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第1章『流浪の元聖女』
第4話「プリシラの誤算」
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この日の王宮は、朝方届いたクレール出奔の知らせで騒然としていた。
もっとも裏切りとは無縁だと思われた男が、元聖女フローラの為にオルビアを捨てたのだ。これには王宮の古狸たちも、報告を耳にした直後は面食らって唖然とするしかなかった。
そしてもう一人。
周囲の混乱しているさまを全く気にしていない様子ながらも、それでも内心では動揺する気持ちを抑えきれない男が、玉座の上でなんとも形容し難い表情で虚空を見つめていた。
クラウス王はクレールが自分を見限った事実を受け入れられなかった。
絶対にそうはならないと思っていたことが、突然に現実となって襲い掛かってきたのだ。
当然だと思っていたのに、そうではなかったと受け入れるのは難しい。
「陛下! 大変です!」
「今度は何だ! クレールが見つかったのか!」
クレール出奔の知らせの直後、クラウス王は家臣にクレール捜索の指示を出している。
もしや弟が見つかったのかと、クラウス王は表情を明るくしかけた。
「い、いえ、そ、それが、夏野菜の収穫見込みが大凶作になりそうだと……」
「何だとお!! ひと月前の報告では豊作だと言っていたはずだろう!」
弟のことではなくてがっかりしたようだが、それ以上に衝撃的な知らせに、素っ頓狂な声を上げて本気で驚いているようだ。
度重なる戦勝と毎年の豊作が、オルビアの拡大政策の土台を支えていた。
ひと月前にはフローラの祈祷によって、豊穣の女神は豊作を約束してくれていた。
だから何時ものように、内政など放っておいて、国庫の食料を前線に配り終えている。
それなのに約束されていた収穫量が得られない。
さすがに愚王クラウスと言えども、叫ばずにはいられなかった。
「は、はい。フローラの行った儀式によれば、豊作になる見込みだとの結果でした」
「くそ! あの疫病神め! だが大丈夫だ、プリシラが何とかしてくれるはずだ」
苦虫を嚙み潰したような面持ちで、クラウス王は『ギリギリ』と歯ぎしりをしている。彼のこの様子では差し詰め、フローラが儀式の結果を改竄したと、そういうふうに解釈しているのだろう。
「は、はい、では王女殿下に、儀式の準備をお願いして参ります」
「ああ、任せた。それとユリウスに使いを出せ。クレール追跡の指揮官はユリウスに一任する」
ユリウス・フロベール。
オルビア王立騎士団の団長を30年に渡って努めてきた男である。
クレールと並んでオルビアを支える百戦錬磨の名将だ。
オルビアの拡大した領域は、すべてこの男が隣国から切り取ったものだ。
この男でなければ、剣聖クレールは止められないだろう。
クラウス王にとっては、これが最後の切り札となる。
―――
ここ最近は何時もそうだったが、この日も神殿内はギスギスした空気で満たされていた。
フローラが神殿の主を務めていた頃は、柔らかな光と、ふわりとした雰囲気に、フローラやイルマに、巫女たちや神殿に勤める大勢の人々の笑い声であふれていた。
それがどうだろう。主が変わった途端に何から何まで様変わりしている。
目下の難題に気を取られているプリシラは、ここ数日で神殿内の様子がだいぶ閑散としてきたことを、気付いているのだろうか。
フローラやイルマ、そして数人の巫女は王国によって追われたが、その他の者たちはそっくり残ったままだった。
だが、そんな者たちもすっかり嫌気が差して、神殿から遠ざかる者が日増しに増えている。
「わ、わかったわ。お父さまには心配は要らないと伝えてちょうだい」
あんのバカオヤジ!!!
今度は儀式をしろですって!
こっちはそれどころじゃないわよ!
でも、放ってはおけないし……仕方ない。
「急いで巫女を集めなさい」
とりあえず、フローラの巫女たちにやらせよう。
私がやるよりは、よっぽど良い結果が出るはずよ。
「そ、それが王女殿下」
余計なことを言って罰を受けたくないのだろう。
運の悪いことにプリシラ付きの侍女になったこの女性は、恐る恐る事実を口にした。
「何? はっきり言いなさいよ」
「巫女たちは暇を出されました」
「はあ? なんで??」
え?
