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第30話 クララの両親

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 アルドたちの目の前に大樹がそびえたっていた。その大樹の周囲に小さくて黒い毛色の狼の邪霊がくるくると回っていた。

「クララさん。あの邪霊はなにをやってるの?」

「狼の邪霊っぽいし、多分マーキングをしようとしているんじゃないのかな? あ、マーキングってのは自分の縄張りだと主張するためににおいを付けることだね」

「クララ。気づいているかな? あの邪霊が回っている樹。強い力を感じる」

「うん。私も感じた。多分、あの樹は邪霊の影響を受けて素材化していると思う」

 アルドはぐっと剣を握った。あの邪霊を倒せば、樹の素材を手に入れることができる。だが……

「待って、お父さん。あの狼、1匹だけじゃない。周囲に仲間がいる」

 イーリスが指摘した通りにマーキングしている個体は1体だけであるが、それを取り囲むように同じくらいの大きさの狼がぐるると唸っていた。

「すごいな。イーリス。よく、気づいたな」

 アルドがイーリスを褒めると、彼女はえっへんと胸を張った。

「アルドさんとイーリスちゃんは結構そういう邪霊の気配を感知するのが上手だね。やっぱり親子なのかな?」

「えへへ、そうかな?」

 イーリスがデレデレに照れる。そんな可愛らしい仕草をイーリスが見せている間に、狼の邪霊がアルドたちに気づいた。

「ウオォオオオン!」

 狼たちが雄たけびをあげてアルドたちに飛び掛かってくる。

「イーリス、下がって!」

「うん!」

 アルド最前線。その後ろにクララが付いて戦闘が開始した。

「やあ!」

 アルドは飛び掛かって来た狼を剣で振り落とした。クララも拳で狼に応戦する。

「せいや!」

 クララが狼を蹴り飛ばす。2人が接近戦をしている間にイーリスはマナの調子を整えている。流石にこの数を2人で相手にするのはキツい。だからこそ、イーリスが後方から魔法で支援する。

「サイクロン!」

 広範囲に風を巻き起こして敵を攻撃する緑の魔法。アルドたちを巻き込まないような軌道で放つ。

 イーリスの強力な魔法によってあっと言う間に狼の邪霊が一層された。

「ありがとう。イーリス。助かった」

「うん!」

 アルドにお礼を言われてにんまりと頷くイーリス。狼の邪霊が落とした石片を回収する。

「この樹を丸ごと回収するのは無理だな。枝だけ切り取るか」

 アルドは、すぱーんと剣で樹の枝を切った。その枝を持つ。邪霊を倒したり、樹の枝を回収して素材も溜まって来たところで、一旦下山することにした。

「うーん……」

「イーリス。どうした?」

「お父さんの剣は私は触っちゃダメなんだよね?」

「ああ。そうだな。この剣には強い邪霊の力が宿っている。マナの器を持つイーリスやクララが触ったら器が壊れかねない」

「でも、私は邪霊の影響を受けた素材を触っても平気なんだよね?」

 イーリスが疑問を投げかける。邪霊の素材にも邪霊の力が宿っているのだ。なぜ、武器はダメで素材は大丈夫なのかと当然の疑問を持つ。

 アルドはその答えを知らないので、ちらりとクララの方を見て助けを求める。

「イーリスちゃん。それはね。精霊か邪霊の影響を受けている素材には霊殻れいかくって呼ばれる殻があるの。邪霊の力はその霊殻の内側にあるから、霊殻が壊されないかぎりは、邪霊の力は外に出ないの」

「そうなんだ」

「でも、装備に加工する時は、その力が必要だから霊殻を壊す必要があるの。これがアルドさんの武器。そして、私たちが装備しているものは、その邪霊の力を影響がない範囲まで弱めて無毒化しているものなの」

