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第16話 邪霊の武器

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「よお、アルド。ちょっと、酒の席で聞いたことなんだがな……お前を殴った浮浪者風の男いるよな?」

 仕事の休憩中に親方がふとそんなことを言った。アルドは殴られた時の記憶がないから誰から殴られたとかは覚えていない。

「ええ。僕はあんまり覚えてませんけどね」

「実はな……あの浮浪者を捕まえた衛兵。そいつがポロっとこぼしたんだがな。あの浮浪者……魂にマナの器がなかったんだよ」

「え?」

 魂は基本的にこの世界の住人ならば誰でも持っているものである。アルドは例外として、魂の器を持っていないということは、何かしらの影響を受けて破壊されたということ。そのなにかしらの影響。それこそがアルドが求めているものである。

「その話! 本当ですか?」

「あ、ああ。なんだそんなに食いつくような話か?」

 ちょっとした世間話をしてやろうと言ったことなのに、アルドの予想外のリアクションに親方は戸惑ってしまう。

「その浮浪者はなな……スラム街C区の出身なんだよ」

「C区……」

 アルドが住んでいるスラム街は公式では3つの区間にわけられている。比較的治安がいいA区。正確にはここはスラム街の要件をギリギリ満たさない。そして、スラム街の要件を満たす、ちょっと治安が悪いB区。最悪なC区。アルドが住んでいるのはA区である。そのA区ですらイーリスを1人で外に出して遊ばせることができないくらいにいは治安が悪い。

 それだけC区は色々と危険な場所であると言える。

「そして、その浮浪者は……D区であるものを買ったと証言している」

「D区……あるものって!?」

 D区とはC区のなかでも最悪の地域のことを指す非公式の用語である。デンジャー地区とも呼ばれていて非合法の武器や薬物などが販売されているという。

「あるもの……それは邪霊の武器だ」

「邪霊の武器!」

 アルドが食いついた。アルドが欲していたもの。それは意外とすぐ近くにあった。スラム街のD区。そこに邪霊の武器の手がかりがある。

「親方、情報提供ありがとうございます」

「お、おう。まあ、アルド、役に立ったなら良かったけどな」

 つまらない話をして退屈しのぎをしようとしただけで、親方にアルドを助ける意図はなかった。それでも、アルドにとって、これは有益な情報だった。



「イーリス。ちょっと出かけて来る」

 休日、アルドはふとそんなことを言う。

「私も連れてって」

 休日になるとアルドはそれをイーリスのために使う。しかし、今回ばかりはそういうわけにはいかない。

「ダメだ。イーリスにはちょっと危険なところに行くかもしれない」

「危険なところ? 大丈夫なの? お父さん」

 イーリスが小首をかしげる。アルドはイーリスの肩をポンと叩いて抱き寄せた。、

「大丈夫。必ず帰ってくるから」

 帰ってくる保証がある人間が言わない言葉を言うアルド。その言葉でイーリスは逆に不安に思ってしまう。

 そんなイーリスの心配をよそにアルドはスラム街の深部であるC区へと向かった。

 C区にはA区以上にゴロつきがいて、比較的身なりがいいアルドを見てニヤニヤと見つめている。まるで獲物を狙うような目。アルドは警戒しながら進む。

「おっと、ごめんよ」

 少年がそう言いながら、アルドにぶつかってきた。アルドはすかさず、すれ違おうとするその少年の肩を掴んだ。

「待て。ぶつかる前に謝るやつがいるか。さあ、サイフを返してくれないか?」

「く……」

 少年はアルドの手を振りほどいてサイフを持って走って行った。だが、アルドは追いかけなかった。なぜならば……あのサイフの中身は空だからである。

 治安が悪いところでは強盗にあうかもしれない。その時に空のサイフを渡して、相手がそれに気を取られている内に逃げるという作戦だ。強盗はすぐにその場を立ち去りたいから、その場でサイフの中身をあらためようとしない。その心理を突いた作戦である。

