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2章 夢渡り

2-18 大団円、夢の中では

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「ぎゃあああああっっ」

 叫び声が響いた。
 三女が押し潰されている。
 飛竜ボボの足に。

 そりゃ、ここまで騒げば中庭にいてお昼寝、というには夜だな、とにかく生垣に隠れて寝ていたボボだって目が覚める。
 ルーシェ大好きボボがルーシェのために行動するのは目に見えている。

「ボボ、」

 ルーシェにとっては救い。

 けれどさあ、ボボよー、ここはルーシェの決断を優先させてやろうぜ。
 ルーシェにホッとさせてはいけない。
 他者が何もかもやってくれると勘違いさせてはならない。

 ここは現実じゃない。
 だからこそ、剣でもって家族と決別できる。
 ルーシェにとって深層心理でケリをつけなければならない家族との絆だ。
 コレは他者を頼ってはいけない。
 だから、皇帝さんも三女に手を出さない。

 ルーシェは甘い幻想など、この世には、いや、あの家族には存在しないことを自覚しなければならない。

 ボボが踏んづけた三女をルーシェに突き出した。
 やれば、できる子だ、ボボっ。
 語り部さんは感動っ。

 顔も血だらけ、ドレスも土まみれになった三女は地面に突っ伏したままルーシェを睨みつけた。

「ル、ルーシェ、貴方は私たちに育ててもらった恩を忘れたのっ」

「貴方に育ててもらったことはないし、貴方から受けた恩もない」

 普通なら姉弟ならば、遊んでもらった美しい思い出等々が多少なりとも存在するはずなのだが、この家族は普通ではない。
 両親が育児放棄しても、肉体的には普通に育つのは使用人を雇っているおかげである。
 一応食事は出てくるのだから。

 ルーシェには三女から虐げられた過去しかない。
 繕うことを知らない幼かった三女には、長女や次女のように頭がまわらない。ずる賢さが足りなかった。

 だからこそ、この夢で生贄に選ばれた。
 ルーシェにとって一番決別しやすく、一番恨んでいる家族だから。

「さようなら、姉さん」

 ルーシェは剣を握る。

「まっ、待ちなさいっ」

 今度はルーシェが姉の声を聞くことはなかった。
 その剣が空を切ることはなかった。




 それはあの家族との決別。
 今までのルーシェができなかったこと。


 あんな家族でも、ルーシェは剣を落として泣いた。

 夢の中だけでも幸せな夢さえも見せてくれない三女の責任なのだから、ルーシェが泣く必要がまったくなくとも。
 皇帝さんも同意見のようだが、それでもルーシェにとっては家族だったのだ。

 皇帝さんもボボもルーシェが泣くのをとめなかった。
 ルーシェは泣き続けさせた。
 嗚咽がおさまって来ると、皇帝さんがルーシェの肩を叩き、立たせて抱きつかせた。

 身長差がないので、俺の胸で泣け、とは言えないのが悲しいなあ、皇帝さん。

 肩を貸すぜっ、だな。
 皇帝さんがルーシェの背中をぽんぽんと叩く。叩き続ける。
 二人が新しい家族になってくれればいい。
 本当の意味での。

 皇帝さんがどんなに亭主関白、、、独裁の皇帝だったとしても、シルコット前公爵家よりはマシだろう。
 マシなのかな?
 マシだと思いたい。
 うん、皇帝さんよ、語り部さんを睨むくらいなら、行動で示して。

「ルーシェ、」

「はい、」

「帰るか」

「はいっ」

 皇帝さんの言葉に深い意味はないのかもしれない。
 けれど、皇帝さんの帰るかは、ルーシェにとって大きい意味を持つものだったらしい。
 ルーシェが笑顔で返事をする。

 ボボもルーシェの顔に頬ずりする

 
 さて、放置プレイ中のクルリン。
 三女が死んだら騎士も消えたので、床に座り込む。
 良かったね。
 解放を一緒に喜ぶ者はいないが、クルリンは幸運を感謝する。
 クルリンは夢渡りなので、他人の夢で死んでも死ぬ。
 夢渡りはそれを覚悟して他人の夢に居座っているのだから、特に問題はないだろう。

