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第1章【はじまりのモノガタリ】
4罪 静の不安④
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塔での昼食も夕食も、とても美味しかった。おそらく食材は私たちの世界とは違うのだろうけど、それでも美味しく食べられたのは味が、触感が、匂いが、私たちの世界の料理と似ていたからだろう。違いと言えば、少しこちらの世界の料理の方がピリ辛だという点かな。
「おっふろっ♪ おっふろ♪」
旅の間はヴェル君の生活魔法で身綺麗には出来るけれど、お風呂にはいれるのは塔にいる間だけ。私はワクワクとした気持ちを抑えきれずに浴場へ向かって螺旋階段を下りて行った。
「……だわ」
「……ん?」
歩いていると聞こえてきた声に歩みを止めた。そこは応接間となっている場所だった。
「……真兄さん、私……凄く不安だわ」
「静、俺が付いてるから大丈夫だ」
縋り付くような震えた静の声と、そんな静を安心させるように呟くしっかりとした真兄の声。覗き見するのも、立ち聞きするのも悪い事だって分かっているのに、私はそこから動けなかった。動けないどころか、応接間の入り口からこっそりと中を覗き見てしまった。
彼らが仲がいいのは分かっている。否、真兄が静を思っていて、静が真兄を頼りにしていることは知っていた。だから、この会話だって予想通りだし、分かり切ったことだ。なのに、縫い付けられたように動けない。
不安なのは真兄も静も私も同じ。私もあの中に入りたかった。静や真兄を頼りにしたかった、静に頼りにされたかった、真兄に大切に思われたかった。だけど、私はあの中には入れない。
「なぜ七つの大罪は私たちだったのかしら……」
か細く呟く静の声が、静まり返った応接間に響く。
「私たちじゃなければ、あの世界で静かに暮らしていけたのに……こんな事に巻き込まれることはなかったというのに……」
「ああ……そうだな。ただの俺と、ただの静でありたかったな」
平穏だった生活は、ほんの数日前までだった。ある日突然その通常が瓦解した。静の言葉と真兄の言葉が私の胸にも重くのしかかった。
「でも、こうなってしまったんだ。受け入れるしかないだろう、静」
「そうだけれど……」
ぽん、と真兄が静の頭を撫でた。優しく慈しむようなその手付きに、見ている私もじんわりとしたものを感じた。
「……闘う事になるという事は、死ぬ可能性がある……ってこと、でしょう?」
「……そう、だな。ヴェルの話では平穏に記憶を取り戻すことは出来なさそうだ」
「私は……死ぬことが怖いわ。だけど、それよりも……」
震えた声でぽつりぽつりと話し始める静は、真兄の胸元の服をぎゅっと掴んだように見えた。そして、ゆっくりと顔を上げて真兄を真っすぐ見つめた。二人の視線が絡み合っているのが遠巻きでもわかる。
「……真兄が死んでしまうんじゃないかって……それが、とても怖いの」
「…………静」
少し間を開けてから真兄が静をぐっと抱きしめた。どんな表情をしているのかは分からない。けれど、きっと、真兄は辛そうな表情を浮かべているんじゃないかと。静は泣きそうな顔をしているんじゃないかと思った。
「……大丈夫だ。俺は死なない。静も……死なせない」
どんなに気丈に振る舞っていても、静も女の子だ。怖くないわけがない。もちろん、私だって怖い。それはきっと、誰もが同じだと思う。
知らない世界。知らない人。知らない事。そんなものに出くわして、命が脅かされるかもしれないなんて事になって、なんとも思わない人間は絶対にいない。
「……聞いちゃ、いけない事……だったかな」
二人の雰囲気を見て、私はいたたまれない気持ちになった。私の前では、いつも気が利くしっかり者な面を見せている静の弱い所。それをこんな形で見てしまったのは“いけない事”をした気分だった。
お風呂……いこ。
一度目を閉じ、呼吸を整えて私は踵を返すように応接間の入り口から遠のいた。
「おっふろっ♪ おっふろ♪」
旅の間はヴェル君の生活魔法で身綺麗には出来るけれど、お風呂にはいれるのは塔にいる間だけ。私はワクワクとした気持ちを抑えきれずに浴場へ向かって螺旋階段を下りて行った。
「……だわ」
「……ん?」
歩いていると聞こえてきた声に歩みを止めた。そこは応接間となっている場所だった。
「……真兄さん、私……凄く不安だわ」
「静、俺が付いてるから大丈夫だ」
縋り付くような震えた静の声と、そんな静を安心させるように呟くしっかりとした真兄の声。覗き見するのも、立ち聞きするのも悪い事だって分かっているのに、私はそこから動けなかった。動けないどころか、応接間の入り口からこっそりと中を覗き見てしまった。
彼らが仲がいいのは分かっている。否、真兄が静を思っていて、静が真兄を頼りにしていることは知っていた。だから、この会話だって予想通りだし、分かり切ったことだ。なのに、縫い付けられたように動けない。
不安なのは真兄も静も私も同じ。私もあの中に入りたかった。静や真兄を頼りにしたかった、静に頼りにされたかった、真兄に大切に思われたかった。だけど、私はあの中には入れない。
「なぜ七つの大罪は私たちだったのかしら……」
か細く呟く静の声が、静まり返った応接間に響く。
「私たちじゃなければ、あの世界で静かに暮らしていけたのに……こんな事に巻き込まれることはなかったというのに……」
「ああ……そうだな。ただの俺と、ただの静でありたかったな」
平穏だった生活は、ほんの数日前までだった。ある日突然その通常が瓦解した。静の言葉と真兄の言葉が私の胸にも重くのしかかった。
「でも、こうなってしまったんだ。受け入れるしかないだろう、静」
「そうだけれど……」
ぽん、と真兄が静の頭を撫でた。優しく慈しむようなその手付きに、見ている私もじんわりとしたものを感じた。
「……闘う事になるという事は、死ぬ可能性がある……ってこと、でしょう?」
「……そう、だな。ヴェルの話では平穏に記憶を取り戻すことは出来なさそうだ」
「私は……死ぬことが怖いわ。だけど、それよりも……」
震えた声でぽつりぽつりと話し始める静は、真兄の胸元の服をぎゅっと掴んだように見えた。そして、ゆっくりと顔を上げて真兄を真っすぐ見つめた。二人の視線が絡み合っているのが遠巻きでもわかる。
「……真兄が死んでしまうんじゃないかって……それが、とても怖いの」
「…………静」
少し間を開けてから真兄が静をぐっと抱きしめた。どんな表情をしているのかは分からない。けれど、きっと、真兄は辛そうな表情を浮かべているんじゃないかと。静は泣きそうな顔をしているんじゃないかと思った。
「……大丈夫だ。俺は死なない。静も……死なせない」
どんなに気丈に振る舞っていても、静も女の子だ。怖くないわけがない。もちろん、私だって怖い。それはきっと、誰もが同じだと思う。
知らない世界。知らない人。知らない事。そんなものに出くわして、命が脅かされるかもしれないなんて事になって、なんとも思わない人間は絶対にいない。
「……聞いちゃ、いけない事……だったかな」
二人の雰囲気を見て、私はいたたまれない気持ちになった。私の前では、いつも気が利くしっかり者な面を見せている静の弱い所。それをこんな形で見てしまったのは“いけない事”をした気分だった。
お風呂……いこ。
一度目を閉じ、呼吸を整えて私は踵を返すように応接間の入り口から遠のいた。
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