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第三章 街に潜む蜘蛛

第39話 下水道に住む世捨て人

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 セオドアの戦力はわかった。Bランク冒険者は枠が限られてない冒険者の中では最高位のランク故にピンからキリまでいる。それこそ、Bランクギリギリの実力の者もいれば、Aランクがフタをしているが故に上に上がれない者もいる。セオドアは後者のようだ。

 戦力としては十分すぎる。これ以上頼りになる冒険者がこの大陸にいるとは思えない。確かにセオドアの言う通り、俺たちで勝てなければ、Aランク冒険者が出動する事態になる。

「アベル。進路を決めてくれ」

「はい。今までパレーツで集めた情報を元にやつの行動パターンを分析しました。滞在時間が長い場所から調べていきましょう」

 アベルはブルムの街の地図を開く。地図には複数の×印が記されている。これが、アラクノフォビアの行動パターンを現しているのか。

「まずはこの地点。聖クレイア教の教会の真下。やつはどういうわけだかここに滞在している時間が1番長かったのです」

「教会の真下になにかがあるってことかい?」

 セオドアが会話に入ってくる。

「それはわかりません。偶然教会の真下が居心地が良かったのか……それとも、なにかがあるからそこに滞在しているのか……」

「まあ、どちらにせよ向かってみよう」

「俺様もリオンの旦那と同意見だな。こんな汚くて臭くて危険なところ1秒だっていたくないぜ」

「それは僕も同感です。早くアラクノフォビアを倒して地上に戻りましょう」

 俺たちはアベルの指示を受けて下水道を歩き出した。方向感覚に優れているレンジャーのアベル。現在地点が地上のどこの位置かもしっかり把握してくれているはずだ。

「キュゥィン」

 カサカサと素早く何かが動いた。猫並にでかいネズミが小さいネズミを咥えて素早い動きで俺らの股を通過していった。

「あんな生物もいるんですね。あんなに大きいネズミは見たことがありません」

「ああ。俺たちが普段目にしない環境にこそ、新種の生物がいるのかもな」

「ったく。ただでさえ汚いネズミがでかくなりやがって。ああ言う菌をまき散らすやつがいるから、伝染病っていうのが流行るんだ」

 セオドアが帽子を深々を被り、遺憾の意を示す。

「確かに俺たちが生まれるよりずっと前に、ネズミを媒介とした伝染病が大陸全土に襲い掛かったこともあったな」

「そんな恐ろしいことがあったんですね」

 俺は歴史の教育を受けているから知ってるけれど、アベルはそうではなさそうだ。俺も運よく教育を受けられた側だから、何とも言えない。ただ、世界の教育格差というのはもう少しなんとかした方が良い気がする。

 それにしてもセオドアも結構な教養があるように思える。冒険者は、学業を軽んじている物が多い。もしかしたら一定の教育を受けられるだけの良いお家柄だったりするのか?

