上 下
11 / 101

第10話 娘のやきもち

しおりを挟む
「ただいまー」

「おかえりー。お父さーん」

 たったったとアルドを走って出迎えるイーリス。アルドが手を差し出すとイーリスがその手をとって一緒にリビングへと歩いていく。

「イーリス。ちゃんといい子でお留守番していたか?」

「うん。でも、本を読み終わっちゃったんだ」

 イーリスはシュンとうつむいてしまった。彼女は日中外に出ないで家の中にいる。だから、すぐに本を読み終わってしまうのだ。

「うーん。あれだけ本があったのにな」

「でも、いいの。いつもみたいに新しい本を何度も読み返すんだ」

「まあ、本は読み返すことで新しい発見もあるけど、同じ本ばかり読んでいてもつまらないだろ?」

「ううー」

 イーリスが唸る。確かに、アルドに数年も本を買い与えられなかったイーリスにとって、同じ本を読み続けることの辛さはわかってしまうことだ。

「ほら、そうだろ。僕が新しい本をイーリスに買ってあげるから」

「お父さん。大丈夫? お金あるの?」

 イーリスは上目遣いでアルドを心配する。アルドは困ったように頭を掻いた。

「まあ、イーリスにお金の心配をされないようにがんばるよ。ほら。僕もまたダンジョンに潜ることになったからさ」

「また? 私、心配だよ……」

 イーリスがアルドの服の裾をぎゅっと掴んだ。幼くて力が弱いイーリスの精一杯のアピール。アルドを掴んで離したくない気持ちの表れである。

「ああ、大丈夫。ディガーの同業者と一緒に潜ることになったんだ。だから、危険なことはあまりないよ」

「本当? その人強いの?」

「ああ。強いよ。なにせ、スラム街にいる筋肉のかたまりみたいな大男。それを倒したんだから」

「ほほー!」

 イーリスが目を輝かせてアルドの話を興味深そうに聞く。治安が悪いスラム街にいるタチの悪い輩。そいつらを倒してくれるのは正に英雄である。

「ねえねえ。その人ってどんな人? やっぱり、クマみたいな大男なの?」

「いや。違う。全くの逆。女の子だよ。歳は……13歳から15歳くらいかな」

「女の子……?」

 イーリスがアルドを横目でじーっと見た。その視線にアルドは戸惑った。

「な、なんだよ。その視線は」

「ふーん、女の子なんだ。へー。お父さん、女の子と仲良くなったんだ」

 イーリスは口を尖らせてそっぽを向いてしまった。アルドはイーリスがどうして機嫌が悪くなったのかわからないまま、あたふたと手を動かす。

「あ、あのなあ。イーリス。別に僕はその子のことをどうこうするつもりはないぞ。そもそも、僕の年齢がその子に手を出したら犯罪だし、娘みたいなもんだよ」

「へー。娘みたいなもんなんだー」

 イーリスの機嫌が更に悪くなる。「フン」とねて、寝室へと向かった。追いかけるアルド。そのまま、イーリスはベッドに寝転がった。

「イーリス。もう寝るのか? まだ早くないか?」

「おやすみー」

 アルドの質問に無視をして、イーリスはふて寝をしてしまった。アルドに背を向けて、わざとらしく偽の寝息を立てる。

 アルドはわけがわからないと思うも、イーリスのその行動に少し安心して「ふっ」と笑ってしまう。

 素直で良い子なだけが子供ではない。こうして、親の言うことを聞かなかったり、拗ねたり、頑固になったり。そういう一面を自分に見せてくれるようになって、イーリスが真の意味で自分に甘えてくれているのだと思った。

 だが、それはそれとして……やっぱり、娘に嫌われるのは父親としては心苦しい。そんな二律背反のもやもやとした感情を抱えたまま、アルドはその日を過ごした。



 翌朝、アルドが起床する。ふと隣のベッドを見てみるとイーリスがいない。今日はイーリスが先に起きたようである。

 キッチンへ向かうとイーリスががんばって朝食を作っている。アルドはそれを冷や冷やとしながらも、娘の様子を見守っていた。

「あ、お父さん。おはよう」

「ああ、おはよう。イーリス」

 イーリスは昨日の拗ねた態度を見せることなく、笑顔でアルドに挨拶をした。アルドは機嫌が直ったと思って安心して食卓についた。

「はい、どうぞ」

 イーリスがアルドの分の朝食を運んだ。トーストとスープとサラダ。実に健康的な朝食である。こうした食事を続けている影響か、イーリスのやせ細っていた体は段々と健康的な肉付きになり、血色も良くなってきた。

「ああ、ありがとう。イーリス」

「お父さん。今日、ダンジョン行くんだよね?」

「まあ、ダンジョンの前に炭鉱での仕事があるかな。一応、本業はそっちだし」

 アルドはそう答えてから、サラダを口にした。もしゃもしゃとした食感のレタス。スラム街にはあまりシャキシャキの新鮮なレタスは出回らない。でも、アルドは新鮮なレタスはシャキシャキだという謎の記憶を持っていて、いつかそれをイーリスに食べさせてあげたいと思っていた。

