上 下
73 / 101

第70話 イーリスができること

しおりを挟む
「サイクロン!」

 イーリスが得意の魔法で邪霊に攻撃する。風の刃に切り刻まれている邪霊は大きな深手を負っている。だが、まだ止めを刺すには至らない。わずかながらに息がある。

「ラピッドファイア!」

 すかさずにミラが出が早い魔法で追い打ちをかける。残りの生命力がわずかだった邪霊はその魔法に押し込まれる形で消滅してしまった。

「はぁ……はぁ……」

 イーリスが肩で息をしている。まだダンジョンは全体の1/5も進んでいない。そんな状況でも既にイーリスの疲労はピークに達していた。

「大丈夫か? イーリス」

「ちょっとダメかも……マナが尽きたみたい」

 最初の戦闘から強力な魔法を撃ってしまったイーリスはこの中の誰よりも早くマナが尽きてしまった。だが、マナの限界が来ているのはイーリスだけではなかった。

「ああ。イーリスちゃんがそうなるのも無理はない。アタシも後、2、3発くらいの魔法が撃てるかどうかだ」

「私もそれくらいかな。これ以上進んだら戻ってこれなくなるかも」

 パーティ全体としては、残り1回くらいの戦闘にはなんとか耐えられるくらいの余力はある。しかし、その状況で先に進むのは無謀と言わざるを得ない。

「そうだな。これ以上先に進むのは危険だな。撤退するか」

 ディガーとして長くやっていくには撤退判断や損切りが重要である。無駄に突っ張ったり、無理したとして怪我で済めばいい方である。最悪、命に関わることもある。アルドの判断は正しい。

「ここから少し戻ったところに素材の気配を感じた。それは掘る余裕はある?」

「そうだね。この辺の邪霊は倒したから、比較的安全だね。すぐに掘ってすぐに帰還すれば問題はないかも」

 アルドは埋まっている素材を感知する能力がある。危険なダンジョンであれば、あるほどその素材の質は良くなる傾向にある。強い素材があれば、装備の強化ができて次回からの攻略が楽になる可能性がある。多少のリスクを背負ってでもやる価値はある。

 アルドは愛用のツルハシで目ぼしい場所を掘っていく。女子たちもアルドの周囲の壁を魔法で削ってサポートをする。

 結果、それなりに良質な素材を手に入れることができた。それらを持ち帰り、今回のダンジョン攻略は終了。手に入れた素材を4人で分けて、解散となった。

 アルドとイーリスは帰宅後に、手にしていた素材を眺めていた。

「お父さん。こんな調子でダンジョンを攻略できるのかな?」

「どうだろうな……」

 ダンジョンのまだ浅い部分ですら苦戦しているこの状況。深層部に近づくほどに、体力を消耗して攻略が難しくなる。このペースで攻略するには少し厳しいものがある。

「やっぱり、イーリスだけに依存しないでもっと強い攻撃手段が欲しいかな」

 今までのダンジョンでは、アルド、クララ、ミラも決して力が足りてないわけではなかった。イーリスの攻撃魔法が頭1つ抜けていて切り札として扱われてはいたが、きちんと攻撃役としては貢献できているのだ。

 しかし、邪霊も強くなってくると耐久性が高くなる。アルドたちの攻撃は一応は有効ではあるものの、それだけで倒すにはどうしても攻撃回数が増えてしまう。イーリスのように少ない攻撃回数で相手に致命傷を負わせるには程遠い。

「お父さん……それって、私の力不足なの?」

「え? なに言っているんだ? イーリス。逆だよ。僕たちがイーリスの火力に追いついてないんだよ」

「違う……だって、私には攻撃魔法しかないもん。お父さんは前線に立ってみんなを守ってくれているし、クララさんやミラさんも魔法で色んな補助ができるし……」

 事実、イーリスが得意なのは圧倒的に攻撃魔法なのだ。それは他の追随を許さないほどである。だが、その反面イーリスはほとんど補助魔法を使えない。精霊魔法の最も基本的な魔法。アパト。魔法が使える者ならばほとんどが習得していて、いるだけで最低限回復役としての役目は果たせる便利な魔法である。

 だが、イーリスはその魔法は使うことができない。イーリスが使える赤の魔法、緑の魔法。それにも補助魔法はあるが、イーリスは練習してもそれを習得できていない。

 イーリスは自分には攻撃魔法しかないことは自覚している。信仰が高いから邪霊の攻撃を受けやすいから、誰かに守ってもらわないといけない。それに、かと言って後方でのサポートが得意なわけでもない。だからこそ、唯一得意な攻撃魔法で多くの邪霊を倒すことでアルドたちに貢献したいのである。

 パーティ全体の攻撃性能が高くないのは、自分がきちんと引っ張れないせいと思い込んでいるのだ。更にイーリスが懸念しているのものがもう1つある。

「もし、みんなが攻撃面まで私を置いていっちゃったら……攻撃しかできない私はどうすればいいの?」

 目が潤むイーリスをアルドは抱きしめた。後頭部を抱えて優しくポンポンと叩く。

「そんなことを気にしていたのか。大丈夫。イーリスはイーリスだ。誰かと自分を比べる必要なんてない。僕にとってイーリスの代わりはどこにもいない」

 まだ11歳のイーリスはできないことが多くて当然なのである。だが、親と一緒の戦場に立っているからこそ、そこで活躍しているからこそ、どうしても大人と同じ評価軸で物事を考えてしまうのだ。

