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2章 令嬢たちは嫉妬する

2-21 憧れの君と3 ◆ネオ王子視点◆

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◆ネオ王子視点◆

「あ、あの大丈夫ですから、殿下は会場にお戻りになってください」

 ソフィア・カートン伯爵令嬢の顔はまだ青白い。
 王城の舞踏会会場に近い私の控室でソフィアを休ませている。
 事件の報告のメモ書きはここにいる私にも来るので問題はない。

 ソフィアは私の婚約者だ。
 その選択に第二王子である私の意志は関係なかった。
 そして、第三王子であるクオが羨ましいと思っている。
 多少の自由が与えられている彼に。

「私と一緒では休まらないかもしれないが、今、護衛を分けるのも心配だ。しばし休んで、状況が落ち着いたら部屋に送ろう」

 ソフィアに気の利いた言葉も言えない。
 狙われたのは彼女だ。
 ただし、第二王子の婚約者だから。
 今後は令嬢以外の貴族の当主や夫人たちとやり合わなければならない立場となる。
 私の婚約者でなければ、彼女は平穏な生活を送れただろうか。

 彼女はこの国の生贄も同然だ。
 王太子には強い後ろ盾を、第二王子には謀反を企てないようほどほどの後ろ盾を用意した。
 第三王子は私より甘やかされている。
 彼の婚約者候補には公爵家の令嬢から伯爵家の令嬢まで用意されている。
 しかも、バーレイ侯爵家まで。
 彼が望めば、バーレイ侯爵家が後ろ盾につくことも夢ではない。

 ずるいと思ってしまうのは、己が未熟だからか。

 ソフィアがチラリと私を見た。
 私は従者に指示して、水や果物を用意してもらう。

「ここにオルレア殿がいれば貴方も多少は安心するだろうが、今回の主役を騒ぎのあった会場から遠ざけることはできない。すまないな」

「い、いえ。あの、聞いてもよろしいでしょうか」

 奥ゆかしいソフィアだ。
 質問するのもお伺いを立てる。
 コレが今の私たちの距離だ。

 学校の敷地にある小屋でソフィアが襲われたとき、利用されたのは私の名だ。
 彼女が私の命令を拒否できるわけもなく、怪しいはずの小屋への呼び出しにもソフィアは応じてしまった。
 ソフィアの卒業を待って婚約発表をする予定だったが、残念ながらそこまでの時間もないようだ。
 今回、ソフィアを襲った犯人自体は捕まったが、王族の一員になる以上、王族がソフィアを守るという意志表示をしなければならない。
 そして、ソフィアの護衛を増やす必要がある。

 それはソフィアの自由が制限されるということに他ならない。

「答えられる範囲のことなら」

「舞踏会の最中、オルレア様に何を話されたのですか」

「乗馬に誘った」

「二人乗りで出掛けられるのですか?」

「は?」

 つい素で聞き返してしまった。
 何を言われたのか、一瞬で理解できなかった。
 二人きりで、ではなく、二人乗り?

「二人乗りで」

 また言った。
 ソフィアはあのオルレアに馬で助けられたんじゃなかったっけ。愛馬もいるんだし一人で乗れることを知っているよな?

「、、、オルレア殿は一人で騎乗できる。しかも、婚約者でも血縁者でもない私と二人乗りはオルレア殿も嫌だろう」

 ソフィアが離れたソファからじっと私を見ている。

「もちろん、従者も護衛もいるから二人きりということはない。安心してくれ」

 デートに誘ったと思われたか?
 それとも、ソフィアの憧れのオルレアと、私が一緒に出掛けることを嫌がったのか。

「彼が私とどうにかなることはないし、邪魔が入らないところで二人で話がしたかっただけだ」

 ソフィアがクスリと小さく笑った。
 何かおかしなところがあったか?

「殿下が彼とおっしゃったので」

「え、」

 無意識だった。
 注意はしていたのだが。ふとしたところで漏れるのは気をつけなければならない。
 なぜバーレイ侯爵家の双子が入れ替わっているのかわからないが、彼と話すのならば今しかない。

 ソフィアはオルレアが王子様姿なので、つい私が彼と言ってしまったと思ったようだ。
 周囲もそう思ったはずだ。

 私はソフィアの横に座り直した。
 護衛や従者に聞かせる話ではない。

「ああ、今日は彼がいてくれて助かった。あの舞手たちは貴方だけでなく国王陛下まで狙っていたのだから」

「え?」

 今度はソフィアが、え、と言った。

「本物の舞手たちは控室で気絶していた。確かに本物の舞手はソフィアを狙うよう指示されていたが、あの場にいた彼らは金で雇われた者たちだ。王族や婚約者たちを殺すよう依頼されていた」

