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2章 令嬢たちは嫉妬する

2-19 憧れの君と1 ◆クオ王子視点◆

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◆クオ王子視点◆

 何もできなかった無力感の方が大きい。
 家族を守るわけでもなく、オルレアを守ったわけでもなく、誰かを守れたわけでもない。

 他の王子も何もしていなかったと言われればそうなのだが、オルレアの活躍を目の前にして、自分はカラダを張ることもできない自分に気づいただけだ。
 オルレアは女性だ。
 バーレイ侯爵家で多少の訓練は受けただろうが、剣は騎士以上の腕前ではないと聞いていた。
 そんな彼女にすべてを頼り切ってしまった。

「クオ王子殿下、ご体調がすぐれないようでしたら、奥でお休みされては」

 キュジオ隊長はすでに会場にいない。親衛隊も騎士団も動ける者は調査に走っている。
 ここに残されている私の親衛隊はキュジオに信頼されていない者たちだ。
 平民というだけで隊長の実力を認められない者たちである。

 それでも、私を守るためには充分な戦力であり、私を守るのならば、ある程度の実力を発揮するので、キュジオはこの場に置いていっている。基本的に王城にいるときの私を守るのも彼らだ。使えるときに使わなければいつ使う、とキュジオは言っている。他の警備に守られている王城で守れなければ意味がないとまで。
 一応、キュジオはああ見えて、仕事に関しては責任感はあるのだ。

「いや、国王陛下も兄たちも奥へと行ってしまった今、王族がこの場に誰もいないのは問題がある。私は大丈夫だ」

「出過ぎたことを言いました。何かありましたらお申しつけください」

 彼らは壁際に去っていった。

 舞踏会は予定通り進めるが、裏では緊急会議を開くことになった。
 さすがに国王陛下を守る一番の要の国王の親衛隊隊長が他人に成りすまされていたのだから。
 国王陛下も王太子も出席だ。
 第二王子は出席しないが、婚約者が狙われていたのだ。控室で休ませ、そばで寄り添いたい気持ちもわかる。

 演奏が再開されている。
 気分を変えるために、軽快な曲だ。
 私の気分は憂鬱だが。
 表情に出さないようにしなければ。

 叔母上の元へ行く。
 息子のレオと一緒にいるのを見つけた。
 とりあえず声をかけておこうと思ったのだが。

「あら、残念、遅かったわね」

「え?」

 意味がわからなくて、にこやかな叔母上を見る。
 叔母上が視線を向けた先には。

「は?」

 サイ・モルトがオルレアの手を引いていた。
 サイのリードで踊り始めた。

「誘えば良かったのに」

「叔母上が邪魔したんでしょう」

「あらあら、オルレアが私をエスコートすると言っても、ずっと一緒に踊っているわけではないことを貴方は知っていたでしょうに。一曲くらい誘っても良かったんじゃない?ヘタレね」

 ぐっ。

「つまり、サイ・モルトはオルレアを誘ったと」

「オルレアは女性パートを踊るのが嫌そうだったけど、応じているのだから仲良いわよね、あの二人」

「本当にお似合いですよね、あの二人」

 スッと会話に入って来たのはソニアだった。
 ソニアの視線はずっとオルレアに向いているが。

 お似合い。。。

「ふふっ、お似合いよねー」

「本当にお美しい。まるで絵のようで、しっかりと見届けないと後でどやされそう」

 この二人と会話していると、心臓が潰されそうだ。
 そりゃ、身長差もあって似合っていると思うよ。
 悔しいけれど。

 あのときオルレアが援護を頼んだのはサイだった。
 彼女にとって頼れる男は、サイなのだろう。

 そして、今も楽しそうに踊っている。長い銀髪が軽やかに舞っている。

「お似合いじゃ、ありません」

 小さい声で反論したのはレオだった。キュッと両手を固く握りしめている。

「あら、レオはそう思わないの?」

「思いたくありません。成長したら、私の方が似合う男になりますっ」

「よく言ったわ。それでこそ私の息子。そのくらいの意気込みがなければ、好きな人は振り向いてくれないわよねえ」

 叔母上、それは私を見ながら話すのやめません?
 私に向かって言ってません?

