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ディアストリーナ

帰還

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 巨躯が重量感のある音を立てながら、地に倒れ、遅れて着地した俺は、地に血反吐を吐いた。
「ありがとう。助かった。」
 認めたくない。自分を嵌めた人間が自分を救っただなんて。
 ここに来たということは、俺のことをつけていたということになる。
 つまり、神父のから全部、俺は彼の掌の上で踊らされていたわけだ。
「クォーん クォーん。」
 小熊たちが、親熊の亡骸に擦り寄ってくる。
 中には、まだ離乳時期を脱しておらず、親熊の乳を吸うものまでいる。
「シメておけ、奴はまだ生きている。不用意に獣を苦しめる気か? 」
 俺はサーベルを、親熊の首へと向ける。
「クマの首は太い。失神させてから、心臓をぶっ刺せ。」
 俺は神父にそう言われて、サーベルを鞘に戻すと、鞘ごと引き抜き、脳天をかち割ろうとした。
「グルルルッ。」
 小熊たちが、俺に警戒している。
 そうだ。俺は今、彼らの親を殺そうとしている。
「人を食ったクマたちだ。どのみちろくなことにはならない。全部殺して、肉と皮にするぞ。特に熊の皮はこの地域では重宝されるからな。」
「それでも神父かよ。」
「聖職者だからだ。私はこのモノたちを治療しなくてはならない。あとは頼んだぞ。」
 そういうと、神父は気を失った二人を担ぎ上げて、巣の外へと歩いていった。
 コイツらが人を食わなければいけなくなったのは、おそらく、人間が彼らの食糧を根こそぎ持っていってしまったせいだ。
 彼らは悪くない。
 だが、親熊を殺された彼らは、俺たちに対していっそう深い復讐心を募らせるだろう。
「悪いな。」
 鞘を再び腰に刺すと、再び刃を引き抜いて構えた。
 飛びかかる小熊たちを次々と薙ぎ払う。
 当然、親熊とは比較にならないほど弱い存在たちだ。
 俺はその有象無象を切り裂いていった。
 心を鬼にして、冷酷に。
 ドライだって?
 アンタらに、別の選択肢はあるのかよ。
 答えが存在しないことだってあるのだ。
 算術でも理屈でもない。
 俺たちは感情を持つ生き物なのだから。

 血だらけの体で、もう誰の血かも分からないその身体で、俺は巨躯の脳天を叩き上げた。
「おやすみ。」
 親熊は低く唸り、それから起き上がることも、俺を襲うこともなかった。
 それから、それから俺は……

