解放の砦

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4章 闇夜を彷徨う

4-15 好意を利用するのは難しい ◆ルイ視点◆

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◆ルイ視点◆

 なーんでいるのかな、と思った。
 魔の大平原で魔物が大量発生した数日後、穏やかな昼過ぎのメルクイーン男爵家のアミールの部屋に、にこにこと笑顔でやって来た。営業スマイルということは見て取れる。

「リアム、私に会いに来てくれたのか?嬉しいねー」

「ええ、隣のリースの様子を見に来たついでに」

 まず軽口でリアムの様子を探ったが、ついで?

「兄上、兄上、僕も頑張ってます」

「ああ、偉いな、アミール。そのまま勉強を頑張ってくれ」

 リアムは弟アミールの頭を撫でる。
 が、完全に獲物は私だ。。。その目は私をしっかりと見ている。
 完全についで、じゃないだろう。反対に、ついでであってほしかった。ついでであることを切望する。

「さあーって、ルイ・ミミス。俺が言いたいことはわかるか?」

 笑顔がどんどん黒くなる。
 本当にこの子、どこまで俺のことを知っているのかな?もう本名まで行きついているんじゃないかと思える口振りだ。
 どうやって調べているの?
 王都に砦の冒険者は派遣されていないよねえ。

「できれば、口に出してもらいたいね」

「クジョー王国の王族が砦に手を出す気なら、こちらにもそれ相応の考えがある」

「、、、それは宣戦布告か?」

「俺は砦を守る。お前らが何もしなければ、俺も何もしない。それだけだ」

 、、、この子は。
 ナーヴァルが言っていたのを覚えている。リアムの母親の遺言、最後の言葉だ。砦を守れ、ただそれだけのためでも、リアムは相手が王族だろうとも喧嘩を買おうというのだ。

「宣戦布告ととらえるかは、お前ら次第だ」

「クジョー王国に喧嘩を売って勝てるのか」

 私の問いに、リアムはただ笑顔だ。

「勝てないのなら、皆を巻き込むのは得策とは言えないと思うけど」

「敵となる可能性のある人物にこれ以上の情報を渡す気はない。砦を利用しようと考えるなら、お前らもそれ相応の対価を差し出せ。俺は労力も金も時間も知恵も出さない者の言葉は何一つ聞かない。話はそれだけだ」

 ゾクリと背筋が凍った。
 十二歳の子供ができる目なのか、コレは。
 深い闇を見てきた者の目だ。言っては悪いが、母親が死んだだけでこんな目ができるようになるのか?

「じゃあな、アミール、勉強の邪魔したな」

「いえっ、兄上、いつでも来てくださいっ」

 笑顔でリアムを見送るアミール。
 アミールの目にも、あのリアムの目が見えていたはずなのだが、私と見えているものが違うのだろうか。
 リアムは長居は無用とばかりに、さっさと去っていった。自分の家でもあるのに。

 私はアミールに課題を与えて、長考に入る。

 リアムは完全に私に釘を刺しに来た。
 侯爵家ではなく、私にだ。
 クジョー王国の王族の問題であることを知っているからこそ、私の方に来た。
 クリスの方へ行ってくれていれば、まだ可愛げがあるというのに。
 無理な話か。
 リアムは最初から、私が偽名を使っていると知っていたのだから。

 侯爵もクリスもあの一件に対処した。
 リアムに気づかれないわけはないと思っていたが、その上で、私の方に来るとは。。。
 あー、やだやだ。

 砦を利用しようと考えるなら、か。
 何の考えもなしに砦を取りこめるならば、私にとって砦は何の価値もなかっただろう。
 けれど。

 今、王都では極西の砦は人気がある。
 徐々に王都の貴族が知り始めた。
 商品も、情報も。
 リアム・メルクイーンがメルクイーン男爵家の長男ではなく、三男だということも。

 クジョー王国の現国王はすでに高齢だ。
 彼には後継ぎがいなかった。
 年の離れた王弟が国を継ぐものだと思われていた。
 だが、後妻を娶った。そして、念願の息子を国王は手に入れた。
 現在、その王子はリアムのたった一歳年上。
 リアム・メルクイーンが男爵家の長男だったら問題はなかった。王子より年上なのだから。

 そう、一歳年下のリアムが魔の大平原の砦を管理し、あの誰も成し得なかった魔物販売許可証の分厚く難解な書類を国に通した。
 どんなに王子が神童だと言われていたとしても、霞む。さらなる神童がこの国の極西に存在しているのだ。
 王子はリアムに劣る。
 正しい情報が伝わるにつれ、貴族の間ではより鮮明となった。
 誰も表立って言わないが、この王子は国を背負い立つことができるのかと疑問を持っている。
 リアムはまったく知らないことだが、王都で王子はいつも比べられている。何か噂が出る度に歯痒い思いをしている。

