上 下
70 / 101

第67話 新しい家、新しい生活

しおりを挟む
「こちらがダイニングキッチンです」

 イーリスは案内されるが否やすぐにキッチンに立った。イーリスの身長からすると少しキッチンが高い気がするがなんとか使える感じではある。

「どうだ? イーリス」

「うん。大丈夫。なんとか使える」

 イーリスの身長が今後伸びることを考えると、これくらいが丁度いいだろうなとアルドと判断した。キッチン周りは特に問題はない。

「気に入っていただけたでしょうか?」

 中年男性がにこやかに問いかける。イーリスが頷くと、中年男性はほっと胸を撫でおろした。

「一応、僕も立ってみるか」

 アルドがキッチンに立つ。キッチン周りは基本的に成人女性の身長に合わせて作られることが多いので、アルドの身長だと少し低めに感じるも使用する分には問題ない。また、アルドは手を伸ばせばキッチンの上に付けられている棚に手が届く。

「わあ、お父さんすごい! 私じゃそこに届かないよ。なにか取って欲しいものがある時はお父さんにお願いしようかな。えへへ」

 父親の背丈に逞しさを感じたイーリスは頬を緩めた。

「こちらがお手洗い。そして、こちらがバスルームです」

「風呂トイレ別なんだな」

「ええ。街でもこの方式を取ってるところは珍しいですね。大体がユニットバス方式ですので」

 スラム街では、風呂どころかトイレすらない家も決して少なくない。アルドの住むA地区はまだマシな方で一応はユニットバス式がついていて、風呂もトイレもあるが、そういうのがない家は共同の汚いトイレを使うし、B地区以下は風呂屋にも滅多にいかない不衛生な人も少なくない。

「では、お2階に参りましょう。2階は部屋が3つありますね」

「3つか……」

 流石にイーリスと2人で暮らすのに部屋の数が多い気がしないでもない。しかし、両親と子供がいる家庭と考えると丁度良い部屋数なのである。

 一応の部屋を見ていく。イーリスがその内の1つの部屋を見て目を輝かせた。

「わあ、いいなあこの部屋。この壁紙可愛い」

 イーリスは花柄の壁紙が貼られてある部屋を気に入った。

「そっか。イーリス。その部屋が気に入ったんだな」

「うん!」

 アルドはイーリスが部屋を気に入ったこともあってか、この家を第1候補においた。

「以上がこちらの物件ですね。気に召しましたか?」

「はい。娘が気に入ったようですね」

「それは良かったです。一応他の物件も見ますか?」

「はい」

 アルドとイーリスは一応は他の物件も見て回った。しかし、この物件以上にイーリスが気に入るものはなかった。アルドが働いている炭鉱との距離とかも考えると、やはり最初の物件が良いと言う結論が出た。

 アルドは不動産屋と契約を結び、新居を手に入れた。そして、引っ越しの前準備として、昔の家を手放すために片付けを始める。

「イーリス。そっちはどうだ?」

「うん。大体片付け終わった」

 荷物をまとめる作業を2人で共同して進める。イーリスは元々、片付けや掃除が好きで得意で、普段からきちんと整理整頓をしている。そのため、引っ越しにかかる作業もそこまで苦労はしなかった。

 アルドもイーリスほどではないにせよ、片付けの苦手は克服しているのだが……やはり、イーリスの手際の良さには敵わない。

「お父さん。手伝おうか?」

「あー、うん。そっちの荷物は軽いからイーリスでも持てるかな。お願い」

「わかった!」

 アルドの荷物の一部をイーリスが片付ける。こうして、予定時刻よりちょっと早めに片付けが終わった。

「ふう。とりあえず、荷物をまとめ終わったな。イーリス。片付けを手伝ってくれてありがとう。引っ越し業者が来るまでまだ時間があるな」

「お父さん……」

「ん? どうした? イーリス」

「ありがとうね」

 アルドは首を傾げた。イーリスにお礼を言われるような覚えはなかった。さっきも、荷物の片づけを手伝ってもらったのはアルドの方である。

「私のために引っ越しをしてくれるんでしょ?」

「ああ……まあな」

「引っ越しだってお金がかかるし、そのために家計を色々と切り詰めてがんばってくれていたんだよね?」

 アルドが副業としてディガーを始めたのは、将来的にイーリスのために必要なお金を稼ぐためだった。イーリスにとって、この環境が良くないことはアルドも自覚をしていた。

「ありがとう。凄く嬉しいよ……新しい家に引っ越しても、これからもよろしくね。お父さん」

「ああ。もちろんだ」

 昔の飲んだくれていた頃のアルドはイーリスのために引っ越そうだなんて考えはなかった。自分がこの環境に身を置いて、ただただ、酒を飲むために稼いで、嫌なことがあればイーリスに八つ当たりをする。そういう最低な生活を送っていただけだった。

 それが、今では娘のために生活を節制してまでも新居を手に入れるためにがんばっていた父親になったのだ。

 玄関先でイーリスは振り返って家の内装を見た。もう2度とこの家に戻ってくれない。そう思うと寂しい気持ちがないわけではない。それでも、アルドが良い父親に変わったように生活に変化というものはいずれやってくる。いくら、良いものに変えたと言っても、古いものに愛着がないわけではない。

