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6章 花が咲く頃

6-6 酔った勢い ※ヴィンセント視点

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◆ヴィンセント視線◆

「ヴィンセントがクズだと判明したのだから、俺のところに来るか?」

 ククーがレンに提案した。何を言ってやがる、コイツ。

「クズだとしても、俺の命の恩人なのは変わらないからなー。ギフトを持っているときなら、俺も当たり前のように過去視をできたけど、今は無理だからなー。あー、けっこう俺、ククーを通してヴィンセントのこと知ってたわー。誕生日も夏なのかー。俺のより少し先かー」

 レンが目を閉じている。
 ククーではなく私を選んでくれたようだが、どぼどぼと酒を自分のグラスに注いでいる。どう見ても、酒を飲みたい気分になっているのは明らかだ。度数の高い酒をあれだけ飲んでいて、さらに飲む。本当ならとめる方が良いのだろうけど、英雄が酒豪という噂が本当だったとしか思えない。隣国の英雄の噂は眉唾モノも多い。

 レンに私のことを知ってもらいたいと願っていたけど、こんな形では決してなかった。
 それはレンも同じようだが。




 ククーと私は幼馴染みだ。
 アディ家はそこまでこの神聖国グルシアの中央に君臨している家ではないが、アディ家では一代につき一人以上は稀有なギフトを持って生まれる。そのため、上の人間には重宝がられる一族である。
 うちのノエル家は魔力量が高い子供が生まれることが多く、一族の誰かを必ず大神官に押し上げるほどの家である。今は親戚の一人が大神官になっているが、いずれは神官になった兄が大神官となるだろう。
 アディ家もノエル家も兄弟姉妹は多い。この国は子の誰かを神官にして権力を得るため、兄弟の数は多い。神官は結婚もできないし、子供も持てない。それゆえ、神官にする予定の子供に何かあったときのことを考えて、多くの子供を作る。
 ククーは私の三歳年上の兄貴分という存在である。ククーがその稀有なギフトの持ち主だということを知っていたが、私が神官になるまで彼のギフト名を教えてもらえなかった。ククーのギフトはアディ家でも秘匿事項なのだ。自分の身を自分で守れるようになるまでは、狙われたり攫われたりするのも厄介だからだ。
 だから、大人たちが話しているのを偶然聞く、という機会も一切ない。ククーのギフトのことを話すときは細心の注意をもって大人たちも話していたようだ。絶対に子供たちの耳に入ることはない。

 子供たちは好奇心の塊だ。隠されると暴こうとする。魔術や魔法を使ってあの手この手で本人から、あるいは大人たちから情報を得ようとした。
 うちの両親は子供たちが良好な関係をつなぐためにククーをよく家に招いていたことから絶対に知っていたはずだ。情報戦ではククーのギフトはどこの誰よりも強力であることが今ではわかる。
 が、ククーのギフトのことはどちらの家からも一切漏れることはなかった。
 子供たちの攻撃を、大人たちも、ククーものらりくらりと躱していた。


 ククーはそのギフトを持って生まれたために、最初から神官になることが決まっていた。
 聖都の神官学校に行く以外の進路が存在していなかった。

 私は兄がすでに神官になると決まっていたので、将来の選択は自由だった。
 それでも、私は神官になることを選んだ。

 この違いが大きいことを、私は知っている。


 聖都の神官学校というのは、大神官になるために必ず優秀な成績で卒業していなければならない学校である。大神官になれる人数は、この国の神官の数に比べて非常に少ない。ほんの一握りすらいない。
 まずは、入学するには高い学費を納められる家であること。
 学年で上位の成績を維持し続けること。
 これらは最低条件である。

 この学校を卒業すると、無条件で神官になれる。
 神官になるためには、教会で神官見習いになって修行するという手もあるのだが、この国では生涯神官見習いで終わる人も少なくないのだ。

 神官学校に通う学生は神官ではない。
 神官になる前に、かなりのことが大目に見られている。
 神官になったら、不自由になることは多い。
 性欲なんて、最たるものだ。
 寮生活で上級生が下級生を手籠めにするなんてよくある話だ。ここで発散させておけ、と学校が公認しているかのようだった。男同士、大怪我でも負わせない限り問題になることさえなかった。


 レンになぜ私がクズ呼ばわりされるか。
 答えは簡単だ。
 私はカイマを盾にしていた。
 他人に興味が持てない俺は、言い寄られても大迷惑だった。
 一緒にいると、俺よりもカイマの方が可愛いと思う人間が多い。自然にカイマの方へ行ってくれる。
 カイマは自分に寄ってくる男には興味がない。
 そして、俺に粉をかけようとする上級生には、カイマは率先して自分を売り込みに行った。自分を犠牲にして俺を守っていた。もちろん一人や二人ではない。かなりの人数になる。

 なぜあのカイマを放置していたのかというと、俺にとってただ便利だったからだ。周囲がどんなに迷惑を被ろうとも。
 カイマが勝手にやっていること。
 俺は恩すらも感じていなかった。

