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1章 白き貴公子と黒き皇帝との出会い

1-12 犯罪のニオイ

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 貴族の結婚は打算の塊である。

 飛竜が乗り手を決めるのは打算ではないと言いたいところだが、飛竜の価値基準において損得勘定する。
 その上で、言おう。
 皇城の飛竜すべてが乗り手に命を預けているわけではないと。

 命までかけてくれる飛竜はごく僅か。
 飛竜がこれぞと決めた相手でなければ、一緒に死ぬまで戦ってくれない。
 どこかで線引きをされる。

 飛竜の乗り手と言っても千差万別。
 戦場で飛竜に見捨てられたら、待っているのは。




 じっと男を見る男。
 ストーカーではないと信じたいが、犯行を狙っている可能性も捨てがたい。

 竜騎士見習のジュー・ゼンは時間の許す限り、ルーシェ・シルコットの飛竜に関わる行動を観察することにした。
 いやあ、私には手に取るようにジューの考えていることがわかるけどさあ、傍から見ている人たちにとってみればジューの行動は怪しさ満点だ。
 観察するってことは、それなりにじっくりねっとり舐めるように見ているということだからねえ。
 意図を知らなければ、超怖え。
 警察、、、ではなく警備隊の元へに駆け込んじゃう案件だ。

 しかも、ルーシェは竜たらしの称号まで得てしまった。
 見習のジューが嫉妬に駆られて、ルーシェに危害を加えるんじゃないかと考えてしまう者たちは多い。
 見習のままなら異動を言い渡す慣例となっている二十歳、その直前にある者たちには注意が必要だ。
 竜騎士になれないのならと自暴自棄に走る若者は多い。特に下級貴族の者に。

 下級貴族は変なプライドだけは高い。

 平民は生活のため異動命令に粛々と従う。
 上級貴族は家が強く、変な行動を起こさないように外では監視しているので問題を起こしにくい。ただ、竜舎内や訓練場等だと部外者が入れないので、なかなかに難しい点もあるようだが。

 ルーシェを観察するジュー、を監視する他の見習、見守る竜騎士たちがいる。
 竜舎の世話担当たちは黙々と自分の仕事をこなすだけだ。
 事件に巻き込まれたくない、というのが平民の正直な気持ちなのは仕方ないことだ。




 ジューよりルーシェは年下だ。
 頭を下げて教えを乞うことが素直にできれば、こんなことにはならなかっただろう。

「お前がやったんだろ」

 警備隊に取り押さえられ、ジューは密かに皇城の敷地内にある取調室に連れていかれた。
 暗く小さい部屋の真ん中にあるテーブルに向かい合って座らされている。
 警備隊の副隊長が前に座っており、後ろには隊員が二人立っている。
 この場に記録を取る者などいない。

「俺じゃねえっ」

「調べは上がっているんだ。お前は最近、ルーシェ・シルコット殿の後ろをつけ回していた。大方、行動パターンでも調べて犯行の機会を窺っていたんだろう」

「違うっ、俺はやっていない」

 ジューは大声で叫んだ。
 叫んだところでどうにもならないが。
 
 クエド帝国は、疑わしきは罰せず、という国ではない。
 処罰された後に冤罪が判明しても、疑わしい行動をしたお前が悪い、ということを平気で言う国である。

 皇帝こそがルールであり、皇帝が白を黒と言ったら黒になる国である。
 皇帝が絶対的権力を持つ国だ。
 だからこそ、クフィールは己を制して生きている。
 皇帝が我がままに振舞ったら最後、この国には皇帝のイエスマンしか生き残らないだろう。
 そういうことを知る者が皇帝でなければ、この国はこの世界に大国として生き残ってはいないのだが。

「誰が仲間なんだ?お前一人じゃ無理だよな。協力者がいたはずだ」

 ジューがまだ拷問という名の暴力を受けていないのは、皇城で同じ釜の飯を食った仲間だから、というわけではない。
 彼を泳がせて、うんうん、皆が言いたいことはわかるよー、この国の警備隊のなかでは拷問をしていないのは泳がせていると同じくらいの意識なんだよ、複数人いるであろう共犯者を一緒に捕まえたいからだ。