     * * *

 それから、俺たちは、回復した三人で腰が抜けた二人をお振り、街へと帰った。
 神父はというと、自分のわけ前の皮をキッチリ請求してから、人混みへと消える。
 俺たちは言葉を交わすこともなく、教会で帰還の手続きをしたのは良いが、クエストの報告はもう遅くなるので、明日することとなった。
 そして、リーダーのブレイドに一人呼び出された。
「もう俺たちと関わらないでくれ。」
 先日の件もある。
 妥当な答えである。
 彼がもう彼女にこれ以上負担をかけたくないのだろう。
 運び屋の死に対しては敏感であるが、仲間の死に対しては鈍感な理由。
 コレが冒険者を続ける上での弊害だ。
 一種の職業病のようなものかもしれない。
 だが、俺にも非があった。
 ここは大人しくクリイアントから身を引いて次の仕事を探すべきだろう。
「分かった。今日はありがとな。」
 彼は無言で俺に分前を渡す。
「定価、五割だろ? 」
「すまない。大口叩いたくせにあんな風になってしまって。」
「全員喰われずに帰って来れた。それだけで充分だ。」
 彼はそれから『じゃあな』とだけ言って闇の中に消えていってしまった。
 俺も帰ろう。
 今日は色々なことが起きすぎたし、感情を整理する余裕すらない。
 ギルド長は俺の顔を見るなり、雑用を免除してくれた。
 部屋のドアを開けて、血だらけの装備を、洗濯カゴに放り投げた。
 流石に、この状態で部屋を彷徨きまわるは無しだな。
 それに感染症の恐れもある。
 俺は心を洗い流すために浴場へ行くことにした。
 服と装備一式を、魔法釜に入れると、洗浄のインプタップを放り投げる。
 装備一式は、見違えるような姿に戻り、俺は安心して身体の血を洗い落とすことに専念した。
 獣臭さが消えない。
 俺は湯船に浸かることを断念して、洗面所へと戻った。
 そこで臭い消し用の香水を使う。
「アスィールさん。お客さんです。」
 仕事をサボって風呂に入っていることがリリィにバレたのでギクリとする。
「あ、すみません。ゆっくりで良いので。」
 とは言ったものの、客を待たせることなど出来ない。
 しかし、こんな時間に誰だろうか。
 神父か?
 俺は警戒しながら、服の襟を正して、待合室へと出た。
「すみません。夜分遅くに。」
 ナースだ。
 わざわざ俺を個室に呼んだのはそれなりの意味がある。
 他人に聞かれたく無い相談なんだろう。
 それとも今日の件で俺を叱責しに来たか。
 それを察したのか、ギルド長たちも、ここの部屋を俺たちに貸してくれたのだろう。
「昼間は申し訳ありませんでした。ヒーラーだというのに、なんのお役にも立てなくて。」
「いや、謝るのはこっちの方だ。モンスターの特徴をもっと詳細にリサーチしておくべきだった。ズングリーベアについてもそうだ。人肉の味を覚えているのなら、もっと彼らの凶暴性についても、考慮しておくべきだった。」
 彼女はコックリ頷いた。
「あの、図々しくて申し訳ないのですが、私の相談に乗っていただけないでしょうか? 」
 やっぱりか。
 聞くまでも無いよ。
「君は冒険者には向いてない。」
 彼女はポカンと口を開けてから、それから数秒口ごもり、やっとのことで言葉を発した。
「ええええ……」
 彼女は顔を真っ赤にしながら、顔をこねくり回している。
「顔には書いてないし、それにナースが俺に相談することなんて、それぐらいじゃ無いか。」
 彼女は一息ついて、恥ずかしそうに答えた。
「はい、ブレイドに相談しても、パーティーメンバーとしての意見しか聞けないと思ったので。第三者である貴方の目から、客観的な意見を聞きたくて……ですね。」
「でもそんなにキッパリ言われるなんて。」
 俺は深呼吸してリラックスする。
 それからゆっくり話し始める。
「別に辞めた方が良いなんて一言も言ってないよ。ただ向いていないって言っただけ。決めるのはナース。君自身じゃ無いか? 」
 彼女は俯いてしまう。
「分からないんです。自分がどうしたら良いか。このままズルズルパーティーメンバーたちの後ろに隠れて日銭を稼ぐか、それとも製糸工場に行って糸を作るか。」
「でもそれを聞いてブレイドが、パーティーメンバーがどんな気持ちになるかを考えるのが怖いんです。」
「それに……今は住む場所もありますし……へへ。」
「実のところ。俺もさ。運び屋、向いてないってみんなから言われるんだ。」
 彼女が顔を上げた。
「墓守さんも? 」
「うん。ここに来る前も、衛士になった方が給料が良いから、こんな危ないことは辞めなさいって、」
「お母さんみたい。」
「うん、まぁ実際そんな感じだよあの人は。」
「でもなんで、こんなに危ないことを続けるんですか? 」
 彼女はポロッと感情を吐露した後に口を塞いだ。
「やっと本音で話してくれたね。良いよ。俺がなんで運び屋なんてやっているか教えてやるよ。」
 俺は彼女に包み隠さず一から十まで話した。
 自分には女神の加護が受けられなかったこと、自分が孤児であり、王宮を追い出された理由を王都で探していると言うこと。
 彼女はそれを聞いて泣き出した。
「死ぬのが怖いんです。私は……こんな私を叱って下さい。」
 俺はこんな時、どうしたら良いのか分からない。
 リワン姉ちゃんは、一度も俺に涙なんて見せたことなんて、ないからだ。
 だから俺はありのままを言葉にすることにした。
「死ぬのが怖いのは人として普通じゃないか、何もおかしな事はないよ。」
「でも……でも…… 」
 ここで俺は…… どうするのか、ものすごく迷った。
 俺の一言で、彼女の運命もパーティーの運命も左右されてしまう。
 俺が彼女に『死ぬことも慣れれば怖く無くなるから。』と、ひと押しすれば彼女はコレからも冒険者としての稼業を続けるだろう。
 だがそれは俺と言う『一般人』の価値観から見れば、到底許されざるものではなかった。
 命を投げ捨てる存在。それこそが、今の冒険者の在り方である。
 常識を持った人間が、バケモノになるのは到底是認ぜにんできるものではなかった。
「君は間違っちゃいない。まだ戻って来られるから。」
 結局、俺もブレイドたちと同じだ。
 自分の立場から彼女にアドバイスし、彼女を自分の考える道へとコントロールしようとしているのだ。
「死にたくない。怖いと言う気持ちは、嘘じゃない。君の心のうちから直接出てきた言葉だ。君は自分に正直になっても良い。」
___彼女は泣き崩れた。
  泣き崩れて、俺に倒れてきた。
  彼女から、熊特有の芳醇な香りが俺の鼻口を刺激する。
  そうして俺は確信した。
  今日、俺はナースとクエストを受けたのだと。
 
       * * *

 ナースは、リリィが一晩面倒を見てくれる……らしい。
 図々しくもギルド長に相談したら、リリィの方から、彼女を一晩泊めると、そう提案して来たのだ。
 ナースはコックリ頷いてから、彼女についていった。
 二階の窓から彼女たちが見えなくなるまで、じっと見守る。
 それから俺も、今日はもう疲れたので床に着いた。
 香水とケモノの臭いの混ざったような臭いが、鼻口を激しく攻撃する。
 まるで、殺した熊たちが、俺に懺悔を求めているようだ。




 

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