上 下
127 / 207
7章 貴方に縋る

7-14 甘く切ない想い

しおりを挟む
 客室の床に滅びた人間が一人。。。
 イーティの手紙の束を読んでしまい、この状態になっている。
 過剰摂取しました。

「手紙で人を殺せるっ。さすがイーティ」

 手紙が目に入ってしまうとバタバタと悶え死ぬ。
 心配を綴る手紙なのだが、それすら甘い文章が並ぶ。
 家族にすら心配されない人間には劇薬だ。
 惚れるよっ。すでに惚れてるけどっ。

 イーティから最初にもらった手紙とともに宝物として、保管しておかねば。
 これだけで生きていけるよ。
 死んでも良いくらいだよ。

 問題は。。。

 これの返事を書けと?
 いやもう、文才のない俺には無理、無事です、としか書きようがないのだが。
 心配かけてごめんなさいっ、とでも書いておこうか。

 もうルイジィが取りに来ちゃうよ。
 何書こ?何書こ?
 いい文章がまったく思い浮かばない。

「、、、オルト様、高級絨毯が敷かれているとはいえ、なぜ床に突っ伏しておられるのですか?」

 ルイジィが不思議そうに俺を見ている。
 もう来ちゃった。
 不法侵入者が。
 このくらいの屋敷ならなんてことはない、皇帝の影にとっては。

「イーティへの返事が難しい」

「バカでもアホでもオルト様からのご返事ならイーティ様は大喜びしそうですけど」

 ルイジィの目にはイーティがどう映っているんだ?
 それって、アルティ皇太子のことじゃないのか?
 実は似たもの兄弟だったとか?

「真面目に書きたい」

「貴方のために愛の逃避行中でーす、愛しのハニーより、って書いておけば良いのでは」

「、、、」

 半目でルイジィを見る。
 真面目って帝国では別の意味になるのだろうか。
 理不尽国家だしなあ。
 帝国は皇子たちが襲った国々に対して、皇子たちが勝手にやったことだとして今もなお賠償金なんか一切払っていない。
 ウィト王国には皇子らの世話料として多額のお金をお支払いいただいたようだが、賠償金としてではない。
 さすがは帝国。

「心配かけて、いや違うな、無事だから安心して、も違うかなあ。イーティに渡した指輪の魔法の盾が消え失せない限り、俺は無事です。手紙ありがとう、嬉しいです。宝物として扱います。オルト。でどうかなあ」

 書き書き。
 俺が床で手紙を書いていても、生温かい笑顔で何も言わないルイジィ。

 アルティ皇太子が床でこんなことしていたらどうなるのかなあ?
 ルイジィはアルティ皇太子の教育係でもあるからなあ。
 はてさて。
 気づかないフリして踏みそう。
 
 封をして。

「こ、これを、、、」

「最強の盾をここまで弱らせるなんて最強ですねえ、イーティ様」

 ルイジィが手紙を受け取ると、パタリ。
 意外とこの絨毯暖かいなあ。

「ここで寝ると風邪ひきますよー」

「幸せなまま死ぬ」

「風邪でも拗らせれば大事ですからねえ、、、ところで、イーティ様の手紙をたたんで持っていこうとしている魔法の盾たちがいるのですが」

 ちっこい魔法の盾たちが、んしょんしょと頑張っているよ。
 見慣れて来ると可愛くなるでしょ。

「宝物は隠しておかないと」

「そうですね。同意します」

 ルイジィ、生きた人間は隠しておけないぞー。
 特にどこかの皇太子はー。

「あと、こちらが魔力硬化症の治療薬です。瓶のラベルに書かれている通り、一日朝夕食後の二回一錠ずつです」

「ありがとう、ルイジィ」

 ルイジィが瓶を渡そうとした先には、魔法の盾がいた。ルイジィから受け取る。

「万能ですね、魔法の盾」

 褒められたと思ったのか、瓶を受け取った魔法の盾は照れながら机の裏に隠れる。

「では、オルト様、ソイ王国でお会い致しましょう」

 ルイジィが部屋から去った。

 人が去るときはどんなときでも寂しいものだ。
 いつも見送っていた気がする。サイを、シンを、スレイを。
 一緒にいてほしいと願いながら、バーレイ侯爵家から帰っていく姿を。

