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平等な社会

お姉さん?

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 俺は一瞬この男が何と言っているのか分からなかった。
「言葉の通りだよ。君を公安で雇いたい。知っているだろ? 能力者でも力のある者は、犯罪課の犬として雇われることがある。」
 俺が公安に志願しなかった理由、
 条家には『君主は一人本条のみ。』という家訓があるからだ。
「本堂さんも知っているでしょう? 僕の家のこと。」
 それを彼は鼻で笑った。
「今更何を言っているだね君は? 」
「君は便利屋をやっていただろう? 蝠岡に雇われて。あんな大きな事件を起こして。」
「違う。便利屋は…… 」
 彼はその言葉を遮った。
「なぁーにそんなに気にすることは無いさ。南条、西条、東条、政府の主要人物のほとんどは彼らが占めている。」
「もちろん君の本家である北条もね。」
「それをどうして分家の君が気にするんだね? 本音と建前は使い分けるべきだよ、なぁ北条の坊っちゃん。」
「本条家の方も、それを黙認している。だってその方が身動きが取りやすいもんだからね。」
「むしろ君みたいな人間を彼らは疎んでいるよ。」
 俺は思わず聞いてしまった。
「九条姉さんもか? 」
「……いや、私の悪い癖なんだ。話が逸れたな。本題に戻そう。」
「どうする? 君はやるのかやらないのか。まぁ選択権なんてあってないような物だけどね。いや、わかるでしょ君? 」
 この話を飲まなければ、俺は予定通り処刑される。
 すぐにとは言わなくても、毎日刑が執行されることに怯えながら……
「し、ま、すっ。」
 喉奥から言葉を絞り出す。
 苦虫を噛みながら。
 耐えること。
 それが北条家の役目だった。
「ん? 聞こえないな。何をするって? 」
「公安の執行者をやります。いや、やらせて下さい。」
「おめでとう。君も犯罪課の一員だよ。」
 長官室のドアが開き、一人の少女が部屋に入ってくる。
「私は鵞利場小子がりば しょうこ。今日から君の上司になる女よ。私は君の監視役で、私の相棒。よろしくね。」
 彼女は俺に手を差し出してくる。
 腕には枷が無い。
 無能力者か。
「なーに見下ろしてんのよ。私は二十三、貴方より三つ年上。それ禁止。」
 と言われても、元々見下ろす気なんて無かったし、この子がちっさいのが悪い。
 俺は屈んで彼女と同じ目線になると、握手を交わした。
「なんかムカつく。軽くあしらわれているみたい。私はお姉さんなのよ。少しは敬いなさい。」
「姉さんはそんなこと言わない。」
 しばしの沈黙。
「ムキィー。本堂長官!! なんなんですかこの生意気なガキは、処刑人だったんでしょ。今すぐこんなやつラストプリズンに送り返して? 」
 彼はそれを両手で宥めた。
「まぁまぁ小子くん。私たちもリベリオンの悪事に手を焼いているんだ。先週もうちの課のスキルホルダーが何人かやられただろう? 上層部もそのことにご立腹のようでね。」
 リベリオン。
 九条姉さんがいた場所だ。
「どうやらやる気になってくれたようだね。」
 どうやら見透かされてしまったようだ。
 顔に出てしまっていたらしい。
「とりあえず今日は帰りたまえ、任務は明日からで良い。」
 俺は首を傾げた。
「帰るってどこに? 」
「……すまないね。君の部屋を手配はしたんだけれども、急なもんで、手続きが遅れているんだよ。」
「明日にはその手錠で部屋が開くようになるから、今日は小子くんのところに止めてもらってくれ。」
 俺が頷くより先に声を上げたのは彼女だった。
「じょぉぉぉぉだんじゃないわ。いや、長官。貴方にも分かりますよね。こんなミュータントを家に入れるなんて。」
「手錠の主導権は君に託してある。いわば緊箍児だ。君の声で反応するようになっている。」
「そういう問題じゃありません。〆ろ!! 」「アガガガガァ。」「自分のプライベートゾーンに他人をしかも、男を招き入れるなんて!! 本堂長官だって自分の家に知らない人がいたらビックリされますよね。」「痛い痛い。ちょっとしまってんよ。」
 彼は首を傾げた。
「いんや? 別に。あいにく職業柄でそういうのには慣れているからね。」
「というか、逆に君の部屋にこれまで賊が入ることが無かったことに感謝してほしいね。もちろん労働者の権利を守るのは事業者の勤めではあるが。」「長官、長官。パワハラですパワハラ。今すぐやめさせて。」
「んもう!! 分かりました。今日は帰ります。」
 鵞利場はジャンプで俺の奥襟を掴むと、ナギ崩して、そのまま引きずって行こうとした。
「ちょっと鵞利場お姉さん。痛い痛い。もう許してごめんなさい。俺が悪かったです。」
 なんで俺謝ってるんだろう。
