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第三章 街に潜む蜘蛛
第35話 調査
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「パレーツ!」
アベルはアラクノフォビアの爪を持って魔法を唱える。俺にはレンジャーの魔法のことはよくわからない。アベルがどういう風に探知しているのか。それも謎なのだ。アタッカー、タンク、バッファー、ヒーラーをこなせる俺だが、レンジャーだけは素質がなかったのだ。
「ここから東に765メートル先、そこにアラクノフォビアがいます」
現在の位置は冒険者ギルドから南南西に800メートルほど進んだところだ。つまり、最初にパレーツを使った時にアラクノフォビアがいた場所。丁度、俺が懇意にしている薬屋がある近くだ。アラクノフォビアも当然1箇所にじっとしているわけではない。やつにも生活というものがあり、動いているのだ。東に765メートル先もまだブルムの街の範囲内。既に何回か検証しているが、やつはこのブルムの街から離れたことはない。
「うーん……」
アベルは地図に×印を描き、更に時刻まで書き記していく。
「アラクノフォビアの行動パターンさえ絞れれば、正体を特定できそうな気がするんですけどね」
「ああ。そうだな。だが、やつはこのブルムの街から出ようとしていない。冒険者だとか行商人だとかそういう旅をする類の職業じゃないことは確かだ」
俺はアベルと一緒に思案した。ちなみにセオドアは、情報収集は苦手だからと俺たちに一任している。全く勝手な男だ。確かに手がかりはアベルのパレーツしかない状況だ。レンジャーのアベルさえいれば情報収集には事足りる。だけど、それでもアベル1人に情報収集させるのはどうかと思う。
「リオンさん。なんでアラクノフォビアはブルムの街を点々としているんでしょうか」
「ん? どういうことだアベル」
「だって、おかしいじゃないですか。普通の人だったら、特定の家や職場にずっといるはずですよ。つまり、そこにいる期間が長いコアな場所って言うんですか。そういうのがあるはずなんです。薬屋のご主人なら、薬屋に。花屋のお姉さんなら花屋にいる期間が長いのが普通なんです」
確かにアベルの言うことは尤もである。
「それに僕が前に試した時もおかしい結果が出たんです。僕は夜にアラクノフォビアの場所を特定しようとしました。人間はみんな寝ているような時間帯です。普通は家にいますよね? なのに、何度試してみてもバラバラな箇所に点在しているんです」
「つまり……やつは特定の住居や生活の拠点を持っていないってことなのか?」
「そういうことになりますね」
確かに、普通に生活していて、一定のタイミングで居場所を抜かれるとなったら、家が特定できていてもおかしくない。けれど、アベルの見立てではそのような場所は見つからないのだ。毎回毎回、違った場所を指し示している。同じ場所にいたことは1度もないレベルでだ。
家がないホームレスだって特定の縄張りというものはある。寝泊まりする場所、生活の拠点。そういうものがこのアラクノフォビアからは感じられない。
「これはいくらなんでも不自然すぎる」
「ねえ。リオンさん。僕思うんです。リオンさんは人間に擬態した可能性があると言ってましたが、僕はその可能性はないんじゃないかって。やつは人間以外の姿になって、この街に平然と潜んでいる」
アベルの仮説を訊いて俺は疑問に思った。
「なあ。アベル。それはないんじゃないか。人間以外の生物が街の中を堂々と歩いていたら、いくらなんでも不自然すぎる。もし、アラクノフォビアがモンスターの姿のまんまだったら騒ぎになってもおかしくない。アラクノフォビアはそのかぎ爪からわかる通り、かなり大柄の体格だ。成人男性ほどの大きさはあるだろう。そんなモンスターが街中をうろついていたら、とっくに冒険者に討伐されているさ」
