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第33話 イーリスの真の願い

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 精霊の言葉にアルドは生唾をごくりと飲んだ。邪霊魔法を自分が全て受けるんだったら問題はない。しかし、もし、その流れ弾がイーリスに向かってうのならば、想像するだけで恐ろしいことが起こってしまう。

「まあ、安心せい。それは生身で受ける場合じゃ。そこの小娘は、きちんと邪霊の攻撃に抵抗があるローブを装備しておる。ある程度までなら防げる。ある程度までならな」

「精霊。それはつまり、イーリスが良い防具を身に付ければ、死ぬ可能性は減るということか?」

 アルドは恐る恐る精霊に尋ねる。精霊はにっこりと笑った。

「ああ。その通りじゃ」

「よし、イーリス。今すぐ防具を新調しよう。1番いい防具。それを身に付けるんだ」

「え、ええ!?」

 アルドはイーリスの肩を掴んで迫る。イーリスは、アルドの必死さにちょっとたじろいでしまった。でも、すぐにアルドが自分の身を案じてくれていると感じて、ちょっと嬉しくて頬が緩んでしまった。

「アルドさん。ちょっと落ち着いて」

「ああ、すまないクララ。ちょっと取り乱したようだ。でも、僕はイーリスを守るためだったら手段は選ぶつもりはない。どんな手を使ってでもイーリスを邪霊の攻撃から守ってみせる」

「お父さん……そこまで私のことを」

 イーリスは頬に手を当てて紅潮させてしまう。

「おいおい。そこの小娘を守りたいのもわかるが、装備はパーティ全体のバランスを考えて編成すると良いぞ。例えば、お前さんが武器を強化してその分敵を速攻で倒せばなんの問題もなくなる。防具に気を取られてなまくらを装備していては意味がない」

「確かに」

 アルドは一旦冷静になった。娘が最悪死ぬ可能性があると言われて、一瞬血の気が引いたが、何も今すぐ死ぬわけではない。即死しないような対策も取れるし、元々ダンジョンは危険なものである。今更驚くのは覚悟が足りなかった証拠だと反省した。

「まあ、とにかく、村に戻るぞ。みなが待っておるからのう」

 豊穣の精霊はクララの故郷に戻っていった。アルドたちも下山してディガー協会に精霊を解放したことを報告した。

 報酬を受け取り、分配したアルドたちは一旦クララの故郷へと戻った。

「クララ! よくやってくれたな!」

 クララは父親に出迎えられる。その隣には豊穣の精霊がいた。

「ちょっといない間にこの土地はすぐにやせ細ってしまう困った土地じゃのう。まあ、これからワシがこの土地を元に戻してやる。そうしたら、また農作物が取れるようになるだろう」

