上 下
95 / 236
9章 不穏な風が舞い込む

9-7 高級店

しおりを挟む
 神聖国グルシアの聖都。薬師ギルドのクッキィ氏商会の店を神官服のククーが道案内してくれる。
 ヴィンセントの姉の好みなのだから、ククーに聞いた方が良いような気もするが、それはしない方が良いと勘が告げている。なぜだろう。

 この大通り自体に多くの高級店が並んでいるのだが、三店とも相当の高級店である。店に来るのは使用人でも馬車で来る者が多い。いつもこういう店に来る上流階級の人間はきちんとした服装でそれなりの馬車で来るので、わざわざ砕けた格好をするお忍びでこういう完全な高級店に来るのはいない。つまり、客は全員が全員身なりが良いのである。
 このような店は店が客を選ぶ。使用人で使いで買いに来たと言っても、使用人ですら来店するにはそれなりの格好をしてきている。
 さて。

「ここ、俺が入っていいところか?」

「紹介状持っているし、俺が横にいるから大丈夫だろ」

 そりゃ、さすがに神官を追い払ったら、どんな店でもこの国では生きてはいけないだろう。
 俺、完全なる冒険者の格好ですけど?白いマントに汚れはないけど、どう見ても完全なる魔法師ですよね?
 店の扉にも店員がいる。馬車ならすかさずお出迎えをするという感じだ。

「いらっしゃいませ」

 俺が扉に触る前に開けられた。
 中は広く店内は豪華、ショーケースに並んでいるお菓子は華やかに彩られている。
 数人の客がお菓子を選んでおり、奥にはカフェもある。
 綺麗な制服を着ている店員がにこやかな表情ですぐに話しかけてくる。

「ご来店ありがとうございます。この店にご来店されるのは初めてでしょうか」

「ああ、紹介されて来てみたのだが」

 紹介状を渡すと、店員が受け取る。封を開けていないが、封筒の封蝋印だけでどこの紹介かわかったのだろうか。

「ありがとうございます。今日はどのようなお菓子をご希望で」

「女性が好みそうな、できれば神聖国グルシアといったらこのお菓子というものを数種類お願いしたい」

「すぐにお持ち帰りいたしますか」

「いや、他にも回るところがあるから、少ししてから戻ってくる」

「かしこまりました。それでは良き旅を」

 あの封蝋印でシアリーの街の薬師ギルドのものって判断できるのかな?シアリーの街と聖都は離れている。こういうところに買い物に来るのなら旅行と思われるのも道理だ。
 三店をノルマのように回って注文してきた。
 店員はククーには礼だけをして、話しかけはしない。神官を連れて買い物している人間ってこの街の人から見るとどう映るのか。
 店員には必ず最後に、良き旅をと付け加えられる。

「旅行者だと思われているのかね?」

「普通の冒険者なら、こんな高級店に紹介状まで持って買いに来ないだろう。けど、堂々としたもんだ。ああいう店は行き慣れていないと意外とオドオドしてしまうものだが」

「心のなかではビクビクだよ。ギフトがないと、扉を開けてもらってもチップって必要なんだっけ?とか、店員には対応してもらったら渡さなきゃいけないんだっけ?とか他国の習慣はわからないことだらけだ」

「、、、神聖国グルシアのああいうホントの高級店はチップを渡そうとしても店員は受け取らない。料金にすべて入って請求されているからだ。それでもなお多く払いたいときは金額を紙に書いて渡すと、精算時に加算してくれる。身元がしっかりしている金持ちはツケで後日請求だけどな。しっかし、心配するのはチップのことだけなのか」