 表情は変えなくても、私はグサグサと傷ついていますよ。

 オルレアは私の婚約者候補だが、オルレアを正式に婚約者にするには茨の道だということはわかっている。
 まず、他の貴族がうるさい。黙らせる必要がある。
 娘を溺愛するバーレイ侯爵も敵に回る可能性すらある。
 長男のクリストに最強の剣は譲っても、まだまだバーレイ侯爵として実権を握っている。
 オルレアにふさわしくないと判断したら、王子でも切り捨てそうだ。

 王子といえども、思い通りにはいかない。
 ただでさえ苦難の道だ。
 覚悟を決めなければ、その道を選択することすらできない。
 それでもなお、オルレアとともに歩んでいけるのなら。
 二人で越えていけるのなら、それは面白い人生になるのではないかと思える。

 ただ、前提として。

「オルレアは誰が好きなのかな」

 ふと口から漏れてしまった。
 声にしてしまっていた。
 漏れてしまった言葉は口には戻らない。
 叔母上の目がニンマリと笑う。

「ほほーん、確かにそれが一番大切なことよねー。ね、ね、ソニアは誰が一番オルレアの好感度が高いと思う?今の時点で」

 興味津々ですなあ、叔母上。
 私も聞きたいけど。

「ええっと、それは男性陣の話で?」

「そうねえ、、、でも、まずはオルレアが親密な付き合いをしている女性っているの?」

「学校内には親友、親しい友人と呼べる女性はいらっしゃらないようですね。我々の王子様を演じていらっしゃるので、憧れの対象としての一線を越えませんから」

 演じる、か。
 私が見ている姿も演じている姿なのだろうか。

「じゃ、次は男性陣ね」

「最近仲が良いのは、三人いらっしゃいます」

「あら、三人もいるの」

「そこで一緒に踊っているサイ・モルト公爵令息、一緒に剣の稽古をしているシン・オーツ伯爵令息、同じく高い頻度で剣の稽古をしている騎士団長の息子のスレイ・フラワー様といったところでしょうか。以前はオルレア様の剣の稽古に付き合っていたのは別の方々が多かったようでしたが」

 サイ・モルトは候補に入っていると思っていたが、オルレアが好きと思しき人物があと二人もいるのか。
 だが、侯爵家の交流関係を考えれば順当な人物か。

「その中でオルレアが一番大好きーっって思っているのは誰?」

「私の主観となりますが、一番気安く喋っていらっしゃっているのがシン・オーツ様と見受けられます。同じ年齢ということもありますが、オルレア様の破顔頻度が高いと思われます」

 、、、キミも大概だよ。そんなのずーっと見ていなければわからないよね。
 オルレアのストーカーかな?
 同性だからって許されていいのかな、それ。

「あと、つい最近で言えば」

「え、まだいるの?」

「殿下の親衛隊のキュジオ隊長がオルレア様と仲良くしているかと」

 キュジオかあー。

「、、、それは護衛だから。私がオルレアを守るように命令したから」

「それだけでしょうか。三人と同じく愛称で呼んでいるのを聞くと、特別感がにじみ出ている気がします」

 確かに、オルと呼んでいたな。
 キュジオは無意識に呼んでないか?
 あまりにも自然に呼んでいて、オルレアもごくごく普通に応じている気がする。。。

 羨ましいと思わないわけではない。
 私がオルって呼んでも、オルレアは応じてくれるだろうか。

「そうねえ、オルレアって剣が強い人、好きそうだものねえ」

 叔母上はしみじみと言ったが。
 キュジオ、シン・オーツ、スレイ・フラワーはそれに該当するのだが。

「、、、その中に、剣が強くない人物が一人交じっていますが?」

「サイは魔法の腕が良いからかしら。強さでいえば一番強いとも言えるわね」

「サイ・モルト様が笑顔になるのは妹君とオルレア様の前だけです。そして、オルレア様を守るための行動ができるのもポイントが高いですね」

 、、、ソニア、キミの調査、どこまで行っちゃっているのかな。
 大変参考になるけど。

 オルレアを守るための行動か。
 私は今回、及第点を取ることができなかった。
 それだけは目をそらしてはいけない。
 今後の課題となる。

 ソニアは私たちの会話中、ずっと視線を逸らさずオルレアを見ていたけど。

「オルレア様っ、格好良いですっ」

 曲が終わり、ソニアが声を上げた。
 オルレアが気づいて近くにやって来た。サイ・モルトは妹のところに戻ったようだ。

「それはありがとう。でも、女性パートはもういいや、踊りたくない」

 うっ。
 叔母上、ポンと肩に手を置かないでください。

「それでも言わせてくださいっ。とても素敵でしたっ」

「そう?じゃあ一曲踊る?私が男性パートになるけど」

 オルレアがソニアに手を差し出した。
 途端に。

「ソニアっ」

「うわっ、大丈夫かっ」

 叔母上と私が叫んでしまった。
 ソニアは鼻血を流して打っ倒れた。

 一瞬でも、ソニアのこと羨ましいと思ったのに。
 オルレアに手を差し出されたソニアがずるいと。

「子猫ちゃん、少し休んだ方がいいかもしれないね。今日はいろいろあったから無理はしない方が良いよ」

 オルレアがソニアに声をかける。
 ソニアにとってオルレアの過剰摂取は毒のようだ。
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