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第2章『お仕置き生活続行中』

第36話「シャルリーヌ①…さなぎ」

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「ユベールさま、辺境よりの報告ですが……」

 黒装束の男がユベールに何やら耳打ちをしている。黒装束の男はユベールが従える密偵の一人だった。

「元王子は恋人エレーナを残してティパサを発ちました。如何いかがなさいますか?」

「エレーナとその家族がティパサを出たら、何人か護衛につけてあげて。彼女たちが無事にどこかに落ち着けるまでで良いからさ」

 命令を受け取ると、黒装束の男は闇夜に溶けて消え失せた。

 
 驚いたよジュリアン。
 まさかキミが改心するとはね。

 僕がやっている事は、恨みを晴らして楽しんでいるだけだから。
 言ってみればマイナスを生み出すだけなんだよ。
 でも、キミ自身が立ち直ってくれただけでなく、エレーナたちまで救ってしまった。
 これは大きなプラスだと思うんだ。

 今後のキミの行く末がすごく楽しみだから……
 その前払いってわけじゃないけど、エレーナたちの事は任せて。悪いようにはしないから、約束するよ。

 僕はね。
 復讐するときも必ずそうしたように、約束をすれば絶対に守るから。

 あとは彼らに地獄を見せないとだね。
 寄生虫の二人に、きっちり引導を渡してやらないとね?
 辺境だから簡単だよ。
 こっちみたいに安全なルールなんてないからね。
 
 僕もあの二人はすごく気に入らないんだよね。

 殺したりはしない。
 なるべく長く苦しめるようにしてあげる。



―――



 今日もまたあの窓際で、シャルリーヌはひたすら外を眺めていた。
 最近は可能な限りそうしている。運が良ければ、またユベールの姿を見る事ができると、シャルリーヌは必死になっていた。必死にユベールの姿を求めていた。

 もう、何日あの人ユベールの姿を見ていない? ユベール、貴方の姿を見せて。貴方に会いたい。貴方に触れて欲しい。抱きしめて欲しい。
 キスもして? 貴方がしたい所にして欲しいの。
 もう心も身体も貴方に捧げてしまいたい。そうすれば、きっと楽になれるから。

 だからもう、この爺さんには触らせたくないの。この身体はユベールに捧げるのだから……

「……触らないでッ! あの人を連れて来て!!」

 もうとっくに諦めの心境だったシャルリーヌが、今日は老人の手を拒んで払いのけていた。
 裸を見せるのでさえ拒絶している。老人のする全てを拒もうとしている。そんな気迫が彼女の態度から見て取れた。

「あの人とは?」

 わざわざ聞くまでも無い。
 シャルリーヌの反応で、何を意図しているのかは分かり切っていた。

 老人は『完成した』と、心の内でほくそ笑んでいる。ようやく役目が果たせたと。

「この間の若い男の人よ! 女の人と居たでしょ!!」

「ああ……ユベールさまの事かい?」

 言うなり下卑たげびた笑いを浮かべている。何よりこの瞬間を楽しみにしていたのだから、自然と笑みが浮かんでしまうのも無理はない。

「……どんな関係なの?」

 俄かににわかにシャルリーヌの胸中がざわめきはじめた。

「それは直接聞いたらどうかな?」

「……ここに居るの?」

「居るとも言えるし、居たとも言えるかな……?」

 回りくどい言い方をして、老人はなるべく長く楽しもうと表情を歪めている。

「どういう事!」

 すぐそこに答えがある気がするのに、なかなか手が届かない。そんなもどかしさにシャルリーヌは耐えきれずに声を荒げたが、それが切欠になったのか、隣室で椅子から立ち上がるような物音がした。シャルリーヌはハッとなって扉がある戸口を凝視しはじめた。

 彼女の予感というのは適切ではない。
 "そうであって欲しいという願望"と言う方が正しい。
 そしてその願望が成就するなら、扉をくぐり抜けて部屋へと入ってくるのは、ユベールのはずだ。

 『キイイイ』と、余り手入れがされていなそうな音を響かせて、扉がゆっくりと開かれた。ドアノブには人間の手が掛かっている。腕の太さから考えても男性であろう事は疑う余地が無い。

 少なくともシャルリーヌにはそう見えていた。

 この時の彼女はもう、誰が見てもそうとしか思えないような悦びよろこびを、顔中でも、身体中でも現わそうとしていた。

 そうしてそれは次の瞬間に、彼女の意思とは別に一気に解き放たれていた。

 扉をくぐって姿を現したユベールをひと目見ただけで、シャルリーヌは駆け出していた。小走りに駆け寄って、脱げかけた衣服が床に落ちるのも気に留めず、全裸の姿のままでユベールに抱きついていた。

 一切生産的な要素がないこの部屋で、シャルリーヌのむせび泣く声が静寂に染み入るように広がっていくが、その事を『悲しい』と捉えているのは、残念ながらシャルリーヌだけだった。

 とりわけ、ユベールにとっては至極の時間のはじまりだった。

 彼の表面に少しづつ、サディスティックな影が忍び寄っているのを、シャルリーヌは気付いていない。
 恐らくずっと気付かずに、彼女自身を作り変えられてしまうのだろう。





*****

後編に続きます(´ー+`)

*****

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