 人間としては破綻しているだろう。
 それでも、レンの瞳を見たときから。
 と、人が感傷に浸る間もなく。




「レン、こっちの酒もアンタ好みだぞ」

「んー、確かに。このちょっと辛口なのがいい。よくわかってるな、ククー」

 いつのまにかレンとククーは酒の品評会になっている。どの酒がレンの口に合うか、二人で永遠に話し合ってる。エンドレスで同じことを言っている。困ったことに、二人は私に酔ってない発言をするようになった。
 お前らの周囲に並ぶ酒の空き瓶を見ろ。
 二人でどれだけ飲んでいるか、一目瞭然だろ。
 レンの顔は多少赤くなっている、ククーもほんの少し赤くなっている。第三者が二人を見たら、ほろ酔い程度に見えるだろう。が、そんなはずはない。

「アスア王国のお酒は俺が好きなのが少ないんだよなー」

「ああ、アスアは宗教国家じゃないからな。隠れて酒を造る時代がなかったから、上品な酒が多いよな。貴族や王族が贔屓にするのがそういう酒だってことだ」

「そうだなー。アレって湯水のようだからどれだけ飲んでも酔わないんだよな。公の場では勧められるから仕方なしに飲んでいたけど」

 レンの酒の感想がおかしい。アスア王国の酒も度数は高いのが多い。英雄がかなりの酒豪だったのは誇張ではない。

「アンタは意外とエルク教国の酒、好きだろ」

「あの国、表面上は綺麗な宗教国家だから、聖職者たちが隠れて良い酒造るんだよな。なかなか入手し辛いけど。聖教国エルバノーンの崩壊に巻き込まれるからモッタイナイなー。良い酒造り職人たち、といっても聖職者だけど、この国で数人ぐらい保護しない?」

「エルク教国の聖職者たちはああ見えて腹黒満載だからな。大神官長が頷かないだろ」

「あー、俺のギフトがあればなー、精神誘導なんて簡単だったのに。あの酒が飲めなくなるのは残念だ」

 英雄のギフトは万能のギフト、知ってはいたけど。。。
 レン、やっぱり酔っているでしょ。自分の能力をここまでペラペラと喋ることはなかったのに。
 神聖国グルシアと仲が悪いエルク教国の聖職者が酒造りのためにこの国に来るとしたら、レンが何かやったことになるだろう。酒が飲みたい一心で、英雄のギフトがなくても何か策を考えそうだ。

「精神誘導なんて甘いだろ。洗脳だろ、アンタのは」

「えー?洗脳はしたことないよー。洗脳って解けると面倒だからさー、自分で選択したと思ってもらった方が行動に一貫性があるから問題が波及しないよー」

 レンも酔っているなら、ククーも酔っている。ククーは私の前では重要な話はしない。
 それよりも二人の話を聞いていると、この二人はお互いを知りすぎていて腹立つ。
 ククーは諜報員で英雄担当だったから、レンはその仕返しで。それはわかっているけど、腹が立つのはしょうがない。

「レン、」

「ん?何?ヴィンセント」

 レンの臙脂色の目が俺を見る。

「もし私ではなくて、ククーがこの家にいたら、レンはククーに身を委ねたの?」

 その問いに、レンが一瞬ククーを見る。

「その仮定の話はあまり意味ないと思うけどな。この家にいるのがククーと王子だった場合、まずククーは俺に下心を抱かない。怪我をしている俺に世話を甲斐甲斐しくしてくれたと思うが、それは決して恋愛目的ではない」

「どう見ても、今の状況だとククーはレンに惚れてるでしょ」

「それはお前が俺を抱いたからだよ、ヴィンセント。ククーは俺が男に肌を許すとさえ思っていなかったし、自分がその対象になるとさえ思っていなかった。元々成立しない関係だし、お前がいなければ考えつきもしない」

「これからは、どうなの?」

 ククーが自覚したのなら、その可能性はあるはずだ。この二人は息が合いすぎる。

「ヴィンセントー、お前が俺のカラダをこんなに開発したんだ。責任は取れよー」

 レンが少し不貞腐れたように言う。

「レンが私と一緒にいてくれるのなら一生責任取るけど」

「俺は抱かれる側だ。この快楽をとことん植えつけたお前に俺から逃れる術はないぞー」

「抱かれる側だから、相手がククーだって問題はないと思うけど?」

 ポソリと言ってしまった。

「んー?ククーの場合そもそもの前提が違うが、もしかしたら今の俺ならククーは抱けるかもしれないが、英雄時代の俺をククーは抱かないぞ。お前なら俺だったらどっちでも抱くんだろ。英雄時代の俺に戻っても抱けるだろ」

「そりゃ、レンはレンだし」

「俺は寝る」

 ククーはいきなり立ち上がった。

「もしもの話、俺が英雄時代の姿に戻ったら、ククーは俺に抱かれたいと思っ」

 が、まだ話そうとするレンの口を手で思いっ切り塞いだ。

「レン、その話は終わりだ。アンタはヴィンセントに一生抱かれてろ」

「うごもご」

 レンが口を塞がれたまま話しているが、今度はレンの両頬を両手で強く引っ張った。

「他人の秘密は勝手に話すな」

「えー、俺の秘密、勝手に国に報告していた人間が何を言う。。。」

 レンが悲しそうな表情になるが、すぐに俺に向き直る。

「ヴィンセント、そういうワケだから安心して良いぞ。俺は一生お前に抱かれたい」

 レンが堂々と発言する。
 いや、レン、しっかり酔っているでしょ。普段ならそこまで明け透けに宣言しないでしょ。
 明日もこの発言の記憶、頭に残っているといいけど。
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