だから、俺の人間に擬態する能力があるというのも間違ってはない……と思う。だが、アベルの言う通り、これが不自然なことは確かだ。住所不定無職でもなければ、こんな移動にはならないだろう。特定の家も職場も持たない。こんな人間、ブルムの街にいるのだろうか。
「とにかく。僕は引き続きアラクノフォビアの追跡をします。東に765メートル行った先になにかがあるかもしれません」
アベルは方位磁石と地図を持って、目的地まで走っていった。全く……いくら兄のためとはいえ、少し無謀すぎる気がする。1人で突っ走って、アラクノフォビアと戦闘になったらどうするつもりなのだろうか。戦う力をほとんど持たないレンジャーでアラクノフォビアに勝てるとは思わない。
万一のことを考えて、俺はアベルの後を追いかけることにした。ここでアベルを見送って、なにかあった時に後悔するのは嫌だからな。
◇
東に765メートル先にあるところ。そこには大きな古い建物があった。通称ブルムの幽霊屋敷。かなり古い建物でブルムの街ができた当初からあると言われている。窓は割れて、隙間風がビュービューと吹いていて、その音が人の声に聞こえて不気味だという。そこからこの屋敷は幽霊屋敷と名付けられた。
今はもう人が住んでいなくて建物が傷み放題というわけだ。
「リオンさん。ここがアラクノフォビアがいた場所です」
「この中にアラクノフォビアがいるのか?」
「もう移動しているかもしれません。僕も魔力量を上げるトレーニングしたので、もう1度パレーツを使えます。使ってみましょう……パレーツ!」
人がいないはずの廃墟。もしここにアラクノフォビアがいるのであれば、その中にいる人物が確実にアラクノフォビアであると言えるだろう。ここまで特定するのも決して短くない道のりだった。果たして、アベルのパレーツの結果はどうなのだろうか。
「東に5メートル先……間違いない。この建物の中です。入りましょう。リオンさん」
「おいおい。勝手に入って大丈夫か? いくら廃墟とはいえ、土地や建物は誰かの所有物なんだぞ。不法侵入で捕まるのは嫌だぞ俺は」
「でも! この中にアラクノフォビアがいるのであれば、調査しないことには始まりません!」
アベルは完全に聞く耳を持たないと言った感じだ。そりゃそうか。アベルは兄を救うためにアラクノフォビアを倒そうとしている。もし、俺も同じ状況だったら……妹のレナを救えるんだったら、不法侵入なんて気にしてられないだろう。
「わかったよ。アベル。それじゃあ、この建物に入るぞ。古い建物だ。ところどころ傷んでいるはずだ。床や壁が崩れないように気を付けて進むぞ」
「はい!」
俺とアベルは幽霊屋敷に入ろうとした。すると中から人が出てきた。その人物は俺の見覚えのある顔だった。
「な……お前は……セオドア!」
なんと屋敷から出てきたのはセオドアだった。一体なぜセオドアがこの屋敷に? まさか、セオドア自身がアラクノフォビアだったのか? いや、それはない。最初にパレーツを使った時にセオドアはアベルの近くにいた。もし、セオドアがアラクノフォビアだったら、あんな結果を示さないはずだ。
「おー。リオンの旦那。アベルの坊や。元気してたか?」
セオドアは帽子を指でクイっと持ち上げて微笑みかけてきた。
「旦那たちも依頼でこの屋敷を訪れたのか? 残念だったな。この屋敷に住むゴーストモンスターは俺が討伐した」
「へ?」
ゴーストモンスター? なんだそれは。そんなものがこの屋敷にいるだなんて。しかも依頼が出てただなんて、初めて聞いたぞ。
セオドアの後ろの2人の女がいた。今しがた幽霊屋敷からでてきたばかりだ。この女2人もどこかで見たことがある。けれど、あんまり思い出せないな。まあ、思い出せないってことは重要な人物ではないのだろう。それに、2人とも同じような顔しているな。やばい。若い子がみんな同じ顔に見えるだなんて。おっさん化してきたかも。
「俺様はこの若い子たちと組んで冒険したってわけさ。どうだ羨ましいだろ」
随分と親父臭い物言いだな……だが、これでハッキリしたことがある。セオドアは当然アラクノフォビアではない。ならば、消去法で後ろにいる女のどちらかがアラクノフォビアなのだ。
俺はアベルを横目でチラリと見た。アベルは拳を握り、わなわなと震えている。