「だったら、精霊の力の素材はなんで使わないの?」

「精霊の霊殻は邪霊の霊殻より硬くて人間の技術では壊せないんだ。本当は、精霊の力も使えたらいいんだけどね」

「へー。クララさん物知りなんだね」

 イーリスの疑問が解消されたところで、アルドたちはダンジョンを抜けて村へと戻った。

「さて、しばらくは私の家に泊まろうか」

「僕たちまでお邪魔していいのか? クララ」

「うん。大丈夫。私もアルドさんたちを親に紹介したいからさ」

 クララに案内されてアルドとイーリスはクララの実家へと向かった。

「父さん! 母さん! たっだいまー!」

 クララが元気よく実家に向かって挨拶をする。家から出てきたのはクララの母親だ。クララと同じ銀髪の女性で、髪が長い。

「クララ、おかえり。待ってたよ」

「うんうん!」

 田舎のネットワークは伝わるのが早い。クララが帰って来たという情報は既に村人経由で両親に伝わっていた。

「ふん。親に会いに行く前にダンジョンに行く親不孝者が。まずは親に顔を見せようとは思わないのか?」

 こちらも銀髪でツンと尖った単発の中年男性が腕組みをしながら登場する。

「こら、あなた。折角帰って来てくれた娘にそんなこと言うもんじゃありません!」

 クララの母親にたしなめられる父親。そんな父親がふとアルドたちに目を向けた。

「あなたがアルドさんですか。クララと一緒にダンジョンに潜ってくれているそうで。娘がお世話になっております」

 クララの父親が頭を下げた。

「いえいえ、こちらこそ、クララさんにはお世話になってます」

 アルドも続けて頭を下げた。イーリスも真似してペコリと頭を下げる。

「さあ、家の中に入ってください。こんな家ですが、おもてなしをしますよ」

 クララの父親に促されてアルドたちは家の中に入った。家の中は結構古くて、ところどころ木が変色している。柱に傷がついていて、この家の歴史というものが感じられるような内装である。

 食卓につく5人。クララの母親が作ってくれた質素な料理が食卓に並べられた。豊穣の精霊がいなくなったことで、次の収穫が非常に不安定なものになってしまっている。その影響もあるのか、客人に出すものとは思えないような料理に見えてしまう。

「いただきまーす!」

 イーリスはクララの母親の料理に不満を漏らすことなく食べた。

「ごめんなさいね。イーリスちゃん。育ち盛りなのにこれくらいしか出せなくて」

「ううん。大丈夫!」

 食事があるだけマシという生活を送って来ただけに、イーリスはこの質素な料理でも受け入れることができた。

「クララ。ダンジョンの方はどんな感じだ?」

「うん。今のところ雑魚の邪霊たちは私たちでも対処できるくらい。でも、精霊が封じているとされる強い邪霊については……まだどの程度の強さかはわからないかな」

 父親の質問に答えるクララ。ダンジョンによっては、その辺をうろついているような邪霊でも手に負えないレベルで強いところもある。それに比べたら、邪霊を倒せるだけマシというものだ。

「豊穣の精霊を解放できそうか?」

「父さん。それは愚問だね。もちろん! できるに決まってる」

 クララは自信満々に答える。先ほど、ボスの邪霊の強さがわからないと答えたばかりなのではあるが……

「アルドさんとイーリスちゃんと、そして私! この3人がいればどんな邪霊にだって勝てるよ!」

 クララが両親にVサインを向ける。両親ともくすりと笑った。実家から出ても小さい頃と変わらないクララの明るい様子に安心をしたのだ。

 食事を終えたアルドたちは就寝することにした。しかし、ベッドの数が3つしかない。

「あなた。久しぶりに2人で寝ましょう」

「ああ。まあ、仕方ないか」

 大人2人分では少し狭いベッドにクララの両親が使う。残りのベッドは2つである。アルドとクララが一緒に寝るわけにはいかないので、必然的にイーリスがどっちかと一緒に寝ることになる。

「イーリスちゃん。私と一緒に寝る?」

 女子同士一緒に寝ようとクララが呼びかける。しかし、イーリスはアルドの体にぐっと抱き着く。

「お父さんがいい。ね?」

 イーリスに上目遣いで見られてしまっては、アルドは断ることができない。

「あ、ああ。まあ、いいけど」

「あらら、フラれちゃったか」

 クララは冗談めかしたことを言いながら、自身のベッドへと向かった。

「お父さん。えへへ」

「さあ、イーリス。もう寝るぞ」

「はーい」

 アルドとイーリスは一緒のベッドに寝てその日の夜を過ごした。
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