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第4章【ずっとずっと大切な人】
30罪 まだ帰さない②
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「ヴェルくん……手が痛いわ」
「あっ。ご、ごめん……」
「もう……どんだけ緊張しているの? 手汗も凄いし……」
指摘されて初めて自分の手汗が凄いことになっていることにヴェルは気付いた。
視線を自分の手に向ければ、見た目は何にも変わっていないのにじっとりと手のひらに汗をかいているのが分かる気がした。
手を放して手汗をズボンでぬぐおうと静の手から離れようとした。
「手は離しちゃ駄目よ」
ぴしゃりと拒絶されてしまった。
静とつないだ手のひらの部分が、どんどんじっとりしていく感覚がしてヴェルは困ったように眉をハの字に下げた。
「そんなに手汗が気になるのかしら?」
「そりゃ……気にならない奴なんていないと思うけど」
「仕方ないわね……」
ふぅっと一つ息を吐くと、ヴェルの手を掴む力を緩めた。
スルリと静の手から解放された手のひらを、ゴシゴシと自分のズボンの太もものあたりで拭いた。
手汗でぺたぺたとしていた手のひらが、それだけで少しさっぱりしたような気がするのは、おそらく気持ち的な問題が大きいのだろう。
ホッと胸を撫でおろすと、前を歩く静の方に視線を向けた。
「……ほら。行くわよ」
ヴェルを見て歩いていた静と目が合い、スッと差し出されたのは左手だった。
ヴェルは少しだけためらうも、すぐにどうしようもない事に気付き差し出された彼女の左手を右手で握り返した。
逃げたくても逃げられない。
逃れようと思っても、静は逃がしてくれない。
ヴェルに用意された選択肢は、たった一つ。静の望むままに――――。
それは、雪のためでもあったからこそヴェルは耐えることが出来ていた。
「さて……雪ちゃんは寝てるかしらね?」
「……さすがに起きていたら俺達が近づいてきた時点で顔を出してきそうな気もするけどね」
「それもそうね」
テントの中の音はヴェルの生活魔法のおかげで外に漏れることはない。ただ、外の音は中に丸聞こえなのだ。
つまり、雪が起きていたとしても外にいるヴェルと静には知りようもないが、中にいる雪には外にいるヴェルと静の会話は筒抜け……ということだ。
「……うん。やっぱり寝ているみたいね」
テントの入り口をゆっくりと開けて中を確認すると、テントの中央に背を向ける形で横になっている雪の姿があった。
静が来た時に寝やすいように縮こまって寝ているようで、二人で寝るには少し狭いはずのテントなのだが静の寝るスペースはかなり十分なスペースがあった。
仰向けで二人いかないくらいが寝られるようなスペースがある。
それは、静が仰向けで眠った場合、雪に触れることなくゆっくりと眠れる十分なスペースだ。
「……静ちゃん?」
眠っている雪を見つめたまま微動だにしない静を見て、ヴェルは疑問の声を小さく上げた。
けれど、静はヴェルの方を振り返ることはしない。
「おとなしく眠れているみたいだし、俺もテントに戻るよ……?」
そう言ってヴェルが一歩後ろに下がった。ザリ……と地面をする音がした瞬間、制止する声が聞こえた。
「駄目よ」
「…………え?」
そのまま踵を返して自分のテントに向かおうと思っていたヴェルは、素っ頓狂な声を上げてぴたりと止まった。
踵を返せない。背中を向けられない。ヴェルの目は真っすぐに静の背中を見つめるしかなかった。
「駄目よ、ヴェルくん。まだ、戻っちゃ」
「なん、で?」
雪の様子はもう見終わったはず。大人しく、静かに眠っている雪を見てヴェルも静も安心した。それで終わりだったはずだ。あとは起きたら二人に報告するだけの話だったはず。
なんで引き留めるのか、という疑問が脳裏をよぎる。だが、同時にヴェルの脳裏にはもう一つの考えがよぎっていた。
(まさか……)