「正体を現せアラクノフォビア! お前達2人のどっちかがアラクノフォビアだってわかってるんだ!」
アベルはアラクノフォビアの爪を持って魔法を唱える。俺にはレンジャーの魔法のことはよくわからない。アベルがどういう風に探知しているのか。それも謎なのだ。アタッカー、タンク、バッファー、ヒーラーをこなせる俺だが、レンジャーだけは素質がなかったのだ。
「ここから東に765メートル先、そこにアラクノフォビアがいます」
現在の位置は冒険者ギルドから南南西に800メートルほど進んだところだ。つまり、最初にパレーツを使った時にアラクノフォビアがいた場所。丁度、俺が懇意にしている薬屋がある近くだ。アラクノフォビアも当然1箇所にじっとしているわけではない。やつにも生活というものがあり、動いているのだ。東に765メートル先もまだブルムの街の範囲内。既に何回か検証しているが、やつはこのブルムの街から離れたことはない。
「うーん……」
アベルは地図に×印を描き、更に時刻まで書き記していく。
「アラクノフォビアの行動パターンさえ絞れれば、正体を特定できそうな気がするんですけどね」
「ああ。そうだな。だが、やつはこのブルムの街から出ようとしていない。冒険者だとか行商人だとかそういう旅をする類の職業じゃないことは確かだ」
俺はアベルと一緒に思案した。ちなみにセオドアは、情報収集は苦手だからと俺たちに一任している。全く勝手な男だ。確かに手がかりはアベルのパレーツしかない状況だ。レンジャーのアベルさえいれば情報収集には事足りる。だけど、それでもアベル1人に情報収集させるのはどうかと思う。
「リオンさん。なんでアラクノフォビアはブルムの街を点々としているんでしょうか」
「ん? どういうことだアベル」
「だって、おかしいじゃないですか。普通の人だったら、特定の家や職場にずっといるはずですよ。つまり、そこにいる期間が長いコアな場所って言うんですか。そういうのがあるはずなんです。薬屋のご主人なら、薬屋に。花屋のお姉さんなら花屋にいる期間が長いのが普通なんです」
確かにアベルの言うことは尤もである。
「それに僕が前に試した時もおかしい結果が出たんです。僕は夜にアラクノフォビアの場所を特定しようとしました。人間はみんな寝ているような時間帯です。普通は家にいますよね? なのに、何度試してみてもバラバラな箇所に点在しているんです」
「つまり……やつは特定の住居や生活の拠点を持っていないってことなのか?」
「そういうことになりますね」
確かに、普通に生活していて、一定のタイミングで居場所を抜かれるとなったら、家が特定できていてもおかしくない。けれど、アベルの見立てではそのような場所は見つからないのだ。毎回毎回、違った場所を指し示している。同じ場所にいたことは1度もないレベルでだ。
家がないホームレスだって特定の縄張りというものはある。寝泊まりする場所、生活の拠点。そういうものがこのアラクノフォビアからは感じられない。
「これはいくらなんでも不自然すぎる」
「ねえ。リオンさん。僕思うんです。リオンさんは人間に擬態した可能性があると言ってましたが、僕はその可能性はないんじゃないかって。やつは人間以外の姿になって、この街に平然と潜んでいる」
アベルの仮説を訊いて俺は疑問に思った。
「なあ。アベル。それはないんじゃないか。人間以外の生物が街の中を堂々と歩いていたら、いくらなんでも不自然すぎる。もし、アラクノフォビアがモンスターの姿のまんまだったら騒ぎになってもおかしくない。アラクノフォビアはそのかぎ爪からわかる通り、かなり大柄の体格だ。成人男性ほどの大きさはあるだろう。そんなモンスターが街中をうろついていたら、とっくに冒険者に討伐されているさ」
だから、俺の人間に擬態する能力があるというのも間違ってはない……と思う。だが、アベルの言う通り、これが不自然なことは確かだ。住所不定無職でもなければ、こんな移動にはならないだろう。特定の家も職場も持たない。こんな人間、ブルムの街にいるのだろうか。
