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21章 幸福の時間

21-9 膨れっ面の時間

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 おおー、王子の頬がぷっくぷくに膨れている。
 ツンツン突く。
 あー、可愛い。

「レン師匠っ、今日もよろしくお願いします」

「ルタがついて来ちゃったー」

 王子の膨れっ面の原因、ルタが元気よく俺に挨拶した。
 帰りの馬車に乗り込まれたらしい。
 アディ家から来た使用人二人のどちらかが御者なら、彼を馬車に乗らせることはない。ルタは良く人を見ている。。。ノエル家から来たあの素直な使用人の場合、乗り込まれたら王子の友人だから仕方ないかー、とルタの家の御者に連絡を入れて連れて帰ってきてしまう。
 連絡を入れるのは偉いが、ルタの家の御者に頼んで連れて帰ってもらって良いからね。

 師匠呼びは断ったのに、俺を師匠と呼ぶルタ少年。
 余計に王子がぷくぷくになっている。
 どんな王子でも可愛いから許すけど。
 仲良くなったなー。

 さて。
 キミ、跡継ぎじゃないよね?
 聖教国エルバノーンに王子とともに行っても、特に問題ない家柄の人間だよね?
 うちに来続けると、外堀から埋めちゃうよー?

「はっ、レンが黒い笑顔になってる。ルタ、逃げるなら今のうちだよっ」

「え?」

 王子がルタにありがたーい忠告をしたが、ルタはまだその意味をつかめない。
 ククーがいたら、確実にとめているだろうけど。
 ふっ、今ここにククーはいない。
 突発的にやってくるお前が悪い。
 今度の授業参観で、ご両親に挨拶して就職先としてもぎ取ってやるわ。
 ついでに何人か見繕えないかな。口が堅くて王子とともに行動してくれる良い子を。

 三匹の角ウサギたちは、通常は王子とともに馬車の中に乗って帰ってくるのだが、ルタ少年が乗り込むときは馬車の屋根の上に乗って帰ってくる。外の人々は角ウサギが見えているのだが、なぜか注目しない。そういう魔法を使っている。言われてみれば、何か乗っていたなーぐらいの認識しか残らない。

「王子ー、ルタとは今のうちから仲良くしておくんだよー。仕事を押し付ける相手がいれば、自分の仕事が捗るからねー」

「ああ、ホントに黒かった。でも、僕のためかー。そうだよね、レンじゃないんだから、一人でできる仕事には限りがあるよね」

 何かを悟る王子。頷きながら考えている。

「わかったよー、レン、僕がんばるよ」

「、、、王子、やっぱり王子なのか?どこの?」

 決意を新たにしている王子の後ろで、ブツブツ呟くルタ少年。考え事は口にしなくていいんだぞ。
 やっぱり俺は王子を王子と呼んでしまうなー。まあ、いいか。王子は王子なんだし。

 ルタ、キミはそっちの心配より、自分の心配をした方が良いんじゃないか?
 少し先の聖教国エルバノーンは明るい未来ではない。神聖国グルシアにいた方が確実に安全だ。
 地道な努力が必要な、大変な道のりが続く。
 王子一人で進ませるのには躊躇するほどの。

「さあって、魔法の練習でもしようか」

「はいっ、師匠っ」

 元気よく二人が答えた。




 学園があるのは聖都の二等地。一等地の端から割と近い場所にある。
 ほどほどの上流階級の子供たちが通っている。
 本日は授業参観。
 休日なので午前中の二時間のみの授業である。その後に親同士の交流会まで存在する。

 王子の学力はこの学園を卒業できる知識を持っている。卒業試験を受ければ軽々と通過するだろう。
 だが飛び級なしでの年齢そのままの学年に編入した。
 王子の場合は勉強をしにこの学園に来たわけではない。他人との交流のためである。

「王子ー、来たよー」

「レンー、待ってたよー」

 教師が連絡事項を生徒たちに伝え、授業に入る前の微かな準備時間。
 授業参観を見に来た親と話す子供たちも多い。
 この学園の生徒は素直だな。親なんか来なくていいのにー、と悪態をつく子供たちがいない。来てくれた両親や祖父母に感謝している大人びた子供たちが多い。家族が来れずに使用人が代わりに来ていても、感謝の言葉を述べている。この学園には礼儀作法の授業もある。その成果か。

「はっ、レン師匠っ、おはようございます」

 ルタが俺たちに近寄ってきた。

「ルタ、いつも思うけど、その師匠呼びどうにかできないの?」

「師匠が僕の心の師匠である限り、師匠と呼び続けますっ」

 わー、固い決意ー。心の師匠って何だよー。
 そして、ルタは今日も白いマントを制服の上に羽織っているよー。俺、ルタの保護者枠ではないよー。皆さん、勘違いしないでくださいねー。
 後ろで深いため息をククーが吐いている。
 今日のククーは神官服でも、いつものクダけた私服でもない。ヴィンセントよりのキッチリとした服装である。まあ、こういう場だから服装に気をつけた結果だろう。親同士の見え張り合戦もあるようだ。奥様方の煌びやかなドレスは誰が主役なのだろうと思ってしまうほどだ。
 俺はいつもの白いマントなんだけど。

