彼はオルビアが滅びる少し前に、十倍以上の敵を相手に奮戦した後に捕らえられていた。

「どういう事だ? ユリウス殿はアドネリアが捕えて、そちらに身柄を託したはずが、何故こんな拷問をされている!!」

 エンシオが怒りを込めて叫んでいた。
 そう、エンシオの言うように、ユリウスは激戦の末にアドネリアに捕らわれた。だが、アドネリアは見事な戦いを演じたユリウスに敬意を表して丁重に扱っていた。
 そのユリウスをフローラとの交渉材料にすることは、アドネリアも了承はしていたが、扱いを丁重にするという約束で他の三カ国に引き渡していた。
 それがどういうわけか厳しい拷問の傷痕が刻まれていた。

「どうでしょう。フローラさま? 何やら将軍とは面識があるようですが」

「盟主の件をお受け下さるなら、即刻この男を差し上げますが、断るなら意には添えませんな」

 頼みと言うより脅迫と言うべき物の言い方だった。

「……離しなさい」

 怒りに震える声でフローラがこう言った。身体中をふるふる震わせている。

「ああ! すみませんな! 泣かれてしまいましたか?」

「これは失礼しましたな! まさか泣かれてしまうとは、聖女さまも可愛げがある!」

「どうです? 今宵は私の寝所に? うははははは」

 『抜け駆けとはずるい』だとか『噂に違わぬ美貌ですな』だとか、下衆な発言ばかりが飛び出す。

「離せと言ったのが聞こえませんか?」

 フローラの怒りは既に頂点に達していた。
 このならず者どもを、どの方法で殺めようかと思案をしている。
 彼女はもう、愚王に翻弄されていた頃の彼女ではなかった。
 言いなりになるのは、親しい人間を失う事にもなりかねないから。

「ですから、お受け下されば離しますよ」

「ついでに我らが女の喜びも教えて差し上げますよ、うはははは」

 冗談のつもりで言いつつも、フローラの反応をしっかり観察している。まさか本気で彼女をどうにかしようと思っているのだろうか。

「聖女と言っても、男と交われないわけではないでしょう? ならば将来の為に身を委ねれられてみては?」

 完全に見下して調子に乗っている。使者の一人が不意にフローラに手を伸ばそうとした。

「……離せと言っているでしょう!!」

 フローラが叫んだ瞬間に、"バチッ"と稲妻が走った。見る間に彼女の右腕全体に稲妻が集まっていく。

「ま、魔法ですか!! そ、それで何をなさるつもりですか!」

「冗談じゃないですか! まさか聖女さまを手籠めになど……」

「し、仕方無いですね。この男は聖女さまに差し上げます」

 フローラが魔法を披露した瞬間に、臆病者共が恐怖に顔を歪めている。こんな程度で恐れを成すのだから、この者たちの国元での働きもタカが知れている。
 これなら戦場で命を懸けて戦う雑兵たちのほうが、よっぽど気概と根性を持ち合わせている。

「連合盟主の件は受けてもいいです。但し、捕虜を解放するのが条件です……!」

 受けるつもりは無かった。
 しかし、ユリウスでさえこの様子なら、他の捕虜たちはもっと悲惨だろう。
 オルビアと、その主だった愚王に恨みはあれど、オルビアの民たちに恨みはない。
 そう心に強く想いを感じるフローラは、彼ら救われない者たちを救う決心をした。

 この事が後に彼女に多大な恩恵をもたらすとは、彼女自身でさえも想像すらできなかっただろう。

 この瞬間こそが、"聖女王フローラ"誕生の試金石となったのだ。



―――



「まさか、お嬢さんが聖女さまとは、びっくりしたわい……」

「それは私の台詞ですよ?」

 先ほどまでの怒りは消え失せて、今はすっかりいつのもフローラに戻っている。そして久しぶりの祖父との再会に嬉しそうにしている。

「済まない事をした。クラウス王に代わって謝るわい」

「あの人が悪いのであって、お爺ちゃんの責任ではありませんよ」

「……本来なら王が救うべき捕虜まで救ってもらって、聖女さまには頭が上がりません。このご恩は一生忘れません」

 よろめく身体に鞭を打って、ユリウスは片膝をつき臣下の礼を取った。

「何を言うつもりですか?」

「恩義を受けた分は御奉公でお返し致します。お許し頂けるなら、貴女さまの麾下きかに加えて頂けませんか」

「お爺ちゃん枠でなら喜んで承諾します」

 フローラはずっとオルバの老人を気に懸けていた。
 オルビアの将軍なら王国の滅亡と共に命を落とすかもしれないと。
 しかし、ユリウスとの縁が切れていなかった事を、神々に感謝していた。

 このユリウスの帰順を以てもって、旧オルビアに仕えた優れた臣下の多くがフローラの下に集った。

 あのオルビアの双璧が、今度はフローラを守護する二枚の大きな壁となったのだ。





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新作『猫被ってる皇子』の連載をはじめました。良かったら(´ー+`)

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