暇を出された?
なんで?
「フローラの密偵の可能性もあるので、新たに別の者から巫女を人選するようにと、王宮からのご命令です」
「あ、そ、そうよね。確かにそのほうがいいわね」
あああああ!
今から人選してたら儀式は誰がするのよ!
私? 私がするの?
無理無理。無理!
あ! そうだ!
「でも、一人くらいは残っててくれないと、仕事の引き継ぎもね?」
我ながら名案だわ!
豊穣の儀式くらいなら、最も有能な巫女一人くらいでも何とか……
いいえ、脅してでもやらせるわ。
その間にフローラを捕まえる。
それしかないわ。
「は、はあ。では、どの者を呼び戻しましょう?」
「イルマがいいわ。確かフローラの補佐もやっていたはずよ」
「畏まりました。急ぎ人を遣って探してくるよう命じます」
ふふ。
あの小生意気な女と顔を合わせるのは気が進まない。
けれど背に腹は代えられないわ。
しばらくの間よ。
しばらく辛抱すればいいの。
そうしたら叔父さまとの結婚生活が待っているわ♪
という感じにプリシラは楽観的に構えていたが、そうそう彼女の思い通りの展開にはならなかった。夕刻になって新たな報告がなされると、プリシラは顔を蒼白にして狼狽しはじめた。
イルマの消息について、すぐに有力な手掛かりが見つかりはしたものの、イルマは仲間を数人引き連れて、王都を出ていることが発覚したからだ。
藁をもすがる想いでイルマの所在を求めたのに。
結果は思いもよらないものだった。
万策尽きたプリシラには成す術は残されていない。
こうなってはダメで元々、彼女自身が儀式を行うしかない。
イルマに任せておけば、失敗しても責任を押し付けることもできた。
そういう目論見もあったのだが。
畜生!
何で私が!!
失敗したら不味いっていうか、失敗するに決まっているでしょ!
女神さまの夢を見たなんて、嘘よ! 嘘なの!!
かつて夢を見て聖女になった王女がいる。
私のご先祖さまの中に、そういう人がいる。
その人は優秀な聖女だった。
だから、『夢でお告げを聞いた』って言えばイケると思っただけよ?
で、実際、上手く行ったじゃないの。
フローラに仕事をやらせて、私は後ろで糸を引けばいい。そうするだけで私は叔父さまの愛を得て、聖女としての名声も得られるはずだった。
それをバカオヤジ!
私のお膳立てを全部ナシにして!
ああああ!
どうしろと言うの!
仕方が無いから儀式はやってみよう。
頭から自分に聖女の才能が無いと否定するのは良くない。
ぶっつけ本番だから怖いだけよ……
上手く行くかもしれないじゃない。
「誰か」
プリシラの短い呼び掛けに、控えていた侍女がすぐさま反応を寄越した。
声だけで姿の見えない侍女にプリシラは、『急ぎ儀式の準備を』と命令を下した。
それから数日後、真新しい法衣に身を包んだプリシラの晴れ舞台がやってきた。
クラウス王をはじめ、王宮の者たちや、豊作を誰より祈願する民たちは、新たな聖女プリシラの豊穣の女神を祭る儀式に大きな期待を寄せた。
たどたどしくも始めての儀式を無事に終えたプリシラを、クラウス王はとても誇らしく思ったものだが、そんな王の心境とは裏腹に、凶作を示す兆候は依然、根強く残ったままだった。
フローラの頃なら儀式や祈祷には必ず、誰の目にも明らかな前向きな結果が伴っていた。
王女であったことと、クラウス王がプリシラを溺愛していることが、とりあえず今だけは、プリシラの立場を辛うじて支えていた。しかし、彼女の前途に、重く暗雲が垂れ込めていることには変わりはなかった。
*****
畜生とか言ってますが、プリシラは13歳です(´ー+`)
*****
もっとも裏切りとは無縁だと思われた男が、元聖女フローラの為にオルビアを捨てたのだ。これには王宮の古狸たちも、報告を耳にした直後は面食らって唖然とするしかなかった。