「あっ、あのときのルタの手を切った人だ」

「白マントだ」

「ホントだ、あの魔術師だ」

 俺を見て騒ぎ出す。
 そうだね、ルタと同じクラスなのだから、このクラスの皆があのときの目撃者だ。
 ルタは男の勲章だとか言って、あまり事情を王子に話していないし、俺もそこまで話す気にもなれず話していない。
 クラスメイトで事情を知らないのは、王子ただ一人。ちょっとホッペがぷくぷくになりかけている。
 王子がそんな顔をしても、可愛いだけだ。

「じゃあ、隣の人ってあのときの神官?」

「神官服じゃないけど、あの人だよね」

「ルタが犯罪者にならなかったのはあの神官様のおかげだよねー」

 小さい声で皆が話しているが、端々が大人たちにも聞こえるし、魔道具展から帰宅した子供たちからの興奮した話を幾度となく聞かされた親たちも事情は知っている。
 ルタが持っていた魔道具が呪いを大神官にかけて死亡していたら、ルタに悪意がなくとも一族の未来はなかっただろう。ククーがルタと大神官の間に入ったからこそ、大神官は無傷だった。
 きちんとククーの働きも評価している生徒たち、偉いぞ。

 ちと、事情の知らない人々が彼らの端折った会話を聞くと、微妙に怖いけどね。勘違いされそう。

「王子、もう授業開始だろ。後ろで見ているから、教師に指名されて慌てふためくところも見てみたいなー」

「えー、そんな演技できるかなー」

「王子、レンの言うことなんか真に受けるな」

 ククーがとめた。
 緊張する王子なんてあまり見れないんだから、見たいと思うじゃん。

 俺たちは窓側の後ろから、王子の授業姿を眺めておりました。
 王子が教師にさされて、俺の要望通り多少の演技をしようとしたが、一瞬で諦めて堂々と作文を読んでくれました。




「うちの王子が一番可愛い」

「親バカ発言だな。レン、保護者の交流会はどうする?」

「あー、どうするか。ルタのご両親には一度挨拶をしたいと」

 と言っているそばから、ルタの両親が俺の目の前に来た。
 本日の授業は終了し、子供たちは帰宅の準備をしている。
 子供とともに帰る親や祖父母は一緒の馬車で帰るのだろうが、後の交流会に参加する者たちは別の馬車を用意していなければ子供たちを家に運んだ馬車が戻るまで待たなければならないので、交流会の時間はほどほどに長く設けられている。
 うーん、微妙だな。彼らは俺たちの事情を知るほどの家柄ではない。根掘り葉掘り聞かれても答えようがない。

「あ、あの、子供たちが話しているのを聞きまして、魔道具展示会でうちの息子を助けていただいたのは」

「この、レン師匠ですっ」

 ルタが堂々のポーズを取って、ハッキリと肯定した。
 母親がそのルタの頭をがっしりと掴み、自分のそばに寄せて頭を深々と下げさせた。そして、自分たちも頭を下げる。

「この子は末子の三男でして、いつも教師の話は聞きなさいと注意していましたが、この子や教師から詳しく話を聞いてあのときほど肝が冷えたことはありませんでした。そして、この子の手も元に戻していただき、深く感謝しております」

 父親が話した後、そしてさらに深く頭を下げた。

「いえいえ、ルタにはいつもうちの王子と仲良くしていただいて感謝しております。これからも末永く付き合っていただけると助かります」

「そんな、このルタでよろしければ、焼くなり煮るなりいくらでもご自由に。。。いえ、こちらこそ、ルタには一生をかけても恩義に報わせたいと思います。それほどの奇跡です。あのとき、貴方の判断がなければ、ルタはここには存在していないのですから」

「え、良いんですか。じゃあ、ルタが成人したら、王子の家臣としてください」

 早めに両親の言質取っておこう。
 あれ?あんなに騒がしかった教室がいきなり静かになった。

「レン、スカウトは他に誰もいないところでやれ」

「えー、良い人材は誰かに取られる前に確保しておかないと。けど、恩は売っておくべきだな。これでルタが王子のせいでいくら苦労しても俺の心が痛まない」

「それは両親のいる前で言う発言じゃないぞ」

 ククーが俺を諫めたが、両親はずずいっとルタを俺の前に押し出した。
 あ、ホントにくれるんだ。
 アスア王国の国民は欠損部分を元に戻したくらいじゃ、お礼ぐらいしか言わないのに。
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