「俺はっ、ルーシェの飛竜の鞍なんて触っちゃいねえっ」

「じゃあ、魔法か?」

「ジュー・ゼンはアレを破壊できるほどの魔法は使えないはずです」

「シルコット殿の飛竜ボボの鞍か。せめてクエド帝国で作った鞍だったらなあ」

 副隊長はボソッと呟く。困ったように。

 一番簡単なのは、ジュー・ゼンの単独での犯行だ。
 ジュー・ゼンだけを吊るし上げれば済む問題だ。

 しかし、クエド帝国とサンテス王国では飛竜の鞍のひとつでさえ大きく違うことが判明した。

 見た目こそそう大きくは変わらないが、サンテス王国の飛竜の鞍は相当に重い。
 人一人では持ち上がらない。
 そして、傷つけようにも剣でも槍でもそこそこの腕前では傷一つつかない。
 材料は何だと聞きたくなるくらい丈夫に作られている。

 人にとっては重い物でも、飛竜にとっては問題ない重さだが。
 戦闘に飛竜を使うクエド帝国では最大の武器のスピードを殺しかねない、こんな重くて丈夫、乗り手が快適に座っていられる鞍は使わない。
 クエド帝国では軽くて固定しやすい物が良い鞍と言われている。
 もちろん一人で楽々持てるし、一人でもつけられるように作られている。
 戦闘で使う物だからある程度の耐久性はあるが、剣や槍で突かれたら普通に傷がつく。

 飛竜ボボの鞍は重いので、ルーシェもボボに乗るときだけ鞍をつける。
 それ以外は竜舎の端に置かれていた。
 ちなみにルーシェは軽量化の魔法を使えるので、普通に一人で軽々とこの鞍をつける。


 そう軽々といつも持っていたので、証拠品回収時に持ち上げようとした警備隊の隊員の一人は面食らった。
 動かない、と。

「あ、普通に持つと重いですよー。腰を痛めるので三人ぐらいで持った方が良いですよー」

 というありがたい忠告がルーシェからされた。
 ボロボロになった鞍を見て、別段驚かないルーシェ。
 いつも姉たちにやられていたことだからだ。
 だから、姉たちが手を出せないようにどんどん丈夫で頑丈で重い鞍と進化していったのだが、姉たちを超える人物がここにも出てきたっ、というくらいにしかルーシェは思っていない。

 ルーシェの姉たちは、鞍があるとルーシェが飛竜で空へ遊びに行ってしまう、行かせてたまるかっ、私たちがルーシェで遊ぶんだっ、という我がままで鞍をぶっ壊していたのだが、最初は元気で良いと言っていた親たちも、姉たちは様々な面での出費が激しくなりいい迷惑になってきた。彼女たちが分別がつくであろうほどほどの年齢になってもやめなかったので、さすがに超叱られて鞍を傷つけるのだけはやめるようになったというエピソードがある。


 クエド帝国側はそんな穏やかなものではなく、皇帝が客として招いた人物の高価な所持品に手を出す不届き者がおり、犯人を処罰しなければ帝国の面子が丸潰れだと考えているような警備隊である。
 とにかく早く犯人を上げたい。

 だが、ずっしりとした鞍を見れば、この鞍をズタズタに切り裂くには人の手でも魔法でも協力者がいないと成り立たない。
 竜騎士見習の身体能力も魔法も国側は把握済みだ。
 隠している能力でもない限り、単独犯は完全に無理だと判断せざる得ない。
 しかも、見習の立場では飛竜を動かすことはできない。


 取調室は他の隊員たちに任せて、副隊長は部屋の外に出た。

「あの鞍、人の手で傷つけることができるのか?」

 そもそも論。

 物理的にも超重いし頑丈に作られている上、魔法が何重にも重ねがけされていることが今の時点でも把握されている。
 サンテス王国では飛竜の鞍一つでもこんなに金をかけているのかとうならざる得ない。

 実際はすべてルーシェの姉たちのせいでシルコット公爵家ではこんなに金をかけざる得なかったのだが。
 が、サンテス王国において金持ちの道楽で飛竜を飼っている者もまた鞍にもお金かけるので、サンテス王国内での飛竜の鞍に対してそこまでの大差はない。

 立派な飛竜には見劣りしない立派な鞍をつけたくなるよねっ。

「犯人、名乗り出てくれねえかなあ」

 絶対に叶わない願いだと知りつつも、副隊長の口から漏れていた。
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