「とにかく。僕は引き続きアラクノフォビアの追跡をします。東に765メートル行った先になにかがあるかもしれません」
アベルは方位磁石と地図を持って、目的地まで走っていった。全く……いくら兄のためとはいえ、少し無謀すぎる気がする。1人で突っ走って、アラクノフォビアと戦闘になったらどうするつもりなのだろうか。戦う力をほとんど持たないレンジャーでアラクノフォビアに勝てるとは思わない。
万一のことを考えて、俺はアベルの後を追いかけることにした。ここでアベルを見送って、なにかあった時に後悔するのは嫌だからな。
◇
東に765メートル先にあるところ。そこには大きな古い建物があった。通称ブルムの幽霊屋敷。かなり古い建物でブルムの街ができた当初からあると言われている。窓は割れて、隙間風がビュービューと吹いていて、その音が人の声に聞こえて不気味だという。そこからこの屋敷は幽霊屋敷と名付けられた。
今はもう人が住んでいなくて建物が傷み放題というわけだ。
「リオンさん。ここがアラクノフォビアがいた場所です」
「この中にアラクノフォビアがいるのか?」
「もう移動しているかもしれません。僕も魔力量を上げるトレーニングしたので、もう1度パレーツを使えます。使ってみましょう……パレーツ!」
人がいないはずの廃墟。もしここにアラクノフォビアがいるのであれば、その中にいる人物が確実にアラクノフォビアであると言えるだろう。ここまで特定するのも決して短くない道のりだった。果たして、アベルのパレーツの結果はどうなのだろうか。
「東に5メートル先……間違いない。この建物の中です。入りましょう。リオンさん」
「おいおい。勝手に入って大丈夫か? いくら廃墟とはいえ、土地や建物は誰かの所有物なんだぞ。不法侵入で捕まるのは嫌だぞ俺は」
「でも! この中にアラクノフォビアがいるのであれば、調査しないことには始まりません!」
アベルは完全に聞く耳を持たないと言った感じだ。そりゃそうか。アベルは兄を救うためにアラクノフォビアを倒そうとしている。もし、俺も同じ状況だったら……妹のレナを救えるんだったら、不法侵入なんて気にしてられないだろう。
「わかったよ。アベル。それじゃあ、この建物に入るぞ。古い建物だ。ところどころ傷んでいるはずだ。床や壁が崩れないように気を付けて進むぞ」
「はい!」
俺とアベルは幽霊屋敷に入ろうとした。すると中から人が出てきた。その人物は俺の見覚えのある顔だった。
「な……お前は……セオドア!」
なんと屋敷から出てきたのはセオドアだった。一体なぜセオドアがこの屋敷に? まさか、セオドア自身がアラクノフォビアだったのか? いや、それはない。最初にパレーツを使った時にセオドアはアベルの近くにいた。もし、セオドアがアラクノフォビアだったら、あんな結果を示さないはずだ。
「おー。リオンの旦那。アベルの坊や。元気してたか?」
セオドアは帽子を指でクイっと持ち上げて微笑みかけてきた。
「旦那たちも依頼でこの屋敷を訪れたのか? 残念だったな。この屋敷に住むゴーストモンスターは俺が討伐した」
「へ?」
ゴーストモンスター? なんだそれは。そんなものがこの屋敷にいるだなんて。しかも依頼が出てただなんて、初めて聞いたぞ。
セオドアの後ろの2人の女がいた。今しがた幽霊屋敷からでてきたばかりだ。この女2人もどこかで見たことがある。けれど、あんまり思い出せないな。まあ、思い出せないってことは重要な人物ではないのだろう。それに、2人とも同じような顔しているな。やばい。若い子がみんな同じ顔に見えるだなんて。おっさん化してきたかも。
「俺様はこの若い子たちと組んで冒険したってわけさ。どうだ羨ましいだろ」
随分と親父臭い物言いだな……だが、これでハッキリしたことがある。セオドアは当然アラクノフォビアではない。ならば、消去法で後ろにいる女のどちらかがアラクノフォビアなのだ。
俺はアベルを横目でチラリと見た。アベルは拳を握り、わなわなと震えている。
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