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ディアストリーナ

俺について

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 木製の引き戸をガラッと開けると、洗面所で服を脱ぎ、屑籠に放り込んだ。
 浴場の扉を開けると、湯気が立ち込んでくる。
 リワン姉ちゃんが、湯を沸かしてくれていたらしい。
 たぶん、薪割りは早朝にガキンチョたちがやってくれていたのだろう。
 なぜ分かるのかって?
 そりゃ俺が教えたからな。
 リワン姉ちゃんに、こっぴどく怒られたけど。
 橙のボトルから、柑橘系の液体を出すと、それを頭で馴染ませる。
 毛穴の脂をこねくり出す様に、ゆっくりと。
 俺がなんで孤児院のために働いているかって?
 そりゃ話が長くなるな。
 この能力、俺が師匠から教わった 多元憑依ディメージョンズ・ギフトのことから話さなければならない。
 元々、俺たちは師匠から、この能力を継承するために王宮に選ばれた孤児だったらしい。
 俺も生まれた時のことはよく覚えていないんだ。
 ただリワン姉ちゃんがそう言っていた。
 王宮は何のために、そんなことをしたかって?
 そんなもん俺が聞きたいぐらいだ。
 おおよそ俺たちを人間兵器にしようって言う魂胆だったんだろうな。
 にしても、その計画が凍結されたことは不思議だ。
 そう……だから俺たちは今ここで貧乏生活をしている訳だよ。
 俺は身体のシトラス香る泡を洗い流すと、湯船に浸かった。
 あの日……あの日、師匠は死んだ。
 正確には兄弟子に殺された。
 俺が運び屋を選んでも、冒険職に着くもう一つの理由。
 それは、兄弟子に真相を聞き出すことだ。
 あんなに優しかったアニキが、師匠のことを殺すはずがない。
 だから俺は真実が知りたかった。
 浴槽から立ち上がり、洗面所に戻る。
 バスタオルを取って、それから鏡を見た。
 自分が映っている。
 この能力のせいなのか、俺は能力行使をするたびに、時々、自分が何者なのかを忘れてしまうことがある。
 だからこうやって自我を保っているのかもしれない。
 服を着て、外に出ると、入れ違いでエリンが飛び込んで来た。
「お風呂開いたね。」
「コラ、エリンやめなさい、はしたない。」
 リワン姉ちゃんが拳を振り上げてこちらに走ってくる。
「エリンは今日も元気だな。」
「うん!! エリンはいっつも元気だよ。」
 姉ちゃんがそこに割って入ってきた。
「エリン!! そんなんじゃお嫁に行けないわよ。」
「良いもん。私はアスィール兄さんみたいに冒険者になるんだから。お姉ちゃんこそ、早く兄さんと結婚したら? 」
 姉さんをそんな目で見ている訳ではない。
 だが、少し恥ずかしくなった。
 彼女の方を見ると、姉さんが顔を真っ赤にして怒っている。
____世界が暗転した。
「スーちゃん。」
 エコーのかかった姉さんの声で、再び現世に呼び戻される。
 肩を激しく揺らされたせいで、今度は脳震盪が起きそうだ。
 どうやら俺は、立ったまま、数秒気絶していたらしい。 
「大丈夫だよ姉ちゃん。肩を揺らさないで? また気絶しそうになるから。」
 彼女は普段、母性あふれる乳母であるが、感情が昂ると、こんなふうになってしまう。
 俺だから良いものの、外でこの性格が暴発すれば、問題になりかねない。
 俺はソレを恐れている。
 だって姉ちゃんを傷つけたくないからな。
 年長のレントには「ちゃんと言うべきだ。」って叱られたゲド、こういう時はどうすれば良いのかね?
 お前らはどう思う?

     * * *

 夕食ゆうげの時間が始まった。
 みんなが食卓に集まり、祈りを捧げている。
 その声が2階にまで聞こえてきた。
 いつもなら、みんなと一緒に祈りを捧げる訳だが、今日は、そんな気にはなれなかった。
 昼間の一件だ。
 俺は冒険者が報復しにくる可能性を考えた。
 しばらくココを開けるからだ。
 その可能性を捨てる。
 冒険者が人間に危害を加えれば、女神の加護は失われる。
 その可能性は低いだろう。
 それより神父の件についてだ。
 俺はもっと上手くやれなかったかを考えた。
 今日のヘマで俺は近くの仕事場に顔を見せられない様になった。
 いくら神父の横暴だったとは言え、対策を考えなくてはならない。
 賄賂は……
 本末転倒だ。
 ただでさえ俺たちの取り分は少ないのに、さらに金を払うなんて。
 それに味を占めた神父が、同業者に同じことをするかもしれない。
 冒険者にならまだしも、同業者から恨みを買うことだけは避けたい。
「それにしても…… 」
 そうだ。俺たちの地位は神父と冒険者に比べても圧倒的に低かった。
 最前線で戦う冒険者、彼らをサポートする教会、俺たちは冒険者の影に隠れて、安全圏から仕事をする卑怯者。
 世間ではそんな評価を受けている。
 だがな。
 魔物だって馬鹿じゃない。
 冒険者を殺すことが無意味だと分かれば、矛先は自然とこちら側に向いてくる訳だよ。
 冷笑されても良い、卑怯者だと言われても良い。
 だが、商売が出来ないことだけには我慢ならなかった。
 先述したように、俺には金が必要だ。
 フォークで、イノシシ肉をブッ刺した。
 それから丸ごと口に運ぶ。
 やはり野生の豚は筋肉質で食べにくい。
 大人ならまだしも、食べ盛りの子供には酷だろう。
「コンコン。」
 姉ちゃんだ。
「入っても大丈夫だよ。」
 彼女がそろそろと、部屋の中に入ってくる。
「考え事? 」
「うん、まぁそんなところかな。」
 彼女は悲しい顔をした。
「別に仕事についてじゃないよ。ココを留守にする間、護衛が必要だってな。」
 結局、護衛を雇うのにも金がいる。
「レオを呼んでくるか…… 」
 姉ちゃんは嫌な顔をした。
「レオさんはとても良い人だけど、お酒が入ると、お調子者になるのよ。子供の教育に悪い。」
 俺も彼が酒癖が悪いのは知っている。
 ただでさえ面倒くさいのに、余計にめんどくさいやつになる。
 ギルドで誰彼かまわず絡みに行くめんどくさいやつだ。
 俺みたいなはみ出し者にもな。
「あ、そうだ。」
 彼女が両手を合わせて叫んだ。
「キュリオスを呼んで良い? 」
 彼女は姉ちゃんの友人であり、衛兵だ。
「何が教育だよ。キュリオスさんと飲みたいだけじゃないか。」
「何か異論はある? ここの経営主は私なんだけど。」
 姉ちゃんもキュリオスさんも酒に強い。
 結局レオが断られたというのは、彼が下戸だからだろう。
 まぁ彼女たちがいれば、この孤児院は安泰だろう。
 姉ちゃんはメールスクロールを広げると、そこにキュリオスさん向けの手紙をスラスラと書き始めた。
 リワン姉ちゃんは酒好きだ。
 普段の彼女の乳母としての役割が、彼女を縛り付けているのだろう。
 その分キュリオスさんは、彼女が本心を打ち明けられる良き友だ。
「あーあ。分かったよ。俺はもう寝るから。手紙書き終わったら出て行ってくれよ。」
「アスィールちゃん。」
「死んだらダメだよ。」
「フリかよ全く。演技でもない。」
 そこで俺は死んだように眠った。

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