そしてもう一人。
周囲の混乱しているさまを全く気にしていない様子ながらも、それでも内心では動揺する気持ちを抑えきれない男が、玉座の上でなんとも形容し難い表情で虚空を見つめていた。
クラウス王はクレールが自分を見限った事実を受け入れられなかった。
絶対にそうはならないと思っていたことが、突然に現実となって襲い掛かってきたのだ。
当然だと思っていたのに、そうではなかったと受け入れるのは難しい。
「陛下! 大変です!」
「今度は何だ! クレールが見つかったのか!」
クレール出奔の知らせの直後、クラウス王は家臣にクレール捜索の指示を出している。
もしや弟が見つかったのかと、クラウス王は表情を明るくしかけた。
「い、いえ、そ、それが、夏野菜の収穫見込みが大凶作になりそうだと……」
「何だとお!! ひと月前の報告では豊作だと言っていたはずだろう!」
弟のことではなくてがっかりしたようだが、それ以上に衝撃的な知らせに、素っ頓狂な声を上げて本気で驚いているようだ。
度重なる戦勝と毎年の豊作が、オルビアの拡大政策の土台を支えていた。
ひと月前にはフローラの祈祷によって、豊穣の女神は豊作を約束してくれていた。
だから何時ものように、内政など放っておいて、国庫の食料を前線に配り終えている。
それなのに約束されていた収穫量が得られない。
さすがに愚王クラウスと言えども、叫ばずにはいられなかった。
「は、はい。フローラの行った儀式によれば、豊作になる見込みだとの結果でした」
「くそ! あの疫病神め! だが大丈夫だ、プリシラが何とかしてくれるはずだ」
苦虫を嚙み潰したような面持ちで、クラウス王は『ギリギリ』と歯ぎしりをしている。彼のこの様子では差し詰め、フローラが儀式の結果を改竄したと、そういうふうに解釈しているのだろう。
「は、はい、では王女殿下に、儀式の準備をお願いして参ります」
「ああ、任せた。それとユリウスに使いを出せ。クレール追跡の指揮官はユリウスに一任する」
ユリウス・フロベール。
オルビア王立騎士団の団長を30年に渡って努めてきた男である。
クレールと並んでオルビアを支える百戦錬磨の名将だ。
オルビアの拡大した領域は、すべてこの男が隣国から切り取ったものだ。
この男でなければ、剣聖クレールは止められないだろう。
クラウス王にとっては、これが最後の切り札となる。
―――
ここ最近は何時もそうだったが、この日も神殿内はギスギスした空気で満たされていた。
フローラが神殿の主を務めていた頃は、柔らかな光と、ふわりとした雰囲気に、フローラやイルマに、巫女たちや神殿に勤める大勢の人々の笑い声であふれていた。
それがどうだろう。主が変わった途端に何から何まで様変わりしている。
目下の難題に気を取られているプリシラは、ここ数日で神殿内の様子がだいぶ閑散としてきたことを、気付いているのだろうか。
フローラやイルマ、そして数人の巫女は王国によって追われたが、その他の者たちはそっくり残ったままだった。
だが、そんな者たちもすっかり嫌気が差して、神殿から遠ざかる者が日増しに増えている。
「わ、わかったわ。お父さまには心配は要らないと伝えてちょうだい」
あんのバカオヤジ!!!
今度は儀式をしろですって!
こっちはそれどころじゃないわよ!
でも、放ってはおけないし……仕方ない。
「急いで巫女を集めなさい」
とりあえず、フローラの巫女たちにやらせよう。
私がやるよりは、よっぽど良い結果が出るはずよ。
「そ、それが王女殿下」
余計なことを言って罰を受けたくないのだろう。
運の悪いことにプリシラ付きの侍女になったこの女性は、恐る恐る事実を口にした。
「何? はっきり言いなさいよ」
「巫女たちは暇を出されました」
「はあ? なんで??」
え?
