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第2章【交わる二人の歯車】

14罪 在りし日の過去を垣間見よ・1⑩

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「ショックで喋れなくなってしまったのなら、無理に声を出す必要はありませぬ。ですが、この白卯にだけは……姫様の涙を拭わせてください」

 白卯の胸に顔を押し付け、ゑレ妃は泣き続けた。頭を優しく撫で続けてくれる白卯の優しさとぬくもりに包まれながら、涙が枯れるまで流し続けた。

* * *

「ここで暮らしていくからには、自分の身は自分で守れるように戦う術を学んでもらうぞ」
「でも、わたしっ」

 五歳くらいの幼い少女の前に仁王立ちで立ちふさがるいかつい男。男は周りから“親方”と呼ばれていた。彼の発言に、静の前世である少女――ハルナは非難の声を上げた。けれど、親方はそんな非難の声を気に留めることなくハルナを見下ろした。

「幼いというのは言い訳にならん!」
「……っ!」

 親方の大きな声はびりびりと耳に響くほどで、幼いハルナには恐怖心を覚えさせるには充分だった。けれど、それでも恐怖だけで終わらないのはふとした瞬間に見せる笑顔があるからだろう。
 怖いだけじゃなく、優しさも兼ね備えているというのがよくわかる親方に、ハルナは口ごもる。

「お前、命からがらここまで生き延びてきたんだろう?」
「……そう、だけどっ」
「それとも、死にたかったのか?」
「そ、そんなことない‼ かあさまのためにも、しねない!」

 この場に、ハルナの母親はいない。それはつまり、ここへたどり着く道中で命を落としたという事だ。ならば、死にたくないのなら護身術を身につけなければどうすることもできない。自分の周りの者を巻き込んで、死なせて、後悔し続けるわけにはいかない。

「なら、お前のすべきことは一つだ!」
「うー……っ」

 身を守る術を学ぶという事は、生半可な事ではない。辛いこともたくさんあるし、大変なこともたくさんある。それをハルナはよく理解していた。だからこそ、悔しそうに下唇を噛み唸り声を上げた。

「悔しいなら守れるようになれ。自分の生まれを恨むんじゃなくて、それをすべてひっくるめて自分の力にしろ」
「わたし……しにたくない。みんなも、しなせたくないっ」
「なら、頑張れるな?」

 大きな優しくてごつごつした手が、ハルナの頭を撫でた。そのぬくもりに、ハルナは口元をぎゅっと紡ぎ、大きく頷いた。

「ハルナ、がんばれる! おやかた!」

 その一言に、親方は表情を緩め大きく笑った。そして、その親方が取りまとめる義賊・光の柱の一員にハルナはなった。
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