「フン!! ユルユル。」
 手錠が血圧計のように緩んだ。両手首が内出血を起こして青黒く変色している。
 ダメだ。この女は怒らせない方が良い。
 俺は立ち上がり、彼女の後を追った。
 彼女がボタンを押すと、エレベーターのドアが開く。
「アンタ条家の人間でしょ? なんで犯罪なんかに手を染めたの? 」
「人にも色々あるんだよ。」
「言わなきゃ、また〆るわよ。」
「分かった言います。言うからもうやめて。」
 条家の家訓なんてタダの建前だ。
 そう、俺が蝠岡に協力した理由。
 それは……
「自由になりたかったんだ。こんな手錠なんて捨てて。何者にも縛られず。バットマンの研究が成功して、用心棒の任を解かれた俺は、便利屋なんか辞めて、どこか遠くの土地で一人寂しく生きたかった。」
「辛気臭っ。」
 彼女はため息をついた。
「人間自由には慣れないわ。心を自由にするためには、身体を縛っておかなきゃいけないし、身体を自由にするためには、孤独なまま生きていかなきゃならない。」
「そういう哲学的な話をしているんじゃない。」
「手錠の無いアンタには分からんだろうけどよ。」
 そういうと、彼女は諭すように左手を差し出して、右手を腰に当てた。
「ならアンタも役人になれば良かったでしょ。他の条家の人間みたいに。そうすれば手錠が免除されるわよ。」
「いずれにせよ、こうなっちまったからには、もうどうしようもねえよな。」
 俺たちが国際政府の自動ドアをくぐると、快楽ボックスから出てきたリーマンが、放蕩した様子で、歌を歌っていた。
「どうしたの、快楽ボックスなんかみて。」
「ニュース見てないの? 快楽ボックスに通っていた人間たちが、次々と廃人になっているって。」
「噂によれば、四六時中腰をフリまくる変態になるんですって。」
「ゴクリ。」
 俺は思わず唾を呑んでいた。
「ちょっとアンタ正気? 変な気起こさないでよね。」
 もちろん能力者に快楽ボックスを使うことは許されていない。
 だが、こんな世界なら、こうなることも必然的なのかもしれない。
 みんながみんな、感情を殺して、ドライになれるわけでもない。
 窮屈な俺たちは、どこかで娯楽を求めていた。
 それは能力者をリンチすることかもしれないし、聖神水を身体に流し込むことかも、あるいは、快楽ボックスで中枢器官を刺激することか。
「おい兄ちゃん、ズラかせや。」
 一人のピアスをした男が、俺の胸ぐらを掴んだ。
 奴は能力者を痛ぶるつもりだ。
 身長の低い鵞利場ではなく、俺を狙った理由。
 そんなことは簡単だ。
 俺が手錠をしているから。能力者の証、いわばタトゥー。
 もうひとりの金髪の男が、俺の顔を殴る。
 痛くは無い。
 けどやっぱり痛い。
 滲むような鈍痛が俺を襲った。
 俺たちは忌むべき戦乱の象徴。
 なら俺たちが殴られることも必然。
 傷害事件は全て不起訴になるし、まず公安の人間は、能力者にいかなる不利益が生じようとも、まともには取り合ってくれない。
 俺は鵞利場の方を見た。
「ロックは解除しないわ。能力者が、それも公安の執行者が無能力者を殴ったなんてスキャンダルじゃすまない。貴方の、の境遇が悪くなるだけ。我慢しなさい。」
 三発目の拳で鼻からツーッと紅い汁が垂れてくる。
 殴られたのは一度や二度じゃ無い。
 蝠岡に枷を外してもらう前、さらには修行で手枷を免除されていた時でさえ、この不条理は続いた。
 鵞利場は分からないのだ。
 虐げられた人間の気持ちなぞ。
「【天鵝流】拳闘術」
「【弐ノ拳】」
啄木鳥キツツキ
 ピアスの男が、俺の視界から消えた。
 代わりに鵞利場の凛々しい顔が、俺の横を通り過ぎる。
「【参ノ拳】」
昇鴉トビガラス
 金髪は、彼女の拳で宙を舞って、後頭部から歩道に投げ出された。
 当然だが、彼らは受け身の取り方を知らない。
 騒ぎを聞きつけた公安の刑事課の人間が、サイレンを鳴らしながらこちらにやってくる。
 車から降りた髪を分けたスーツの男は、何やら鵞利場と話をすると、俺の方にやって来る。
「君が小子の執行者になったって言う北条力くんだね。」
「僕は大麻好大おおまば こうだい、彼女の許嫁だ。彼女のことをよろしく頼む。」
 彼は笑顔でそう伝えると、また鵞利場の元へと帰っていった。
「はぁ。また変なのに絡まれたら困るから、早く行きましょ。」
「あの…スキャンダルとかって。」
「アイツがもみ消すから大丈夫よ。」
「許嫁らしいな。」
 彼女はため息をついた。
「アイツそんなこと言ってたの? まぁ合ってるわよ。家柄でね。」
「ん? どうしたの? ヤキモチ妬いてるのかな? 」
「いや、助けてくれてありがとう。」
 すると彼女は少し不機嫌になった。
「アンタが、あんな顔するからでしょ。てっきり慣れているのかと思ったわ。」
「痛いもんは痛い。そりゃ俺だって人間だからさ。」