「お父さん……!」

「大丈夫。僕たちはイーリスを置いていったりなんかしない。一緒に強くなろう」

「うん」

 イーリスの心が落ち着いた。これ以上心が病むことがなく、実に穏やかな気持ちでイーリスはその日は眠りについた。

 それから数日後、アルドたちはクララとミラの師匠であるジェフの元を訪れていた。スラム街の外れ。人があまり寄り付かなくてそれなりに広いスペース。そこで修行をすることにした。

「先生! お願いします!」

 クララとミラが頭を下げる。それに続いてアルドとイーリスも下げた。アルドとイーリスはジェフになにかを教えてもらうなんて経験はない。実力者であることは知っているが、ものを教えるのに向いているのかどうかは半信半疑である。

「あー……まあ、そんな改まらなくてもいいや。なんかむず痒い」

「先生。鉱山近くのダンジョンの邪霊が硬くて、私たちの攻撃が通りにくいんです」

「まあ、そうだろうな。かっかっか。俺もあのダンジョンに潜ってみたけれど、あれはまだお前たちには早いかもな。雑魚邪霊で足踏みして良かったと思う。下手にボスまで辿り着く実力があったら、返り討ちにあっていたかもな」

 ジェフは笑いながら笑えないことを言う。イーリスが手を上げる。

「ジェフ先生! じゃあ、どうしたらいいんですか?」

「まあ、そうだな。信仰が低い相手ならば精霊魔法が有効なのは知ってるよな? だが、精霊魔法は攻撃面があんまり充実していないんだ。他の魔法を撃つよりはマシとはいえ、あんまり期待できる威力にはならねえな」

「私、精霊魔法使えないです……」

「んー。そうか。じゃあ、嬢ちゃんには無理かもな。まあ、話は戻すけど、精霊魔法の威力の低さを補う方法はある。それが、合成魔法だ。確か、お前たちにも見せたことがあったよな。オーロラカーテン!」

 ジェフはオーロラの防護壁を展開した。街に潜んでいたネコの邪霊との戦闘の時にこれで敵の攻撃を防いだものだ。

「これは、青のマナと赤のマナを同時に放出することで使える魔法だ。俺が使える魔法は、赤、青、精霊だからな。赤と精霊、青と精霊みたいな組み合わせの合成魔法を放つと、その性質は相手の信仰を無視するという性質を受け継ぐ。合成魔法は威力が高いから、精霊魔法の威力の低さを補うことができるんだ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?

プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。 小説家になろうでも公開している短編集です。

頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。

音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。 その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。 16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。 後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

魔境暮らしの転生予言者 ~開発に携わったゲーム世界に転生した俺、前世の知識で災いを先読みしていたら「奇跡の予言者」として英雄扱いをうける~

鈴木竜一
ファンタジー
「前世の知識で楽しく暮らそう! ……えっ? 俺が予言者? 千里眼?」  未来を見通す千里眼を持つエルカ・マクフェイルはその能力を生かして国の発展のため、長きにわたり尽力してきた。その成果は人々に認められ、エルカは「奇跡の予言者」として絶大な支持を得ることになる。だが、ある日突然、エルカは聖女カタリナから神託により追放すると告げられてしまう。それは王家をこえるほどの支持を得始めたエルカの存在を危険視する王国側の陰謀であった。  国から追いだされたエルカだったが、その心は浮かれていた。実は彼の持つ予言の力の正体は前世の記憶であった。この世界の元ネタになっているゲームの開発メンバーだった頃の記憶がよみがえったことで、これから起こる出来事=イベントが分かり、それによって生じる被害を最小限に抑える方法を伝えていたのである。  追放先である魔境には強大なモンスターも生息しているが、同時にとんでもないお宝アイテムが眠っている場所でもあった。それを知るエルカはアイテムを回収しつつ、知性のあるモンスターたちと友好関係を築いてのんびりとした生活を送ろうと思っていたのだが、なんと彼の追放を受け入れられない王国の有力者たちが続々と魔境へとやってきて――果たして、エルカは自身が望むようなのんびりスローライフを送れるのか!?

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

仏間にて

非現実の王国
大衆娯楽
父娘でディシスパ風。ダークな雰囲気満載、R18な性描写はなし。サイコホラー&虐待要素有り。苦手な方はご自衛を。 「かわいそうはかわいい」

かつてダンジョン配信者として成功することを夢見たダンジョン配信者マネージャー、S級ダンジョンで休暇中に人気配信者に凸られた結果バズる

竜頭蛇
ファンタジー
伊藤淳は都内の某所にあるダンジョン配信者事務所のマネージャーをしており、かつて人気配信者を目指していた時の憧憬を抱えつつも、忙しない日々を送っていた。 ある時、ワーカーホリックになりかねていた淳を心配した社長から休暇を取らせられることになり、特に休日に何もすることがなく、暇になった淳は半年先にあるS級ダンジョン『破滅の扉』の配信プロジェクトの下見をすることで時間を潰すことにする. モンスターの攻撃を利用していたウォータースライダーを息抜きで満喫していると、日本発のS級ダンジョン配信という箔に目が眩んだ事務所のNO.1配信者最上ヒカリとそのマネージャーの大口大火と鉢合わせする. その配信で姿を晒すことになった淳は、さまざまな実力者から一目を置かれる様になり、世界に名を轟かす配信者となる.

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...