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第1章『流浪の元聖女』

第8話「下級官吏の悲鳴②…マカロニ&うどんはNG」

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 旧国境線にほど近いある村で、早起きな一人の女性が元気な笑顔を振りまきながら、自分の家の畑を目指して薄っすらともやが掛かる農道を歩いていた。
 彼女にとってはすっかり日課となって久しい。朝のこの時間の静けさが、何より気に入っている。


 今日は久しぶりに良い天気ですね。
 半月くらい前からかな?
 それ以前まではずっとお天気の日ばっかりで、いつもウキウキでした。
 でもそれが最近はお天気が悪い日ばかりです。

 聖女さまが変わったせいだと、わたしの家族も、村のみんなも言ってますけど。
 
 さあてと!
 気を取り直して畑のお世話――

「ぎゃああああッ!」

 静けさに包まれた中に突然、空気を切り裂く女性の悲鳴が響いた。

 何あれ!
 凄いのがいる!
 け、毛虫の大軍!?

 うひゃああああッ!

 くすんだ金色の髪を束ねた彼女は、先ほどまでの笑顔を凍り付かせて、視界の先の蠢くうごめく物体から目を離すことができないでいた。
 少なくとも昨日の夕刻、一日の作業を終えて家に戻ろうとした時までは、この畑はいつも通りの何の変哲もない大根畑だった。

 そんないつも通りのはずの場所で、信じたくはないものを目にして悲鳴を上げている。
 彼女でなくとも、こんな光景を目にしたら皆が驚くのも頷ける。

 彼女の視界いっぱいに、大根畑を蹂躙する巨大な毛虫が蠢いてうごめいていた。数はそれほどでもないようだが、毛虫は大人の男性の腕くらいはありそうだ。
 
 くすんだ金色の髪を振り乱しながら、彼女は這う這うの体ほうほうのていで薄っすら遠目に見える村のシルエットを目指して全力で駆け出した。この異様な事態を皆に知らせる義務もあったが、何より薄気味悪い巨大な毛虫から一刻も早く遠ざかりたかった。

 そしてこの見たことの無い毛虫による被害は、オルビア王国のあちこちでほとんど同時に発生していた。
 一年を通して収穫できる紫色の大根は、オルビア王国の主要交易品の一つでもある。
 僅かながらも魔力を宿すまろやかな味わいは、お子様からお年寄りまで大人気である。



―――



「とにかく、うねうねなんだって!」

 くすんだ金色髪の女性は、荒い呼吸を整えもせず、開口一番、叫びを上げた。

「……は?」

 女性のすぐそばにいた男性が、不思議そうな顔で反応した。

「畑がうねうねしているのよ! 白くて! うねうね!」

うね?」

「ちがう! 白い毛虫がうねうねしているのよ!」

「なんだ毛虫かよ、そんなくらいで狼狽えるうろたえる農民がどこにいる?」

 思ったよりもつまらない答えに、男性は呆れ返っている。

「行って見てくれば! あれはきっと魔物よ!」

 村の集会場を兼ねた酒場の一角で、『魔物』と聞いて反応を示す男たちがいた。
 その男たちは夜更けに村にやってきて、一晩の宿を求めてきた。

「盗み聞きするようで申し訳ないが、魔物と言ったか?」

 20代半ばくらいの赤い髪の青年が、先ほどから声を荒げる女性に尋ねてきた。

「そ、そうですけど、それが何か?」

「いや、深い意味はない。ありがとう」

 青年は硬貨が入った袋から、銀色の硬貨を1枚出して女性に渡した。そして軽く会釈をしてから仲間の元へと戻っていった。

「どう思いますか? クレールさま」

「フローラさまが神殿を離れてもう半月は経っている。異変が現れても不思議はないな」

 この男たちはクレールとその配下の者たちだった。
 20人ほどの配下を幾つかに分けて、フローラの行方を探している。
 その途上で昨晩はこの村に宿泊していた。

「とりあえず、何人かやって村人を手伝いましょう」

「ああ、そうしよう。フローラさまなら、そうしただろうしな」

「しかし聖女さまは、どちらに行かれたのでしょう……」

 クレールのそばに控える、栗色の髪の女性がそう呟いたつぶやいた

「あと人を遣ってやって無いのはオルバのほうと、アドネリア方面ですね」

 クレールは効率的な探索を実現する為に、自身の配下以外にも王都の色々な組織に声を掛けて、一大捜査網を敷いていた。これは彼の王都での実績があるからこそ、実現できたことでもある。
 
「アドネリアのほうは切り取ったばかりで、まだまだ落ち着いてはいないだろう」

「するとオルバのほうへ向かいますか?」

「そうだな。一応、アドネリアへも何人か派遣しておいてくれ」

 フローラさま。
 今すぐにお迎えに参りますから。
 それまでどうか、ご無事でいてください。
 私が貴女さまの傍で、貴女さまに刃を向けるものを、残らず斬り捨てます。

 ですからどうかご無事で。

 
 クレールはしばしの間、祈りの言葉を捧げると、配下の者たちに素早く指示を下した。
 そして栗色の髪の女性だけを伴って、表に繋いでいた馬に飛び乗った。
 再び馬上の人となって、クレールはオルバを目指して疾走し始めた。



―――



 王都の庁舎に女性の悲鳴が響き渡る。実のところ、この日は朝から悲鳴が鳴り止まない。それには実に迷惑な理由が存在した。

「あ、また誰か叫んでいるな」

「そりゃ、こんなのを見たら、叫びたくもなるだろう」

 下級官吏たちの目の前には、白くて巨大な毛虫がうねうねしている。

「まあね、未だに見慣れない。今日の昼飯、ちゃんと食えるか自信がないよ」

 マカロニとか、うどんとか、そういうのは避けたほうが良いだろう。

「まったくだ。なんだってこんな巨大な毛虫が……」

「コイツらのお陰で大根マズいんだって?」

「ああ、大根しか食わないらしいんだが、よりによって大根専門かよ」

 オルビア産の大根なら高値で売却するも、他の作物と交換するも選択肢は豊富にある。
 ただ、この毛虫はその大根にしかつかない虫だと調べがついている。

「陛下と大臣が前線に食糧ばら撒いたからなあ」

「ほんとそれだよ。お陰で国庫は空っぽだろ? しょうがないから大量に買い付けしたらしいけど、それで今度は国内で物価上昇の悪循環だしな」

「大臣たちはもう何もしないでほしいね。足引っ張るしか能が無いし」

 聞かれると不味いはずだが、ここ数日間は、公然と大臣を批判する者たちであふれてきている。
 この二人も誰にはばかることなく、大臣の批判を口にしている。



 この者らの気持ちもわかる。
 陛下もそうだが、大臣たちも上辺でしか政策を考えない。
 お陰で王都の情勢は混迷しつつある。
 今はまだ前回までの戦勝で貯金があるからいいが…

 クレールさまを連れ戻しに行ったのは、ユリウスさまか。
 ユリウスさまなら期待はできるが、あのお二人は考えが似ているし、長く戦場に居てユリウスさまは聖女さまと面識は無いらしいが、知り合えばおそらく馬は合うだろう。

 クラウス陛下か、フローラさまか、そんなの考えるまでもない。

 私もそろそろ身の処し方を考えねばならないな。

 ブレシア子爵シモンも、もう既に王都や王国に先は無いと見限っていそうだった。
 すべてはユリウスのもたらす結果に掛かっている。
 少なくともシモンはそれで判断しようとしている。

 仮にシモンが王都を離れれば、即座に王都の行政は破綻するだろう。





*****

夜ごはんは、うどんです(`ω´)キリッ

*****

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