      * * *

 鵞利場に連れられて、俺は彼女の部屋に来た。
 彼女は生体認証でドアのロックを解除し、扉を開けると、俺を制した。
「ああ、やっぱり無理。アンタは廊下で寝て。」
 まぁ仕方のないことだ。俺だって他人の家に入るのは少し抵抗がある。
「逃げるかもしれないけど。」
「GPSが付いているわ。そんなの当たり前じゃない。」
「ゲッ、犯罪者かよ。」
「え? 自覚なかったの? 」
「あー、そうそう。トリートメント買ってきて。ちょうど切らしちゃって。」
 俺は首をブンブン振った。
「また変なのに絡まれんかもしれん。」
「知らん。自分で何とかして。」
「ホラ、手ェ出して。」
 多分彼女は、俺に手錠を要求しているのだろう。
 彼女の端末に俺の手錠を翳すと、デジタルマネーが俺の手錠に加算されていく。
「はい、お釣りは自由に使って良いから。夕飯買うなり、風呂に入るなり好きにしなさい。」
 手錠の計器はちょうど一万を示していた。
 一万faファミリア
 トリートメントを買って、食いもんを買って、銭湯に行ってもお釣りが出るぐらいだ。
 今後のために取っておくのが先決だろう。
 いや、彼女はお小遣いをくれたのかもしれない。
 施し……
 いや、背に腹は変えられない。
 こうなった以上、泥水を啜ってでも生きなければならないのだ。
 俺はドラッグストア向けて歩き出した。


 


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