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ファイル:3 優生思想のマッドサイエンティスト

サイコメトリーとパイロキネシスト

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 涼しげな風が、肌を撫でる。
 ススキ畑の大地の上には、15夜のまん丸い月が浮かんでいた。
 カーミラはスースーの息を立てながら寝ている。
 周りの客も同じだ。
 多分俺だけが起きていて、車窓から見える、この幻想的な風景を見ている。
「ハーイ。久方ぶりね北条サン? 」
 俺の額に血濡れた短剣が突きつけられた。
 黒の面布にゴスロリの露出が派手な漆黒のドレスの女。
 奇襲をしなかったのは、自分の実力に絶対的自信があるのか、それとも、俺に興味がないのか。現に殺意はダダ漏れだった。足音は聞こえなかったが、後もう一人いる。
 冷たい意志を持った人間が。
 暗くて顔はよく見えないが、誰であるかは分かる。
 裏社会の人間がリスクを冒してまで、俺を殺しに来ているとは考えにくいし。
「リベリオン。」
 女は面布をたくしあげると、素顔を明らかにした。
 西郷女鳥ッ。
 装置奪還の時に、バーに乗り込んでは、俺たちの邪魔をした女だ。
「アンタの言う通り、鼻の効く男ね。」
 メガネの女が、後部車両から本を片手に、ゆっくりとコチラに歩いてくる。
 俺は列車の窓から入ってきた風が、彼女の肌に触れると、凍りついたのを見逃さなかった。
「なに? その目は? 」
 西郷がメガネの女を鼻で笑った。
「アナタ影が薄いから。」
 そうだ。俺はこの女とは面識が無かった……はず。
「今の却下。コイツ、本当にリーダーのことしか見えていないのね。男ってほんと馬鹿。」
 彼女の感情が爆発すると共に、周囲の空気が燃え上がった。
 リベリオンで、このような能力を使える人間なぞ、一人しかいない。
「炎道零子。」
 安田が見せてくれた名簿にファイリングされていた。
 リベリオンの要注意人物が同時に二人。
「そんなに、警戒しないで? 今回はアナタに用があるわけじゃ無いんだから。」
 俺は咄嗟に彼女の右手首を掴んだ。
「いや、そっちの方が問題だな。」
 彼女の血濡れた短剣は、カーミラの喉笛の少し手前で止まっている。
「それにアンタじゃ、その金色の剣も、赤黒い短剣も扱うことなんて出来ない。」
「いや、出来るわよ。」
 後方からの鋭くも冷たい殺意に気付き、咄嗟に防御姿勢をとる。
 前の守りが薄くなったことに気づいた西郷が、腰を落とし、武術の体勢になった。
「【蛇腹流ッ】」
    ---Gravity Timezグラビティー・タイムズ---
 起き上がったカーミラが、神器の力を解放し、彼女の短剣をはたき落とした。
 心なしか、スピードが上がっている気がする。
 この世界にいるからか?
 俺は意識を後方に集中させ、炎道を見る。
 左手から、炎を俺に吹き付けてきた。
 俺は咄嗟に世界を切り離し、防御に徹する。
 「ふん。流石ね。壁って呼ばれているだけはあるわ。」
 熱さ……は俺にとってあまり脅威では無かった。
 周りで乗客たちの悲鳴が聞こえる。
 幸い、炎は車両や、周りの人間たちには映っていないようだ。
「中々の火加減じゃ無いか。料理は得意か? 」
「他人のことより、自分の心配をしたら? 」
 俺の空間内の酸素が薄くなりかけている。
 奴の狙いはこれか。
 おそらく彼女は何十時間も俺を炙っていられるだろう。
 だが俺はあと数十分持つか分からない。
 カーミラの方の戦況も気になる。
 俺は目を凝らしてよく見るが、彼女が炎で邪魔をしてくるのでよく見えない。
 焦燥からか、呼吸が荒くなる。