「リオンさん。セオドアさん。気を付けてください。前方から生物の気配を感じます。身長は成人男性ほどあります」

「下水道にそんなにでかい生物……アラクノフォビアか? はっはっは。いいねえ。よし、リオンの旦那。アベルの旦那。作戦通りに動くぞ」

「ああ」

 俺たちは全員身構えた。暗闇からコツーンコツーンと足音が聞こえる。そして、暗闇から青白い何かが顔を覗かせる。

「ふぉ? お主ら何者じゃ? この下水道はわしの縄張りじゃ」

 眼前にいたのは白髪で青白い肌をしているボロを来た老人だった。老人がニカッと笑い、口の中の隙っ歯が目立つ。

「なんだこの不潔な爺さんは」

「セオドアさん失礼ですよ」

「かっかっか。ハッキリと物を言う若者じゃな。ワシはかれこれ20年はこの下水道に住んでいる」

「ええ……」

 アベルがドン引きしている。そりゃ、自分が生まれる前からこんな醜悪な環境に住んでいるとか耳を疑いたくなる気持ちもわかる。

「ご老人。お尋ねしたいことがあります」

「なにがご老人じゃ! ワシはまだ43歳じゃ! せめておじさんと呼べ」

 俺の呼称に腹を立てたのか一喝するおじさん。

「おじさん……まず、あなたのお名前をお伺いしたい」

「ワシか? ワシの名前はゴリアンじゃ」

「ゴリアンさん。あなたはここの地形に詳しいのですか?」

「ああ。もちろんだとも。ワシはこの下水道のおさじゃからな。地の利はある」

 俺の質問に上機嫌そうに笑うゴリアン。

「では、人間ほどの大きさのでかい蜘蛛のモンスターは見たことありますか? アベル」

「はい。この爪を持ったモンスターなんですけど……」

 アベルがアラクノフォビアの爪をゴリアンに見せる。ゴリアンは爪を見て「ほーほー」と唸っている。

「うーん。見たことあるような」

「本当ですか?」

 アベルがゴリアンの発言に食いつく。

「ないような……」

「行こうアベル。セオドア。こいつは相手にするだけ無駄だ」

 俺の経験からこいつはやべえ奴だと判断した。下水道に長年住んでいるせいでボケ老人になったんだろう。

「ま、まあ待て。わしは今腹が減っていて頭が回っとらんのだ。食料を恵んでくれたら思い出すかもしれん」

「本当かどうか怪しいものだな」

 セオドアが警戒している。だが、その気持ちはわからないでもない。

「本当に今腹が減って死にそうなんじゃ。さっきもネズミを食べようとしたら、別のネズミにネズミが取られてしまった。貴重な食料なのに」

「ネズミ食ってるのかよこの爺さん。流石の俺様も引かせてもらう」

「ネズミはご馳走な部類だ。下手したらハエやサソリやゴキブリを」

「やめろ。それ以上聞きたくない」

 セオドアが両手を前に突き出し、ゴリアンを制止した。それにしても凄い食生活だな。常人が真似したら病気になりそうだ。

「久しぶりにまともな食事を恵んでおくれよ」

「しょうがない。アベル。なにか食わせてやれ。適当なものでいいぞ」

「はい。わかりました」

 アベルは食料の中から適当なものを選び、ゴリアンに恵んだ。

「おお。ありがとうありがとう」

 ゴリアンはお礼を言いながら汚い音を立てながら飯を頬張った。

「きったねえ食い方だな。ロクに教育を受けてねえのかよ」

「セオドア失礼だぞ」

 このゴリアンだって好きでこんな生活しているわけではないだろう。ただ、生まれつき貧乏で教育を受ける機会に恵まれずにこんな最底辺の生活に身を落しただけなのだろう。

「ああ。生き返った。あ、そうだ。蜘蛛の情報を教える代わりにもう1つお願いがある」

「厚かましい爺さんだな。これ以上俺様たちに何を要求するんだ?」

「まあまあセオドアさん。とりあえず聞くだけ聞いてみましょう」

「おお。そこの坊やは聡明で優しい心の持ち主じゃのう。そこの無礼千万な伊達男とは大違いじゃ」

「はいはい」

 セオドアがゴリアンの悪口を軽く受け流した。

「ワシがこの下水道にいること。決して地上の人間には言ってはならない」

 ゴリアンが真剣な表情でそう言った。これまでのおふざけキャラとは打って変わって。

「なるほど。あんた、お尋ね者だな」

 セオドアがゴリアンの顔をまじまじと見る。

「うーむ。ギルドに出回っている手配書にこの顔に面影があるものはなかった。重罪人ではなさそうだ」

「かっかっか。んなわけあるかい。あんたらは十中八九冒険者じゃろ? でなければこんな下水道を探索しないし、モンスターの捜索もせんからな。賞金首を突け狙う人狩りの冒険者もいると言うのに、重罪人だったら安易に貴様らの前に顔を出せるかい。少しは頭を使わんか!」

「ぐ……」

 セオドアは完全に一本取られた。ゴリアンの方が言っていることが正論なだけに言い返せないのだ。

「なるほど……犯罪者ではないけど、世間から目を眩ませたい訳アリな人物と……あえて、ゴリアンさんの正体を探るようなことはしません。あなたに賞金がかかっていない以上、俺らにはあなたを捕らえる理由がない。ここは見逃しましょう」

「はっはっは。色男は話がわかるのう。ワシの若い頃に本当にそっくりじゃ」

 それはやめて欲しい。俺は将来こうなりたくない。

「蜘蛛の情報が知りたいんだってな。食料の礼じゃ。教えてやる」
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