 クルリンは外見も人なので、現実にお持ち帰りが可能だ。
 夢渡りなんて希少種、洗脳するほどの力がなくともクエド帝国には有益だ。

 ほーら、皇帝さん、逃げる前に捕まえないと、ボボの夢渡りの印も消してもらわないと。

「くそっ、語り部っ、お前、人使いが荒いなっ。皇帝を顎で使うなんて覚えていろよっ」

 語り部さんが命令しているわけじゃあないんだけどなあ。
 有益な情報をタレ流してあげているだけだよ。
 ウィンウィンの関係だと思うよぉー。

 クルリンは逃げる前に、皇帝さんに首根っこをつかまれました。

「ううっ」

 皇帝さんから逃げ出したい気持ちもわかるけど、クルリンも皇帝さんに雇われた方が生活が楽になるよ。

「はあっ?俺がコイツを雇うのか?何のためにっ?」

「えっ、雇ってくれるんですかっ?夢の中で命の危機に怯えなくて済む」

 急にキラキラお目目で見られたら、皇帝さんも対応に困るよね。
 夢というのは、今の時代、そんなに住み心地が良いものではなくなってしまったのである。
 住環境の悪化だね。
 ニースイルズのように人の姿をしていないのなら難しいが、クルリンのように人のままの姿なら現実世界に戻れる。

 そして、夢というのは大抵の人は無防備だ。
 深層心理を探るという点では、洗脳までできなくとも有益な情報屋なのである。

「そういうことか。魔法で内面を取り繕っていても、夢渡りの存在が夢物語の今なら調査し放題というわけなのか」

 皇帝さんが少々黒い笑顔になってきてしまった。

「い、衣食住が確保される。嬉しい」

「、、、衣食住って、お前、どんな劣悪な環境にいたんだ?」

 さすがに、帝国が雇ったら衣食住は保障される。
 ギャンブルとかで湯水のようにとろかさない限り、普通に生活できるレベルの給金はもらえるはずだ。
 帝国は軍事国家なので平民でも成果を上げる者には高い金額を払う。

「夢を意のままに操れない者が、夢に住むのはけっこう大変なんですよ。食事も食べられるときに食べないと即座に消えるし飢えるし」

 大変だったんだねー。
 同情はしないけど。
 彼はそこから出る選択も可能だったのだから。

 夢に住まう者たちというのは何も夢渡りだけではない。
 けれど、それらの生息数もまた少なくなったと言われている。

「よし、雇用条件はトトと詰めてくれ。クルリンはボボにつけた印を消せ」

「はいっ、ただいま消させていただきますっ」

 おおう、皇帝さんの手下が出来上がった。。。
 さすがは皇帝さん。
 クルリンが喜んでボボの印を消している。

 ん?
 何ですか?
 皇帝さんは語り部さんに何か言いたいことでもあるんですか?

 皇帝さんは心の内に浮かぼうとしたものを消す。

「まあ、いい。とにかくルーシェは無事だった。それだけで満足だ」

 ルーシェがその言葉を聞いて嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 良かった、良かった。
 大団円、大団円。

 夢の中では。

「語り部、何か含む言い方だな」

 、、、現実はアレから三日も過ぎてますからね。
 意外と時間経っているでしょ。
 夢だと時間の経過が正確にわからないからねえ。

「え、ということは」

 皇帝さんが嫌そうな顔をした。
 ええ、ええ、想像通り。
 宰相さんとセリア姫が疲労困憊。
 超ド級でお怒りです。

「、、、二人が疲れて寝た頃に起きようか」

 いや、それは難しいかと。
 皇帝さんとルーシェが起きたら、寝ていても叩き起こすように使用人に指示してますから。

「語り部、トトは怒ると怖いんだが」

 存じております。
 今回はルーシェを救えたのですから、甘んじて怒りを受け止めてくださいませ。
 それも友人としての愛情なのですから。

「、、、」

 皇帝さんが語り部さんを見る。
 この頃、気配察知の能力が向上したか?
 黒子語り部さんはここにいないのに。

 皇帝さんが何か言いたそうにするが、考えがまとまらず言葉にできないらしい。
 うん、その想いは永遠に封印しておこうぜ。
 語り部さんは絶対に同意しないから。

「はっ、お前、今の俺の考えがどういうものかわかるのかっ」

 じゃあ、おはようございます。

「ちょっと待てっ、語り部っ」

 待、た、な、い。
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