「仕事終わってからダンジョン行くんだ……ねえ、お父さん。今日は早く帰って来てほしいなー」

 イーリスがアルドの方をチラチラっと上目遣いで見て来る。甘えるような視線にアルドの心が揺らいでしまう。

「なんかあるのか?」

「なんにもないけど……お父さんがいないと、私寂しいんだよ」

 素直に自分の気持ちをぶつけるイーリス。アルドとしてもイーリスのお願いはできるだけ聞き入れたい。しかし、なんでもかんでも思い通りになると思わせるのもよくないことだ。できないことはできない。それはキッチリと教えていかなければならない。

「それだったら、ダメだな。イーリス。僕はクララと約束をしたんだ」

「クララ?」

「ああ……一緒にダンジョンに潜るディガーだよ。彼女は今日の約束のために、準備をしている。だから、僕がその約束を破るわけにはいかない。それは彼女に対する裏切りだ。イーリスも約束を破られたら悲しいだろ?」

 イーリスは想像した。アルドとした約束。自分が将来、魔法使いになったらお願いをなんでも聞いてくれるというもの。実際に、自分が魔法使いになる夢を叶えてもアルドがその約束をなかったことにしたら、とても悲しい気持ちになる。

 きっと、クララという人もお父さんに約束を破られたら、悲しい気持ちになるだろう。そう思ったイーリスは自分を恥じた。

「ごめんなさい。お父さん。私、自分のことしか考えてなかった」

 イーリスは悲し気にうつむいてしまう。だが、アルドはそんなイーリスの肩をポンと叩いた。

「ああ、大丈夫だよ。イーリス。人間、誰だってそういう時はある。特にイーリスはまだ子供なんだからワガママを言ってもいいんだよ。まあ、こっちもきけるワガママとそうじゃないものがあるけどね。そこは勘弁してほしい」

 アルドはイーリスを優しく諭した。これで、イーリスの心が少し晴れて、見知らぬ女の元にアルドを送り出すことに対する抵抗が減った。と言っても、まだちょっと嫉妬しっとめいた感情があることは否定できない。

「わかった。お父さん! でも、クララさんと一緒にダンジョンに潜ることを赦します!」

「そうか、わかってくれて嬉しいよ」

「でも、なるべく早く帰ってくるように。私に寂しい想いをさせたら、抱っこの刑に処します!」

 腰に手を当てて、謎の判決を下すイーリス。アルドは「ははは」と乾いた笑いをしてしまう。

「抱っこの刑か。それは恐ろしいな」

「うん。恐ろしいでしょ。だから、早く帰って来てね!」

「ああ。わかった」

 アルドは仕事にいくための準備とダンジョンに潜るための装備を整えて、玄関へと向かった。イーリスも見送りに来た。

「いってらっしゃい、お父さん!」

「ああ。いってくるよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?

プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。 小説家になろうでも公開している短編集です。

裏アカ男子

やまいし
ファンタジー
ここは男女の貞操観念が逆転、そして人類すべてが美形になった世界。 転生した主人公にとってこの世界の女性は誰でも美少女、そして女性は元の世界の男性のように性欲が強いと気付く。 そこで彼は都合の良い(体の)関係を求めて裏アカを使用することにした。 ―—これはそんな彼祐樹が好き勝手に生きる物語。

残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)

SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。 しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。 相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。 そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。 無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!

頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。

音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。 その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。 16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。 後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

魔境暮らしの転生予言者 ~開発に携わったゲーム世界に転生した俺、前世の知識で災いを先読みしていたら「奇跡の予言者」として英雄扱いをうける~

鈴木竜一
ファンタジー
「前世の知識で楽しく暮らそう! ……えっ? 俺が予言者? 千里眼?」  未来を見通す千里眼を持つエルカ・マクフェイルはその能力を生かして国の発展のため、長きにわたり尽力してきた。その成果は人々に認められ、エルカは「奇跡の予言者」として絶大な支持を得ることになる。だが、ある日突然、エルカは聖女カタリナから神託により追放すると告げられてしまう。それは王家をこえるほどの支持を得始めたエルカの存在を危険視する王国側の陰謀であった。  国から追いだされたエルカだったが、その心は浮かれていた。実は彼の持つ予言の力の正体は前世の記憶であった。この世界の元ネタになっているゲームの開発メンバーだった頃の記憶がよみがえったことで、これから起こる出来事=イベントが分かり、それによって生じる被害を最小限に抑える方法を伝えていたのである。  追放先である魔境には強大なモンスターも生息しているが、同時にとんでもないお宝アイテムが眠っている場所でもあった。それを知るエルカはアイテムを回収しつつ、知性のあるモンスターたちと友好関係を築いてのんびりとした生活を送ろうと思っていたのだが、なんと彼の追放を受け入れられない王国の有力者たちが続々と魔境へとやってきて――果たして、エルカは自身が望むようなのんびりスローライフを送れるのか!?

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

仏間にて

非現実の王国
大衆娯楽
父娘でディシスパ風。ダークな雰囲気満載、R18な性描写はなし。サイコホラー&虐待要素有り。苦手な方はご自衛を。 「かわいそうはかわいい」

処理中です...