解放の砦

さいはて旅行社

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3章 闇のなか

3-8 床屋にて

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「むやみやたらに素人が他人の髪を切るんじゃない」

 ナーヴァルが床屋の店主に説教され始めた。
 俺はナーヴァルの行きつけの床屋に連れて来られた。
 俺の頭を見た床屋は引きつった笑顔で、鏡のない席に俺を座らせた。

 本当にどんな髪型にされたんだろうな。

 俺の髪を切っている間、ナーヴァルはずっと説教されていた。

「領主様や上の二人はうちに来るけど、そういや、リアム坊ちゃんははじめてだな。アミール坊ちゃんも来たことないよな」

「俺たちは母上に切ってもらっていたので」

「、、、ああ、そうなのか。よし、できたぞ」

 今度こそ鏡を見せてもらえた。
 短くすっきりとした。これくらい短くなれば、次までの期間を稼げるだろう。いっそ坊主に?洗うのも楽になるかな?それとも、魔法で髪を切れないだろうか。髪なんか伸びなくてもいいのに。

「ありがとうございます」

「気に入ったか?さて、ナーヴァル」

 店主がナーヴァルを呼ぶと、ナーヴァルがお金を払った。

「ナーヴァルさん、ありがとうございます。助かりました」

「は?リアム坊ちゃんはあんな髪型にされて、もっと怒った方が良い。コイツに助かりましたなんていう必要なんかないぞっ」

「いえ、今、俺はお支払いできるお金を持っていないので」

「今日はコイツが払ったが、別に手持ちがなくとも後で男爵家に請求するから大丈夫だぞ」

 クズ親父は俺の髪のカット代を払うのだろうか。
 自分で払えと言われる気がする。
 というより、何か言われるのでさえ嫌だ。
 あんな奴と関わりたくない。

「今日はありがとうございました」

 俺は頭を下げて、すぐに床屋を後にした。

「坊ちゃん、髪が短くなり過ぎたか?悪かったな」

「いえ、助かりました。短い方が髪をしばらく切らないで済むので助かります」

 ナーヴァルは顔をしかめた。

「坊ちゃん、さっきからその助かりましたって何だ?」

「え?俺にはお金がないので、できるだけ短い方がありがたいんです」

「いや、何で金がないんだ?お前は俺たちが魔の大平原に行かないように見張っているのに、いつのまにか出て魔物を討伐しているだろう。弱い魔物であっても多少なりとも自由に使えるお金はあっていいはずだ」

「さすがにまだアミールは小さくても五人も男がいるんです。あれぐらいじゃ、うちの日々の食費で消えてしまいます。もうそろそろ洗剤とかの消耗品がなくなってしまうので、もう少し魔物を討伐しておかないと」

「は?」

 ナーヴァルがより怖い顔になった。
 俺は言葉をとめた。
 ああ、言わない方が良かったのか。

 何で本当のことを言ってしまったのだろう。
 ナーヴァルが砦の財政状況を知っているからか。クズ親父が住民の税金を砦に回していないことを。母上が討伐した魔物の買取り代金が砦の運営費になっていたことを。

「坊ちゃん、家でどういう扱い受けているんだ?」

「普通ですよ。大丈夫です」

 そう、大丈夫。
 どうせ他人に言ったところで何か状況が変わるものでもない。
 反対に変に介入されてややこしいことになるのも厄介だ。
 他人に期待したところで、何も返って来ない。
 前世のように。




「すっごく短くなりましたねー。リアムさん」

 砦長室で迎えてくれた補佐が言った。

「砦長は二度と他人の髪を切ろうとは思わないようにっ」

「散々、床屋の店主にも言われたぞ」

「当たり前ですっ」

 今回、俺はナーヴァルを擁護しなかった。藪蛇になることがわかったからだ。
 砦長室で俺はすぐに書類を書き始める。
 早くこの仕事を終わらせないと、魔物討伐ができない。お金がないと、母上が倒した魔物を売らなければならなくなる。それだけは嫌だ。

 食事を用意しなければ、文句だけ言われるのだろう。
 母上がいないあの家になぜ戻らなければならないのか。
 成人するまでの辛抱だ。
 成人すれば、家からもあのクズ親父からも離れられる。