「なんかさー、チップが少なくても店員に舌打ちされるし、多ければコイツ常識も知らねえなって目つきで他の客から見られるとか聞くと超怖いんですけど」

「どこから仕入れた情報なのか気になるが、最凶級魔物に躊躇いもなく立ち向かっていくアンタに怖いものがあったなんて驚きだ」

「平時、人間を物理的に黙らせるわけにはいかないから」

 それができるのは盗賊とか、向こうからケンカを売ってきた場合だ。

「魔族にもその常識を持ってもらいたいもんだな」

 ククーの言葉に、俺も強く頷いた。




「ぶっ、あの店に歩いていったのか、お前ら、やるじゃねえか」

 聖都の薬師ギルドのギルド長が俺の経路を聞いて吹き出した。

「アンタんところの副ギルド長の紹介の店だよ」

「その店はお得意様に紹介するのにうってつけの店だ。貴族の嬢ちゃんでも来てるのか?」

「まー、そんなもんだよ」

 この国には貴族はいない。
 薬師ギルドのお得意様は別に怪我や病気に悩まされている者たちだけではない。美容の方にも力を入れているのが薬師ギルド。

「神官殿がいるのに、馬車を準備しないとは」

 ギルド長はククーに嫌味を言う。もちろん冒険者がよく使う乗合馬車ではなく、豪華な馬車のことを言っている。

「この人、馬の全速力より速く移動できるからなー。のーんびり移動するときぐらいしか馬に乗っているのすら見たことない。馬車に乗るイメージがまったく湧かない」

「そーだねー、馬車に乗るくらいなら、自分の足で移動した方が速いからなあ」

「お前らの認識、間違っているぞ。馬よりも速く走れる人間は魔法魔術使っていても少数派だ。速く移動したいから馬に乗るんだろうが」

「ギルド長、馬車の準備ができました」

 薬師ギルドの職員が呼びに来た。

「おうっ、お前ら行くぞ」

「クッキィ氏の読みが当たって、泣いて喜ぶだろうな。このギルド長は展示会に挨拶にも行こうとすらしていなかったんだから」

「病み上がりだからとか言って、誰かを送っておけば何とかなるんだよ」

「償い草に病み上がりもへったくれもない。アレは欠損すら回復してしまう奇跡の草なんだから。でっもー、俺の治療にはそこまでの効果はないので、しっかり節制してくださいねー」

 ギルド長には償い草を使っていないが、使ったことにして平然と生活している。冒険者ギルドに償い草を予約をしていた者たちからかなりのやっかみを受けているんだそうな。残念ながら、ギルド長が償い草を手に入れた経緯に対して正式に苦情を入れられる者は存在しない。冒険者ギルドを通さず、直接買い付けに行ったのだから。
 薬師ギルドのギルド長は呪いによって死の淵を彷徨っていたことが、この聖都で話題の事件となっていた。
 もしギルド長に償い草を使ったことに対する文句を公の場で言ってしまった場合、非人道的行為としてしか映らないため、誰も直接的には言わないし、言えない。言ってしまったら社会的に抹殺されるのは、言った本人である。
 だから、多少の嫌がらせ程度である。この人には暖簾に腕押しだが。

 ギルド長とお付きの職員、俺とククーを乗せると薬師ギルドから馬車は出発した。馬車の方が歩くよりかは速いのはわかるんだけど、そこまでの距離でもない。薬師ギルドはお金を持っているので、聖都の割と中心部にある。魔道具展示会の会場となっている広場までもそこまで離れていない。

「へーへー。でも何でアイツ、俺と一緒に行かせるのに招待券渡しているんだか」

「もしや顔パスなんですか?薬師ギルドのギルド長の顔はどこまでも果てしなく広いんですかっ」

「顔を知られているわけじゃなくて、俺のは俺用の招待券があるの。その上で、配布用に多くもらっているんだ。シアリーの街への配分はそんなにないんだから聖都に行く客に渡せば、、、まあ、いいか。アイツの判断だ」

「あー、初日だからかなり混んでますね。馬車も人もいっぱいだ」

 外がより賑やかになり馬車の窓から覗くと、広場につながる大通りには人や馬車がごった返している。列の整備や誘導は大変そうだ。

「お前たち、幸運だったな。薬師ギルドの馬車なら招待客専用の出入口を使うことができるんだ」

 ギルド長が堂々と言っているが、ここは神聖国グルシア、神官が乗る馬車も招待客専用の出入口を使うことができる。さすがにククーも何も言わないので突っ込まないが。

 華やかな服装をしている者たちが馬車から降りていくのが見えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。

優しい庭師の見る夢は

エウラ
BL
植物好きの青年が不治の病を得て若くして亡くなり、気付けば異世界に転生していた。 かつて管理者が住んでいた森の奥の小さなロッジで15歳くらいの体で目覚めた樹希(いつき)は、前世の知識と森の精霊達の協力で森の木々や花の世話をしながら一人暮らしを満喫していくのだが・・・。 ※主人公総受けではありません。 精霊達は単なる家族・友人・保護者的な位置づけです。お互いがそういう認識です。 基本的にほのぼのした話になると思います。 息抜きです。不定期更新。 ※タグには入れてませんが、女性もいます。 魔法や魔法薬で同性同士でも子供が出来るというふんわり設定。 ※10万字いっても終わらないので、一応、長編に切り替えます。 お付き合い下さいませ。

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

処理中です...