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本編

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 与えられる熱に浮かされて、身体の力が抜けていく。ぼんやりとした頭では、彼がくれるものを享受することしかできない。

「きょ、じゅ……」
「教授ではなく、シグルドです。熱に浮かされて忘れてしまったようですな」
「あ……」

 謝ろうとしたら、キスで口を塞がれる。舌がねじこまれ、息もできないくらいに深く口付けられた。粘膜に包まれた自分の物ではない舌が、歯列をなぞり、上顎をくすぐり、舌同士を絡め合わせる。

 彼のキスに応えられるほどの技術はない。私はされるがまま、ねちっこく絡み合う舌の感触にピクピクと肩を震わせていた。貪るようなディープキス。水音が頭の奥で響いている。流し込まれる唾液を飲み込む。飲み込みきれなかった分が口の端から溢れた。シグルド様はそれをべろっと舐めて、顔を離した。

 息を整えながら見上げていると、彼がフッと笑って服を脱ぐ。青白い顔の痩せた教授だと思っていたが、いつもきっちりと服で隠されていた身体は均整が取れた体躯だ。

「何を満ち足りた顔をしているんです。まだ本番はこれからですよ」
「本番……?」
「子作りをしなくては。それに、君は妻として、夫の昂りをこのままにしておけとは言いませんよね?」
「ぁ……」
「覚えていますか? 君が私にプロポーズした日のことを」

 彼の目が、ゆるりと細められた。

「細く、青白い私と性行為をしたら、死んでしまうのではないかと、無用の心配をしていましたね。ですから私は君を安心させるため、こう言いました。私の生殖能力に問題はありません。初夜を楽しみにしていてください、と」
「あ、あの時は――」
「今から君の処女を奪います。覚えておきなさい。これから先、君を抱くのは私だけです。他の男に触れさせてはいけません」
「えっと……最初から、そんなつもりは、毛頭ありませんよ?」
「わかっています。それでも釘を刺したくなる」
「どうして……?」
「私が、メルティ・フィンハートを愛しているからです」

 愛を告げたことも、告げられたこともなかった。それは始まりの関係が教育者と教え子だったからかもしれないし、押しかけて得た婚約者だったからかもしれないし、ただ、タイミングがなかっただけなのかもしれない。理由はわからない。だけどこれまで、私たちの間に愛の言葉なんてなかった。

 胸の奥が震えた。本当に嬉しくて、涙だってこぼれてきて、彼に言いたいことが山ほどある。

「私も、愛しています」

 言いたいことはあっても、今の私はそれだけ伝えるのが精いっぱいだった。

「泣くんじゃありません」
「だっ、だって……!」
「君が泣きやむのを待っていてもいいのですが、いつまでも我慢できるほど堪え性なわけではないんです」
「っ、シグルドさま……」

 低い声で、名前を呼び返される。愛しげに、切なげに、彼は私の名前を繰り返し音にした。頬を撫でる冷たい指先は、優しい。彼に愛されている。こんなにも。そんなこと気付かなかった。

 婚約を破棄して、最初に思い浮かんだのは教授の顔だ。彼なら助けてくれる。今なら思いを告げても許される。彼と、結婚して、共に生きたいと、そう思って。一年前のあの日、私はシグルド・シーガイア教授の元を訪ねた。

 多幸感で胸がいっぱいだ。頭がふわふわする。

 シグルド様の細身でいて、男らしい骨張った手が両頬に添えられた。ひたいに浮かんだ汗が落ちる。ふわっと、彼が微笑んだ。慈愛に満ちた瞳に、とろけた顔をした私が映っていた。幸せそうに笑っている。

「ああ……これからずっと、君はその顔でいなさい。あの日のような……気を張った、下手くそに笑った顔は……もう、見せるな」
「シグルド様が、愛してくれるなら、きっと――」

 唇が重なった。不安を消し、傷を埋め、慈しんでくれる彼とこの先もずっと一緒にいられる幸せな境遇を、誰に感謝すればいいのだろう――

「っ!?」

 そんなことを考えていたら、彼が私の唇を噛んだ。

「ぼんやりしている暇はありませんよ。今日、確実に孕ませるつもりですので、覚悟をしておきなさい。ああ、安心して。シーガイア家は領地を持たない男爵家ですが、生殖能力に関しては折り紙つきですから」
「……え?」
「私は六男ですが、上に四人の姉、五人の兄、三人の妹と、弟がひとりいます。君は知らなかったようですが、種や畑として有能だと評判なんですよ」

 つまり、子供ができやすい家系ということか。反対にうちの家系は子供ができにくく、現に私はひとり娘だ。両親や一族の面々が、諸手を挙げて歓迎していた理由がわかった気がした。

「さあ、始めましょうか」
「お、お手柔らかにお願いします……」

 こうして、私の初夜は朝……否、昼まで続き、三日三晩に渡って開かれた披露宴は、主役不在のまま幕を下ろすことになったのである。後日、お詫びを兼ねて手紙と引出物を贈ったのは言うまでもない。

 そして、一年後、私は見事に跡継ぎとなる長男を出産。それから二年に一度のペースで子供を産み、生涯で三人の男児とふたりの女児に恵まれた。これはフィンハート家としては異例の人数で、シーガイア家の有能さを証明する結果だ。

 シグルド様は教授の職を辞し、サースロック領に居を移してくれた。相変わらず研究を続けて輝かしい功績を残し続けていたけど、私や子供たちを愛してくれているのは間違いない。

 家業と育児に追われて大変なこともあるけど、大きな枠で見れば、なんの憂いもなく、私は生きることができた。それは全て彼の――シグルド・シーガイア教授のおかげであることは、言うまでもない――。



end






//本編はこちらで完結です。このあとは全四話のシグルドsideの話を掲載し、幕引きとさせていただきます。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

  また、宣伝になってしまいますが、別作品「神の居る島~逃げた女子大生は見えないものを信じない~」を第6回キャラ文芸大賞にエントリーさせていただいております。併せて試し読み、応援いただけますと幸いです。どうぞよろしくお願い致します。

20230101 32
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