 だが、強盗ではなくて、スリの目くらましに使われてしまった空のサイフ。アルドはC区の治安の悪さを嘆きながらも、D区の市場に向かった。

 表向きは普通の市場。しかし、店員に【合言葉】を言えば非合法な商品を取り扱う店に早変わりするということだ。

「ウチの店になにか用か?」

 スキンヘッドにタトゥーを入れている強面の店員が腕組みをしながらアルドに問うた。

「用事は【チューリップの球根を買いに来た】と言えば伝わるか?」

「ああ。【球根は品切れだけど、種ならあるぜ】」

 店員が親指で自身の背後を指さした。そこには更に奥に続く通路があり、アルドはその通路を進む。そして、通路を進むとスキンヘッドの店員が追いかけてきた。

「いらっしゃい。ここは邪霊武器専門店だ」

 通路の先にある部屋には色々な武器が置かれている。邪霊の武器は基本的に取り扱いは禁止されていないが、中には、違法改造されている邪霊の武器が存在している。それが、マナの器を破壊しかねない程の邪霊の力を宿した武器だ。

 アルドは武器を手に取った。確かに邪悪さが伝わってくる。だが、なんか物足りない。

「おっと、それに目をつけますかい? 旦那。お目が高い」

「いや、これはまだ足りない」

 アルドはその武器の隣にあった剣を手に取ろうとした。

「ま、待って! それは手にしてはいけない! 売り物じゃねえんだ、それは!」

「売り物じゃない?」

「ああ。それはいわくつきの剣だ。なんでもC区にいるルドルフという老人が作った武器でな。その剣を持つと人格が破壊されると言われているんだ」

「人格が破壊される……なるほど。そのルドルフって老人に会えるか?」

「ん? ああ。そうだな。紹介状を書いてやるよ。タダじゃないけどな」

「金をとるのか」

 まあ、彼らも非合法な商売に手を出さないといけない程には困窮している。ちょっとしたことで金をとるのは仕方ないのないことだ。

 アルドは店員に書いてもらった紹介状を持ってルドルフの家を訪ねた。

 ルドルフの家の門を叩くと、中から出てきたのは、偏屈そうな老人だった。老人はシワだらけの顔を歪ませてアルドに忌避感を示した。

「なんの用だ?」

「この紹介状を見てくれ」

 アルドはルドルフに紹介状を渡した。ルドルフはそれを読む。

「入りな」

 ルドルフに案内されるがまま、アルドはルドルフの工房に入った。

「さて……ワシの武器が欲しいとはな……ワシは確かに武器職人だ。だから、剣を望まれれば剣を作るし、槍を望まれればそれを作る。だが、ワシの武器は……この世で最もデンジャーだ」

 アルドはその理由を理解している。このルドルフという老人。それが作った武器は邪霊のマナの器を破壊する性質を削らない。その削らない分、邪霊の武器の本来の性能が発揮されるということだ。

「お前さんみたいな若いやつが手を出していい代物ではないが、客は客だ。なにが欲しいんだ?」

「剣を作って欲しい。これを素材にしてくれると助かる」

 アルドはダンジョンで発掘した邪霊の影響を受けた骨をルドルフに渡した。これは換金せずに持っていた。アルドはこの骨にある種の可能性を感じていた。それはルドルフも同じだ。

「なるほど……明日また来ると良い。最強で最凶の剣を作ってやる」

「はい。お願いします」

 アルドは翌日、またルドルフの工房を訪ねた。今度は上機嫌にアルドを出迎えるルドルフ。

「出来たぞ。これぞルドルフブランドの剣。その名も疾風の刃だ」

 アルドは剣を手に取った。その瞬間、アルドに力が沸いてくるのがわかった。既製品の金属で作られた剣とは違う。邪霊の影響を受けた武器特有の力を感じたのだ。

「これは……力が溢れて来る」

「お前さん、なんともないのか?」

「はい。どういうわけだか、僕はマナの器を持たない性質みたいなんです」

「なんと……ふふ、それはまた面白い逸材だな。何にせよ。ワシはやるべきことは果たした。後は、その剣をお前さんがどう使うかだ」

 アルドはごくりと生唾を飲んだ。早くダンジョンに潜りたい。そして、この剣の力を試してみたいと……!
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