「そっか。良かった」

 豊穣の精霊のお墨付きで故郷が元のようになることを伝えられて、クララはほっと胸をなでおろした。

「クララありがとう。お前が戻って来てくれたお陰だ。そして、アルドさん、イーリスちゃん。この村のためにありがとうございます。この村を代表してお礼を言います」

 クララの父親が頭を下げる。この村の出身のクララはともかく、アルドとイーリスは完全なる部外者。それにも関わらずに命がけで助けてくれたことに感動している。

「いえいえ。大切な仲間の故郷が大変な目に遭っているのならば、助けるのが人情というものです。あまりお気になららずに」

 アルドとクララの父親のやり取りを見ていてイーリスがボーっとしている。子供にとっては、この大人同士のやりとりというのは退屈に感じてしまうのだ。

「それじゃあ、お父さん。私、いくね。村のみんなによろしく」

「もう行くのか。ゆっくりしていけばいいのに」

「あはは。そういうわけにもいかないよ。アルドさんも本業があるからすぐに戻らないといけないし、私も一緒にペガサス馬車に乗らないと、御者の人も大変だろうし」

「そうか。わかった。元気でやれよ。クララ」

「うん」

 クララとその父親の間にしんみりとした空気が流れる。そして、クララの父親はアルドの方を向く。

「アルドさん。こんな娘ですが……これからも良くしてやってください」

「はい!」

 こうして、アルドたちはペガサス馬車を手配して街へと戻った。ちょっとした遠出の旅。それを無事に終えて帰還する。

 街についたペガサス馬車を降りた3人は一仕事終えたすっきりとした表情で街中に立っていた。

「クララ。良かったのか? せっかくダンジョンをクリアしたのに、邪霊の影響を受けた素材を掘らなくて」

 ダンジョンをクリアしてもしばらくの間は邪霊の影響を受けた素材は残る。クリア報告を受けたディガーたちがその素材を狙うのであるが……クララの故郷はそこまでディガーが多い地域ではない。なかば独占状態で素材が取り放題という美味しい状況ではあった。

「うーん、いいかな。私としては村が救われただけでも満足だし、素材なんてその辺のハイエナにでもくれてあげる」

 クララはあっけらかんと答える。クララにとってあくまでも重要なのは村の救出であって、素材の入手や報酬など副次的なものにすぎない。そんなものにこだわり理由などないのだ。

「さてと。それじゃあ、私も家に帰ろうかな。イーリスちゃん、アルドさん。またね」

「ああ。またな」

「ばいばーい!」

 去っていくクララに手を振って見送るイーリス。クララの姿が見えなくなったころ、アルドとイーリスも我が家へと向かった。

「ただいまー!」

 家に帰ってくるなり、誰もいないはずの我が家に帰宅を宣言するイーリス。旅の疲れはどこへやら、久しぶりの我が家に気持ちを高ぶらせる。

 そんな無邪気なイーリスを見て、アルドは物思いにふける。

「イーリス」

「なあに?」

「ちょっと変なことを訊くけれど、毎日が楽しいか?」

 アルドは時々思うことがある。イーリスの笑顔の裏に何があるのかを。イーリスはアルドと一緒にいる時は笑顔でいる時間が多い。しかし、時に表情が曇る時だってある。今回のダンジョンでも、戦闘中にイーリスが浮かない表情をしていたことにアルドは気づいていた。しかし、戦闘中ゆえにイーリスのケアができずにいたのだ。

 もしかして、イーリスの笑顔は演技ではないかと。そんな疑念がアルドの脳裏に浮かんでしまう。子供というものは案外あなどれない。素直な生き物かと見せかけて、子供は子供なりに自らの考えで動き、時には大人すらも上回るしたたかさを見せることもある。

 イーリスは、自分が笑顔でいる限りはアルドの機嫌がよくなる。アルドに甘えているうちは、虐待されない。そういう風に学習して打算的に振る舞っているのではないかと不安になる。

 イーリスの心中を知っていればありえない考えではあるが、アルドはイーリスの本心を知らないし知りえない。だからこそ、こうして、娘の気持ちをおもんぱかることをしているのだ。

 アルドがドキドキしながらイーリスの答えを待つ。もちろん、イーリスが出した答えは——

「うん! 楽しい! お父さんと一緒だもん」

「そ、そうか」

 イーリスの一切の邪気が混ざらない笑顔。それを見ていたら、自分の考えが杞憂きゆうであったことにアルドは気づいた。

 確かにアルドは記憶を失う前にイーリスに対してひどいことをした。それは決して許されないことだし、イーリスに一生恨まれても文句は言えない。でも、イーリスが望んでいたことは、アルドへの制裁ではない。アルドからの愛情だったのだ。

 長年、望んでいたものがやっと手に入った。イーリスが充実した生活を送れているのに十分すぎる理由だ。

「お父さん。これからもずっと一緒にいてね……その、どっかいったらやだよ」

「ああ。大丈夫。僕はどこにも行かないよ」

 イーリスの発言。その真意にアルドは気づいてなかった。イーリスが真に心配しているのは……アルドが物理的に消えること。それはもちろんあるが、それ以上に恐れているのは、今の優しいアルドの精神が消えることだった。

 前までの毒親のアルドが消えたように、今のアルドの精神が消えないこと。それがイーリスが最も望む願いなのだ。
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