暇を出された?
なんで?
「フローラの密偵の可能性もあるので、新たに別の者から巫女を人選するようにと、王宮からのご命令です」
「あ、そ、そうよね。確かにそのほうがいいわね」
あああああ!
今から人選してたら儀式は誰がするのよ!
私? 私がするの?
無理無理。無理!
あ! そうだ!
「でも、一人くらいは残っててくれないと、仕事の引き継ぎもね?」
我ながら名案だわ!
豊穣の儀式くらいなら、最も有能な巫女一人くらいでも何とか……
いいえ、脅してでもやらせるわ。
その間にフローラを捕まえる。
それしかないわ。
「は、はあ。では、どの者を呼び戻しましょう?」
「イルマがいいわ。確かフローラの補佐もやっていたはずよ」
「畏まりました。急ぎ人を遣って探してくるよう命じます」
ふふ。
あの小生意気な女と顔を合わせるのは気が進まない。
けれど背に腹は代えられないわ。
しばらくの間よ。
しばらく辛抱すればいいの。
そうしたら叔父さまとの結婚生活が待っているわ♪
という感じにプリシラは楽観的に構えていたが、そうそう彼女の思い通りの展開にはならなかった。夕刻になって新たな報告がなされると、プリシラは顔を蒼白にして狼狽しはじめた。
イルマの消息について、すぐに有力な手掛かりが見つかりはしたものの、イルマは仲間を数人引き連れて、王都を出ていることが発覚したからだ。
藁をもすがる想いでイルマの所在を求めたのに。
結果は思いもよらないものだった。
万策尽きたプリシラには成す術は残されていない。
こうなってはダメで元々、彼女自身が儀式を行うしかない。
イルマに任せておけば、失敗しても責任を押し付けることもできた。
そういう目論見もあったのだが。
畜生!
何で私が!!
失敗したら不味いっていうか、失敗するに決まっているでしょ!
女神さまの夢を見たなんて、嘘よ! 嘘なの!!
かつて夢を見て聖女になった王女がいる。
私のご先祖さまの中に、そういう人がいる。
その人は優秀な聖女だった。
だから、『夢でお告げを聞いた』って言えばイケると思っただけよ?
で、実際、上手く行ったじゃないの。
フローラに仕事をやらせて、私は後ろで糸を引けばいい。そうするだけで私は叔父さまの愛を得て、聖女としての名声も得られるはずだった。
それをバカオヤジ!
私のお膳立てを全部ナシにして!
ああああ!
どうしろと言うの!
仕方が無いから儀式はやってみよう。
頭から自分に聖女の才能が無いと否定するのは良くない。
ぶっつけ本番だから怖いだけよ……
上手く行くかもしれないじゃない。
「誰か」
プリシラの短い呼び掛けに、控えていた侍女がすぐさま反応を寄越した。
声だけで姿の見えない侍女にプリシラは、『急ぎ儀式の準備を』と命令を下した。
それから数日後、真新しい法衣に身を包んだプリシラの晴れ舞台がやってきた。
クラウス王をはじめ、王宮の者たちや、豊作を誰より祈願する民たちは、新たな聖女プリシラの豊穣の女神を祭る儀式に大きな期待を寄せた。
たどたどしくも始めての儀式を無事に終えたプリシラを、クラウス王はとても誇らしく思ったものだが、そんな王の心境とは裏腹に、凶作を示す兆候は依然、根強く残ったままだった。
フローラの頃なら儀式や祈祷には必ず、誰の目にも明らかな前向きな結果が伴っていた。
王女であったことと、クラウス王がプリシラを溺愛していることが、とりあえず今だけは、プリシラの立場を辛うじて支えていた。しかし、彼女の前途に、重く暗雲が垂れ込めていることには変わりはなかった。
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畜生とか言ってますが、プリシラは13歳です(´ー+`)
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