 一泡吹かせたい、と思っただけだろう。
 この行為には何の益もない。
 あの子はまだ子供だ。
 ちょうど利用できる駒があったから利用した、ただそれだけのことだ。

 けれど、リアムのあの目はクジョー王国の王族を敵と見なした。
 この行為のせいで、味方にはならなくなった。
 あくまでも、砦に何もしなければ、何もしない。完全に彼の意志表示がされてしまった。
 これがどれほどの不利益を生んだか、あの子供はわかりもしないのだ。国王として相応しくないと周囲の大人から判断されても仕方ない。

 そして、元々メルクイーン男爵領では王族に対して良い感情を持っていない。
 この領地を冒険者の男爵に放り投げ、何もしない歴史があまりにも長かった。

「ルイ先生、」

「あ、終わりましたか」

 私はアミールの課題を見ようとする。

「兄上はまず試そうとする人間を嫌いますよ。ルイ先生もしっかり嫌われましたね」

 明るく言われた。。。あの兄なら、弟も弟だ。。。

「その場では表情には出しませんが、ある意味でものすごく出てますが、後で、アイツは何様のつもりなんだと言ってますからねえ」

 ものすごく出ている表情というのは営業スマイルということなのだろう。

「で、オチがつくわけですよ。あーそうそう貴族様だった、と。そういう教育を受けてきた人間だから仕方ないが、お前はああなるなよ、と兄上の言葉は続くわけです」

「そういう教育ねえ」

 なぜ、そういう教育をリアムが知っているのだろう。
 恐ろしいことにリアムはそういう教育どころか、何の教育も受けていない。
 砦の図書室に置かれている蔵書はすべて調べ上げた。彼がすべての本を読んでいたとしても、知識量がおかしい。どこにも載っていないことを知っている。
 他の冒険者たちに聞いたのでは、と普通では思うのだが、冒険者はそもそも書類書きが嫌いだ。ある一定の情報は教えることができるにしろ、魔物販売許可証の書類を書き上げる知識を持っているわけがない。そんな本もどこにもない。

 そして、なぜリアムはクリスに複写と自動筆記の魔法のことを聞いたのか。
 ナーヴァルもリージェンもリアムがその魔法を探しているとは聞いたことはなかったようだ。
 つまり、クリスはピンポイントで尋ねられてしまったわけだ。
 本当にリアムはなぜ知っている。
 王都にいる高位貴族であれば、特殊魔法はとりあえずハーラット侯爵に聞けば、どの家が権利を持っているかわかるだろう、と見当はつく。

 しかも、交換条件は侯爵が絶対に飲むものだった。飲まざる得ないものでもあったが、絶対に無理となるようなものではなく対応可能な範囲内でおさまっているからこそ成立した。
 一つだけではなく、二つの特殊魔法。
 人気があるか、というとそこまでではない。欲しい人だけが欲しがる魔法である。
 そして、クリスの目の前で、リアムは自分が使いやすいように素早く改変までしてしまった。
 特殊魔法って、改変できる余地がないほど作りこまれたものだからこそ、特殊魔法って言うんだぞ。だからこそ、権利料が発生する魔法なんだぞ。リアムの常識はどこに散歩に行っているんだ?

 アレでリアムは完全に侯爵に気に入られた。侯爵はそういうギリギリの交渉を持ちかけられることが好きな困った人間だから。そして、さらに予想の上を行く人間が大好物なのだ。
 まだ、直接会っていないのだけが救いだ。
 会ったら最後、リアムに嫁になってくれとか言いそうだ。
 リアムは、は?ふざけるな、とか言い返しそう。

 リアムは砦の守護獣様の嫁なのに。
 あの威圧感が凄まじい守護獣を平気に肩へとのせられるのも、リアムだからこそか。いや、リアムには圧を向けていないのだろう。

「ねえ、アミール。あの兄上に好かれる方法ってあるの?」

「、、、母上ならば」

「私はリアムの母上にはなれないよねえ。他には?」

「そんなものがあるのなら、僕が知りたいです」

 うう、、、母上の前例があるから難攻不落ではないにしろ、その母上がいない現在ほぼ難攻不落じゃん。

 リアムの好意には頼れないということだ。
 私に対するリアムの答えは出た。
 リアムに協力を求めるなら、それ相応の対価を差し出さなければならない。労力か金か時間か知恵を出せ、と彼は言った。




 んで、その数日後、クリスが珍しく笑みを湛えていた。
 ナーヴァルが街の外れの侯爵邸に遊びに来たというのだ。

 ナーヴァル、、、大変な人物に恋心を抱いてしまったな。
 クリスがニヤニヤしている。
 こいつ、絶対リアムにバラして、リアムの反応も楽しむ気だ。。。
 リアムは予想を裏切るから、やめておいた方が良いと思うぞ。
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