 息を荒げてはいけない。
 考えろ。考えなくては。
---Deluge神の審判---
 溢れんばかりの水が車両を飲み込む。
「アウラ、乗客たちを!! 」
 カーミラの声に呼応し、風の力が乗客たちを外に吹き飛ばした。
「サンキュー! カーミラ。」
 俺は体勢を低く構えると、足元で、空間を圧縮し、一気に解き放った。
「【裏天岩流】」
 石火セッカ
 神速の一撃が、炎道にクリーンヒット…するはずだった。
「ふん。カーミラ・ブレイク。中々厄介な相手ね。」
 彼女は右手に分厚い氷壁を作り出し、俺の渾身の一撃を受け止め、受け流す。
 代わりに彼女の膝蹴りが俺の腹部にクリーンヒットする。
「ガッ。」
 俺は勢いよく吹っ飛ぶと、後ろで戦っていた西郷へとぶつかった。
「おい、アンタ。わざとでしょ。ホント性格悪いわよね。アンタのそう言うところ、だいっきらい。」
「アンタ見たいな男を誘惑して、命も武器も奪い取る性悪女だけには言われたく無いんだけど? 」
 カーミラが、俺の背中をポンポンと叩いた。
「なるほど。中々のコンビネーションだ。彼女たちに勝つには、僕たちも息を合わせないと。」
「「どこが!! 」」
 彼女らは同時に顔を向けると、異口同音を放った。
「後は任せて!! 」
 カーミラが神器の風で、俺の背中を吹き飛ばした。
 不思議と動揺することもない。
 俺はそのまま西郷の懐へと潜り込む。
 飛ばされる間、ひねっていた右拳を一気に解放した。
石嵐セキラン
 俺の破壊拳が、彼女の装備を粉々に砕く。
 彼女の焦燥が見てとれる。
 そして、右手は、スカート下のガータへ。
 彼女が次の武器を握るまでの僅かな間、
岩砕イワクダキ
 無理矢理重心を移動させると、強引に蹴りを叩き込む。
 炎道が、それを許すはずもなく、割り込めないと踏んだ彼女は、右腕を限界まで伸ばし、氷柱で俺の脚を狙っている。
「りきぃ。」
 カーミラの起こした炎が、氷柱を燃やした。
 周り蹴りが、西郷の脇腹にクリーンヒットする。
 手応えがあった。
 肋が二、三本逝ったのは確実だ。
 遠心力で飛び上がった俺は、そのまま炎道へと急降下する。
 彼女の氷龍を左手で押し退け、火龍をこの身で受け止める。
ロンドン橋墜ちたシャッキョウオトシ
 身体のベクトルを最大限にまで活かし、彼女の顔を殴り飛ばした。
 俺は回転し、武術の余力を殺しながら、地面に着地する。
「女の顔を殴るなんて!! つくづく品のない男ねッお前は!! 」
 彼女は割れたメガネを取ると、俺を睨みつけた。
 だが、彼女の感情に炎が呼応することはない。
「ったく。これだから女は!! 俺を一方的に殴らせろって…… 」
 鋭く冷たいモノが、俺の首を掠った。
 服の下に隠しているうちの、おそらく業物であろうそれを握った西郷が、炎道を利き手とは反対の手で抱き抱える。
「西郷ッ。下ろして!! 」
「暴れないの!! 武器が私の手から離れれば、アナタも私も死ぬわよ。」
 カーミラが両手を振って否定した。
「待って!! そう言うつもりはないんだ。武器を置いてくれ。」
「コイツも私も、そうやって油断させて、腹に下心を抱える大人たちを嫌と言うほど見てきたわよ。」
 カーミラは静かになった車両で、ため息をついた。
「どうして……わかりあうってこんなに難しいんだ。」
「お前が……まともすぎるからだよ。」
 彼は両手を床に突き、倒れ込む。
「いくら北条でも、その言葉は横暴すぎないか? 」
 彼の表情はよく見えない。
「俺は、カーミラじゃないし、お前の苦労も、苦悩も知らない。」
「だけどな。俺は奴らの気持ちに少し同情してしまうほど、奴なんだ。」
 

 


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