 手を伸ばせなかった。
 羨ましかった。
 帰れば、家族がいる友人たちが。

 俺にはどうしようもない。
 俺がいる場所には家族はいなかったのだから。
 帰れる家はどこにもなかった。




「イオの旦那、お世話になりました」

 グジ一行はイオさん邸から旅立つことにした。
 この付近に騎士団の姿が少なくなったからだ。

 イオさんとマーレさんには妹の薬がこの国で見つかったので、治療魔導士は必要なくなったと告げた。
 国が違えば特効薬があるものだと頷いていた。
 騙しているわけではなく、本当のことだ。
 薬があれば、俺はいらない。
 グジたちにとっても。

 俺も屋敷で十三人を見送る。

「寂しくなるわねえ」

「彼らは賑やかだったからな。妹さんが良くなれば、また来てくれると言っていたじゃないか」

「そうね、早く元気になればいいわねえ」

 イオさんもマーレさんもグジの妹の病の名を知らない。
 不治の病と聞いて病名を聞くのを躊躇ったのか、それとも。

 見送った俺をセバスがじっと見ている。
 厄介なご主人様に慣れているからだろうか。そういう空気を感じ取ったのか。

「何か?」

「いいえ」

 セバスは屋敷の中に入っていった。
 けれど、セバスの視線は常にあった。
 イオさんの書斎に行くと、とりあえず離れる。彼にももちろん仕事があるので、見張り続けるわけにもいかない。イオさんの書斎は三階。逃げるならば階下に下りて来ると踏んでのことだ。

 おそらくイオさんとマーレさんは飛行魔法も使えないし、身体能力もそれほど高くない。
 旦那様たちの習慣にどっぷりと浸かったセバスはさすがに三階では窓から逃げないだろうという判断だろう。
 書斎の窓のそばには高い木も存在しない。

 悲しいことに、ここでも次期最強の盾は落ちこぼれというバーレイ侯爵の言葉が生きているのだ。

 貴族や国の役人は、俺が小さい頃からバーレイ侯爵から言われ続けてきた言葉を耳に刻み込んでいる。
 それは一朝一夕で払拭されるものではない。
 三階の窓からは逃げられないと俺は思われている。

 魔法の盾が俺に宛がわれていた部屋からイーティからの手紙を運んでくる。
 服は助けてくれた御礼だとして与えてくれたので、ありがたく受け取っていこう。全裸で走り回るわけにもいかないので。
 着てきたズボンは結局見つからなかったので捨てられてしまったのか?
 アレは闘技大会用のために作ってくれた服だったから、ものすごく動きやすかった。
 マイア様も俺をただ飾り立てていたわけではない。機能面もいいものなので、たとえ色褪せても使用し続けたかったのだが。

「では、お世話になりました」

 書斎には誰もいないのだが、一礼して。
 三階の窓の桟に足をかけ、一気に飛び出す。

 窓辺でちっこい魔法の盾が一枚、手ではなく角の一つを振っている。
 適当な時間になったら、イオさんたちにお礼を伝える係である。お世話になっておきながら、書き置き一つ残さないのは心苦しい。
 ただし、残してしまえば、たとえ一筆でも俺がいたという証拠が残ってしまう。
 ゆえの魔法の盾。
 俺の身元は明かしていないのだから、何も証拠が出なければどうにもならない。

 前国王夫妻をどうにかできる人物もこの国ではそうそういないと思うけど。


 地面に柔らかく着地する。
 すでにイオさんの屋敷の敷地外だ。

 彼らとは王都の南の街で落ち合う。
 ソイ王国に向かう街道に沿って行けば追いつけるかもしれないが、とりあえず頭に黒い布地を被る。
 この銀髪はどこの家の者かすぐにわかってしまう。