 クズ親父が死ねばよかったのに。
 もしくは、クズ親父も死ねばよかったのに。

 そうすれば、俺は孤児として砦にいられる。
 砦の冒険者として、あの家に帰らずに済む。
 領地内の孤児ならば、この砦は受け入れたはずなのに。

「おおっ、リアム、髪が短くなったな」

 リージェンさんが珍しく夕方にもなっていないのに出てきた。

「はい、サッパリしました」

「アミールは管理室の方か?」

「今日から家庭教師がつくそうなので、もう砦には来ません」

「そうか。下手な家庭教師より、リアムに教育してもらった方が賢く育つと思うが。お前たち兄弟、ソックリだからな」

 ソックリとははじめて言われた。
 アミールは母似なので俺と全然似ていない。

「いや、行動が。お前は母上母上ーとついていってたし、アミールは兄上兄上ーと同じようについていってたし、兄弟だなーと思っていたよ」

「そうですか、似ていましたか」

 似ていたのか、俺たちは。
 けれど。
 今後、かけ離れたものになるだろう。

「たまには砦に遊びに来いって伝えておいてくれ」

 これが社交辞令かどうか、俺には判断がつきかねる。
 本当ならただ適当に受けておいて、アミールに伝えず俺のところでとめておけばいい話だ。

「リージェンさん、大変申し訳ございませんが、その言葉を俺が伝えることはできません」

「え?」

 俺は立ち上がった。
 深く追及されるのも面倒だった。
 何もかもが面倒だったとも言える。

「リアム、どこに行くんだ?」

「今日の書類作業も終わりましたので、魔の大平原に」

「おい、ちょっと待て」

 リージェンが俺をとめる声が聞こえたが、追いかけては来なかった。
 ナーヴァルにとめられたか?

 いつものように数匹の魔物を倒して、収納鞄に入れた。
 今日買う野菜と明日のパン代になるように。
 今は俺が倒した魔物の肉が料理に使えるが、高く売れるようになれば、お金にしても良いだろう。
 アイツらはそこまで肉が好きなわけでもない。
 うちの食卓には魚は並ばない。釣りをする時間もなければ、買うお金もない。


 夕方、薄暗くなって、俺は砦から帰途に着く。
 母上がいなくなった。
 弟も取り上げられた。
 けれど、アミールはその方が幸せだ。
 俺では弟を養育するお金を準備することができない。自分一人でも難しいのに。

 自分を愛する家族を、アミールが手に入れることができるのなら。

「リアム坊ちゃんっ、具合でも悪いのかっ」

 大声で駆け寄る声が聞こえた。
 ああ、俺、帰る途中に、道端で蹲っていたのか。
 もう暗いから見逃してくれれば良かったのに。

 顔を上げると、酒屋の店主だった。空のリヤカーを引いている。
 この土地では馬車は高価な代物だ。貸し馬車もあるが、特に距離もなければ人力で運ぶ。砦に納品する街の店は近いので、相当な量でもない限り大抵は人力のリヤカーだ。

「、、、こんばんは。砦に酒を納品してくれたんですか。ありがとうございます」

 立ち上がって頭を下げる。

「こんなときに挨拶しなくて大丈夫だ。顔色が悪いぞ。家まで後ろに乗っていけ」

「大丈夫です。少し休んでいただけです。どうぞ先に行ってください」

「八歳児が遠慮するなっ」

 軽々と持ち上げられると、リヤカーに乗せられた。
 まだまだ八歳児だから軽いよな。
 それでも、降りなくては。

「すいません。俺、今、手持ちがなくて」

「リアム坊ちゃんからは取らねえよ。魔物の販売許可証のことで皆、というか俺もだけど、はしゃいじまってよ。今までそういうことをする男爵家の当主もいなかったからな。悪いとは思っていたんだ。リーメルさんが亡くなったばかりだってのに、忙しくさせて無理をさせてはいるなーと。まあ、リアム坊ちゃんたちの顔を見たいと思う街の人たちも多いから、口実で押しかけたヤツらも多いんだが、皆、砦に店を持ちたいと考えているのは本当だぞ」

 酒屋の店主は俺の頭をポンポンとたたくと、家の前に降ろしてくれた。
 リヤカーが見えなくなると、俺は歩き出す。冒険者ギルドに。
 少しカラダがふらついたがどうにかなる。
 帰りに野菜を買って、家に辿り着く。

 カラダが重かった。

 洗濯物を取りこむ。
 食堂に入ると、汚れた食器がテーブルの上に残されていた。
 食器を洗い片付けると、夕食を食べる気力もなかった。
 そのまま風呂場に行き、かけ水をする。
 母上もいないのにお湯にする意味もなかった。
 カラダを拭くと、台所で洗濯物をたたむ。シワになっているものは魔法で伸ばす。

 ああ、疲れた。

「おい、風呂場の水がお湯になっていないぞ」

 クソ兄貴ジャイールが台所にやってきた。

「だから、何だ」

「お前は可愛い弟のアミールにもかけ水させて何とも思わないのかっ。風邪を引いたらどうするっ」

「アミールが風邪を引いたのなら、お前たちは医者を呼ぶんだろ」

「は?当たり前じゃないか」

「かけ湯にしたいのなら魔法なり薪を買って沸かすなり自分たちで勝手にしろ」

 俺は台所を去り、自分の部屋に入る。
 クソ兄貴と会話したせいで、余計にカラダが重くなった。
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