「そんな」

 私はさらに声を落として言う。

「オルト・バーレイがオルレアに扮してこの場にいてくれなかったら、かなりの大惨事となっていただろう。秘密裏に動いているようだから表立って彼の名前は出せないが、本当にありがたいことだ」

 私の他にも気づいている者はいる。
 弟の親衛隊隊長のキュジオなんて自分の魔剣を彼に向かって投げたくらいだ。
 オルトは簡単に扱っていたが、オルレアの魔力では魔剣は扱えまい。

「そ、それは私が聞いてよろしかったのですか」

「キミはすでに一度、彼に救われているからね」

 聡い彼女はすぐに私に視線を向けた。

「まさか、あのときのオルレア様は」

「オルレアだったらキミは助かっていないし、キミの危機にも気づかれなかっただろうね」

 その事実を急に突きつけられ、ソフィアの視線は宙を彷徨った。
 彼女の息が整うのを少しだけ待った。

「キミも気づいているんだろう。オルレアは転んだ女子生徒を助け起こすことはできても、危険な状態で人命を救う能力までは備わっていないことを」

 オルトはソフィアからの礼も何も必要ない。
 助けたのは自分だと名乗ることもしない。

 それでも、一生ソフィアが勘違いし続けるのは、私が嫌なのだ。

 オルレアの実力を考えれば、他人の力を借りなければ不可能なことだ。
 ソフィアはオルレアを見続けてきた。
 彼女の王子様を過大評価もしなければ過小評価もしない。

 ソフィアは現実主義者だ。
 オルレアの実力は痛いほどわかっているはずだ。
 夢や空想の話は別次元の話である。

「、、、お話はわかりました。けれど、殿下はなぜ私にその話を?」

 私はソフィアに柔らかく微笑む。

「そうだね。私は共犯者が欲しかったんだよ」

「共犯者?」

「この王国でオルト・バーレイを支えるための」

「王妃殿下がいらっしゃいました」

「あら、ネオ、近づき過ぎよ。婚約者が可愛いからといって、まだ公表もされていないのよ」

 母が入室してきた。
 会話が途切れたが、ソフィアは考えておいてくれるだろう。
 すべては結婚後の話なのだから。

「お、王妃殿下、」

 ソフィアがソファから立ち上がろうとした。

「ソフィアさんは座っていらして。今日はあんなことがありましたもの。ゆっくりカラダを休めないと、あんなことを企てる令嬢たちに負けてしまうわよ」

 違和感があった。
 狙われていたのは、母もだ。
 それなのに、まるで。

 父である国王は母に真実を告げなかったか。

 つまり、公表されるのは第二王子の婚約者である伯爵家令嬢が狙われた、ということまでにするつもりのようだ。
 事件は令嬢の嫉妬によって引き起こされたと。
 あの国王の親衛隊隊長はその令嬢を可哀想に思い、令嬢への恋慕をにおわせて、令嬢との共犯という扱いになる可能性が高い。

 そして、事件の詳細を発表するときに、私の婚約者名も一緒に公表するのだろう。

 国王の親衛隊隊長に成りすましていたのは誰なのか。
 それの手がかりすら、この国の誰もつかんでいない。
 その事実まで公表することは国の威信にも関わる。

 成果のない調査は、民意が離れる危険性もはらんでいる。

 母は少し会話して、ソフィアの体調が回復しているのを確認すると。

「ネオ、ソフィアさんを部屋までしっかり送って差し上げなさい。王城の警備体制は見直したと報告が入ったわ。もうそろそろ舞踏会も終わるから、その前に」

「わかりました。ソフィア、部屋まで送る」

 手を差し出すと、ソフィアは小さい手をのせた。

「ありがとうございます」

「仲が良いことは喜ばしいことだけど、結婚までは自重しなさいよ」

 母とは控室の前でわかれて、ソフィアを部屋まで送る。
 護衛たちは一定の距離を取りながら、私たちの前後にいる。

「今日はゆっくり休んで。明日からいろいろ事情を聞かれると思うから」

「はい、殿下。おやすみなさいませ」

 ソフィアが部屋に入ったのを見届け、数人の護衛を扉の前に残し、通路を戻ろうとした、そのとき。

 バタバタと走っていく人影が。
 舞踏会会場の方へ向かっている。

「くっそー、あんにゃろう、会場にいるときにさっさと言っておけばいいのに」

「隊長、実は嫌われているんじゃないですかー」

 キュジオ隊長一行だった。

「あー、無駄足を踏んだーっ」

 怒りを撒き散らしてキュジオが消えていった。
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