「バイバイ」

 イーリスは家に別れを告げた。そして、アルドと共に家の外に出た。これにて、この家でのアルドとイーリスの生活は終了した。次からは新しい家で生活して、そこでアルドと共に楽しい幸せな思い出を育んでいく。

 この家が今後どうなるかはわからない。不動産業者に売りに出したが、まだ買い手はついていない。今後、この家で誰かが新しい思い出を作るのか……それはまだ誰の知ることでもない。



 街に馬車が止まる。弐台に積んである荷物をアルドとイーリスが卸していく。御者もそれを手伝い、家の中に荷物を運んでいった。

「ふう……ありがとう。御者さん。少ないけど取っておいてくれ」

「へへ、ありがとうございます。旦那」

 御者はアルドからチップを受け取り、馬車を走らせた。残った2人の親子は荷物が入った箱を見て一息ついた。

「なんとか家の中にまで運んだけれど……今度はこれを取り出して配置しないとな」

「うん……でも、私、荷物を運ぶだけで疲れちゃったよ」

 イーリスが床にペタンと座る。

「そうだね。着いたばかりだし、荷解きはゆっくりやればいいか」

 イーリスの体調のことも考えて、ここは一旦休憩することにした。十数分の休憩のちに、アルドたちは家具やその他色々を自分たちが使いやすい位置に配置する。

「ふう。こんなもんでいいかな」

「うん。もう日が暮れちゃったね」

 昼過ぎから始めていた作業も夜が更ける前に終わった。家具が配置されて自分たちの家らしさが出てきて、イーリスも新生活に対するワクワク感が高まってくる。

「イーリス。せっかくだし、今日はどこか食べに行こうか」

「うん」

 アルドとイーリスは外に出た。イーリスはすぐにアルドと手を差し出して繋ごうとする。

「イーリス。ここはもうあのスラムじゃない。治安も良いから手を繋ぐ必要もないよ」

「あ、そっか……そうだよね。ここはそんなに危険じゃないもんね」

 イーリスは手を引っ込める。しかし、なにやら言いたそうに口をもごもごさせている。アルドはなんとなくイーリスの言おうとしていることがわかってしまった。

「まあ……慣れるまではいつも通りでいいか」

 アルドがイーリスに手を差し出す。イーリスの顔がぱぁっと明るくなり、アルドの手を握った。

「うん!」

 鼻唄を歌いながら、夕方の街を歩くアルドとイーリス。家は変わったけれど、これから2人の生活はまだまだ続いていく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?

プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。 小説家になろうでも公開している短編集です。

残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)

SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。 しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。 相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。 そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。 無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!

頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。

音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。 その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。 16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。 後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

魔境暮らしの転生予言者 ~開発に携わったゲーム世界に転生した俺、前世の知識で災いを先読みしていたら「奇跡の予言者」として英雄扱いをうける~

鈴木竜一
ファンタジー
「前世の知識で楽しく暮らそう! ……えっ? 俺が予言者? 千里眼?」  未来を見通す千里眼を持つエルカ・マクフェイルはその能力を生かして国の発展のため、長きにわたり尽力してきた。その成果は人々に認められ、エルカは「奇跡の予言者」として絶大な支持を得ることになる。だが、ある日突然、エルカは聖女カタリナから神託により追放すると告げられてしまう。それは王家をこえるほどの支持を得始めたエルカの存在を危険視する王国側の陰謀であった。  国から追いだされたエルカだったが、その心は浮かれていた。実は彼の持つ予言の力の正体は前世の記憶であった。この世界の元ネタになっているゲームの開発メンバーだった頃の記憶がよみがえったことで、これから起こる出来事=イベントが分かり、それによって生じる被害を最小限に抑える方法を伝えていたのである。  追放先である魔境には強大なモンスターも生息しているが、同時にとんでもないお宝アイテムが眠っている場所でもあった。それを知るエルカはアイテムを回収しつつ、知性のあるモンスターたちと友好関係を築いてのんびりとした生活を送ろうと思っていたのだが、なんと彼の追放を受け入れられない王国の有力者たちが続々と魔境へとやってきて――果たして、エルカは自身が望むようなのんびりスローライフを送れるのか!?

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

仏間にて

非現実の王国
大衆娯楽
父娘でディシスパ風。ダークな雰囲気満載、R18な性描写はなし。サイコホラー&虐待要素有り。苦手な方はご自衛を。 「かわいそうはかわいい」

かつてダンジョン配信者として成功することを夢見たダンジョン配信者マネージャー、S級ダンジョンで休暇中に人気配信者に凸られた結果バズる

竜頭蛇
ファンタジー
伊藤淳は都内の某所にあるダンジョン配信者事務所のマネージャーをしており、かつて人気配信者を目指していた時の憧憬を抱えつつも、忙しない日々を送っていた。 ある時、ワーカーホリックになりかねていた淳を心配した社長から休暇を取らせられることになり、特に休日に何もすることがなく、暇になった淳は半年先にあるS級ダンジョン『破滅の扉』の配信プロジェクトの下見をすることで時間を潰すことにする. モンスターの攻撃を利用していたウォータースライダーを息抜きで満喫していると、日本発のS級ダンジョン配信という箔に目が眩んだ事務所のNO.1配信者最上ヒカリとそのマネージャーの大口大火と鉢合わせする. その配信で姿を晒すことになった淳は、さまざまな実力者から一目を置かれる様になり、世界に名を轟かす配信者となる.

処理中です...