 ようやく次の一歩に進める。
 イーティに会うために。
 手紙の封を開けたとき、イーティの香りが少し舞った。
 彼が表の人間だとわかる行為だ。
 裏の人間はニオイを何一つ残さない。ルイジィなんてその筆頭だが、わざと香りをつけているときは反対に要注意だ。彼らの行為は何かしらの意図があるのだから。

 その香りはイーティに会いたいという思いを募らせる。
 けれど、盲目にはなりたくない。
 最大限の注意を払って、俺はイーティに会いに行くべきだ。

 最強の剣の矛先がイーティに向かないように。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

その男、有能につき……

大和撫子
BL
 俺はその日最高に落ち込んでいた。このまま死んで異世界に転生。チート能力を手に入れて最高にリア充な人生を……なんてことが現実に起こる筈もなく。奇しくもその日は俺の二十歳の誕生日だった。初めて飲む酒はヤケ酒で。簡単に酒に呑まれちまった俺はフラフラと渋谷の繁華街を彷徨い歩いた。ふと気づいたら、全く知らない路地(?)に立っていたんだ。そうだな、辺りの建物や雰囲気でいったら……ビクトリア調時代風? て、まさかなぁ。俺、さっきいつもの道を歩いていた筈だよな? どこだよ、ここ。酔いつぶれて寝ちまったのか? 「君、どうかしたのかい?」  その時、背後にフルートみたいに澄んだ柔らかい声が響いた。突然、そう話しかけてくる声に振り向いた。そこにいたのは……。  黄金の髪、真珠の肌、ピンクサファイアの唇、そして光の加減によって深紅からロイヤルブルーに変化する瞳を持った、まるで全身が宝石で出来ているような超絶美形男子だった。えーと、確か電気の光と太陽光で色が変わって見える宝石、あったような……。後で聞いたら、そんな風に光によって赤から青に変化する宝石は『ベキリーブルーガーネット』と言うらしい。何でも、翠から赤に変化するアレキサンドライトよりも非常に希少な代物だそうだ。  彼は|Radius《ラディウス》~ラテン語で「光源」の意味を持つ、|Eternal《エターナル》王家の次男らしい。何だか分からない内に彼に気に入られた俺は、エターナル王家第二王子の専属侍従として仕える事になっちまったんだ! しかもゆくゆくは執事になって欲しいんだとか。  だけど彼は第二王子。専属についている秘書を始め護衛役や美容師、マッサージ師などなど。数多く王子と密に接する男たちは沢山いる。そんな訳で、まずは見習いから、と彼らの指導のもと、仕事を覚えていく訳だけど……。皆、王子の寵愛を独占しようと日々蹴落としあって熾烈な争いは日常茶飯事だった。そんな中、得体の知れない俺が王子直々で専属侍従にする、なんていうもんだから、そいつらから様々な嫌がらせを受けたりするようになっちまって。それは日増しにエスカレートしていく。  大丈夫か? こんな「ムササビの五能」な俺……果たしてこのまま皇子の寵愛を受け続ける事が出来るんだろうか?  更には、第一王子も登場。まるで第二王子に対抗するかのように俺を引き抜こうとしてみたり、波乱の予感しかしない。どうなる? 俺?!

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

弟、異世界転移する。

ツキコ
BL
兄依存の弟が突然異世界転移して可愛がられるお話。たぶん。 のんびり進行なゆるBL

魔王様の瘴気を払った俺、何だかんだ愛されてます。

柴傘
BL
ごく普通の高校生東雲 叶太(しののめ かなた)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。 そこで初めて出会った大型の狼の獣に助けられ、その獣の瘴気を無意識に払ってしまう。 すると突然獣は大柄な男性へと姿を変え、この世界の魔王オリオンだと名乗る。そしてそのまま、叶太は魔王城へと連れて行かれてしまった。 「カナタ、君を私の伴侶として迎えたい」 そう真摯に告白する魔王の姿に、不覚にもときめいてしまい…。 魔王×高校生、ド天然攻め×絆され受け。 甘々ハピエン。

処理中です...