そう思いたかった。予感が外れてほしい気持ちでいっぱいいっぱいだった。
静の背中を見つめるヴェルの瞳が、かすかに揺れた。それはヴェル本人ですら認識できないくらいわずかな揺れだった。
「あっ。ご、ごめん……」
「もう……どんだけ緊張しているの? 手汗も凄いし……」
指摘されて初めて自分の手汗が凄いことになっていることにヴェルは気付いた。
視線を自分の手に向ければ、見た目は何にも変わっていないのにじっとりと手のひらに汗をかいているのが分かる気がした。
手を放して手汗をズボンでぬぐおうと静の手から離れようとした。
「手は離しちゃ駄目よ」
ぴしゃりと拒絶されてしまった。
静とつないだ手のひらの部分が、どんどんじっとりしていく感覚がしてヴェルは困ったように眉をハの字に下げた。
「そんなに手汗が気になるのかしら?」
「そりゃ……気にならない奴なんていないと思うけど」
「仕方ないわね……」
ふぅっと一つ息を吐くと、ヴェルの手を掴む力を緩めた。
スルリと静の手から解放された手のひらを、ゴシゴシと自分のズボンの太もものあたりで拭いた。
手汗でぺたぺたとしていた手のひらが、それだけで少しさっぱりしたような気がするのは、おそらく気持ち的な問題が大きいのだろう。
ホッと胸を撫でおろすと、前を歩く静の方に視線を向けた。
「……ほら。行くわよ」
ヴェルを見て歩いていた静と目が合い、スッと差し出されたのは左手だった。
ヴェルは少しだけためらうも、すぐにどうしようもない事に気付き差し出された彼女の左手を右手で握り返した。
逃げたくても逃げられない。
逃れようと思っても、静は逃がしてくれない。
ヴェルに用意された選択肢は、たった一つ。静の望むままに――――。
それは、雪のためでもあったからこそヴェルは耐えることが出来ていた。
「さて……雪ちゃんは寝てるかしらね?」
「……さすがに起きていたら俺達が近づいてきた時点で顔を出してきそうな気もするけどね」
「それもそうね」
テントの中の音はヴェルの生活魔法のおかげで外に漏れることはない。ただ、外の音は中に丸聞こえなのだ。
つまり、雪が起きていたとしても外にいるヴェルと静には知りようもないが、中にいる雪には外にいるヴェルと静の会話は筒抜け……ということだ。
「……うん。やっぱり寝ているみたいね」
テントの入り口をゆっくりと開けて中を確認すると、テントの中央に背を向ける形で横になっている雪の姿があった。
静が来た時に寝やすいように縮こまって寝ているようで、二人で寝るには少し狭いはずのテントなのだが静の寝るスペースはかなり十分なスペースがあった。
仰向けで二人いかないくらいが寝られるようなスペースがある。
それは、静が仰向けで眠った場合、雪に触れることなくゆっくりと眠れる十分なスペースだ。
「……静ちゃん?」
眠っている雪を見つめたまま微動だにしない静を見て、ヴェルは疑問の声を小さく上げた。
けれど、静はヴェルの方を振り返ることはしない。
「おとなしく眠れているみたいだし、俺もテントに戻るよ……?」
そう言ってヴェルが一歩後ろに下がった。ザリ……と地面をする音がした瞬間、制止する声が聞こえた。
「駄目よ」
「…………え?」
そのまま踵を返して自分のテントに向かおうと思っていたヴェルは、素っ頓狂な声を上げてぴたりと止まった。
踵を返せない。背中を向けられない。ヴェルの目は真っすぐに静の背中を見つめるしかなかった。
「駄目よ、ヴェルくん。まだ、戻っちゃ」
「なん、で?」
雪の様子はもう見終わったはず。大人しく、静かに眠っている雪を見てヴェルも静も安心した。それで終わりだったはずだ。あとは起きたら二人に報告するだけの話だったはず。
なんで引き留めるのか、という疑問が脳裏をよぎる。だが、同時にヴェルの脳裏にはもう一つの考えがよぎっていた。
(まさか……)
そう思いたかった。予感が外れてほしい気持ちでいっぱいいっぱいだった。
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