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第4章 1年の締めくくりと次のステップ ~青い1日と温かな雪~

49時間目 鏡花水月

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俺は、黒沢さん家にて宮浦にやられた傷の手当てをうけていた。
「いっ! ぐぅ……!」
「はいはい。高校生だから痛いのは我慢してね~♪」
ニッコニコの笑顔で言う神谷さん。
そう言われても無理があるだろ。
痛いのは苦手です。誰かこの二十歳のお姉さんの暴走を止めて。
「あ、の……おかえりなさい」
知らない女子が居る。
誰だ?
「舞花ちゃん、ただいまー! それにしても、高橋君、この子舞花ちゃんね」
「め、女郎舞花です。あなたが、高橋君?」
「お、おう。そうだけど」
なんで女郎は俺の事知っているのか、それが謎だった。
「私、じつh……」
「そういや、高橋君」
女郎の会話を横切る神谷さん。
なになになに?!
ちかいちかいちかい!
俺、こんなに女性に近づかれた事ねぇよ!
まぁ、モテないからだけどさ!
「な、なんすか?」
耳元に近付いてクスリと微笑む神谷。
鳥肌がたつ。
やべぇ、変な気分になるからやめてほしい。
「この子、君が大好きな小春ちゃんが連れてきたみたいよ」
その言葉を聞いたとき、脳が一瞬機能しなくなった。
「なっ、はっ、えっ? なんで知って……!」
やっと脳が動いた。
なに?森山が連れてきただって?
いやいやいや……。
え?
俺の脳内はオーバーヒートしている。
顔面を真っ赤にしながら後ずさり。
ニヤニヤと笑う神谷さん。
うわぁ、この人悪趣味だわ……。
「いいわねぇ。青春だわぁ」
この人の情報収集能力をバカにしていた!
やられたわ!
「はいはい、動かないのー!」
「イタイイタイ……。殴らないでください」
傷口付近にグーで殴るってどうなのよ?
「オイ、敦志、いけるか?」
来た、救世主。
ありがとうございます。
神谷さんのグー攻撃は止まった。
俺は黒沢センパイに現在の体の様子を伝える。
「血は止まりました。でもフツーに動かしたら痛いですね。数日はギブスしてた方がいいと思います。あと、制服買い替えないといけないですね」
制服クソたけぇよ。
俺覚えているんだもん。
「その心配はたぶん無用だァ。見ろ。孝木のやつだが、別に嫌じゃなきャあげるが。どうするンだ?」
え?
なに?
黒沢センパイは清王高校の制服を取り出す。
まじか!
これ、くれるの?
「そりゃ、貰えるなら欲しいです。出来るだけ親に知られたくないので」
「ンじゃあ、決まりだな。ほれ、やるよ。あ、クリーニングにはだしてるから安心しろよ~」
「ありがとうございます!」
「あ」
「なんすか?」
「その対価に」
グイと顔をこちらに引き寄せる。
長いまつげは少し男を惑わせ……なんて事はないな。
イケメンだった。
やっぱりイケメンだった。
「はよ、バイトこいよー」
「な?」
「りょ、了解っす……」
「な」の部分だけ強調するのやめてください。くっそ怖いので!



        ※※※※※



『ここは、どこだろうか』
辺りを見渡すと、快晴の空が広がっているどこかの児童公園。
だけど、脳がすぐにどこかを伝えた。
あぁ……。ここは。
カナとの思い出の場所。
僕らがお互いの全てを知った場所であり、僕らが決別した場所。
指先に伝う懐かしい感触とヒノキの良い匂い。
僕が座っているこのベンチで、よくカナとアイスを食べていたな。
それは、もう叶わない。
加奈。
僕は、どうすればよかったのかな。
【だまれ。クソ野郎】
心の中は、後悔の言葉で塗りつぶされる。
【ふざけるなよ】
怒りは通りすぎると、後悔に変わる。
知識として知っていたのに。
子供の笑い声。
その方向を見る。
『……!』
昔の僕。
それもまだ幼い頃の。
そして、横にいる女の子は僕を好きになってくれたカナ。
あぁ。
どうしてだ。
頬が熱い。
走馬灯のように想い出が飛び交っている。
あの、楽しかった時間は、もう無い。
『っー!!』
涙が止まらない。
止まってくれない。
これは夢なのか。
幻覚でも見ているのか。
このベンチから立ち上がる事は出来ても、前には進めない。
まるで、鏡に映った美しい花を見ているように、水面に映った月を見ているようだ。
なにをしようと、とれないし、戻れない。


  ー鏡花水月な僕らにさよならをー



       ※※※※※




真っ白な天上。
家。
誰の家だ。
ここは、黒沢さんの家か。
僕は、連れられてきた。
自分がおかれている状況を少し把握した。
「あっ、起きた」
薔薇さ……ん?
なんかいつもと声が違いませんか?
「おはようございます……」
「まだ寝ときなよ」
「お言葉に甘えさせていただきます」
体中が痛い。
「すいれーん! 山内君起きたよー!」
起きた……。
そうか。
やはり、あれは夢だったのかも知れない。
僕は薔薇さんに気付かれないように静かに涙を流した。
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