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1章 ボロボロな出会い

1-6 俺のダンジョン

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 庭でボケーと空を眺めているのもなんなので、散歩に行こうかと王子を誘う。
 王子は俺に笑顔でついてきた。
 この家のご近所なら問題はないだろう。
 王子が俺とはじめて会ったとき、けっこうダンジョンに近い場所にいたのだから。
 なーんか、ダンジョンコアを吸収した事実を自覚してから、あのダンジョン周辺が俺の領域だと主張しているかのようにしっかりとわかるようになった。どこに魔物がいて、動物がいて、どういう植物が生えていてとかすべての情報が手に取るようにわかる。

 便利な反面、この家の内部のこともわかってしまうので非常に微妙だ。
 今、ヴィンセントがこの家のどの部屋にいて、何をしているのかさえわかってしまうのだ。
 神聖国グルシアの神官の機密事項が書かれている文書を読んでいることなんか、今の俺が知ったところでどうしようもない。


 王子とお手々つないで、散歩中。
 ほのぼの。
 魔獣が大量発生していた森とは思えないね。

 俺が孤児のときに子供同士が手をつないだときのように殺伐としていない。あのときは大人たちから逃げまくっていたからなー。俺たちが盗んでなくても、目の敵にして追いかけてきた。捕まらないように孤児仲間の小さい子供たちの手を引っ張りまくっていた。

「王子は絵本の文字は読みたくならないの?」

 俺の問いに、王子はモジモジして恥じらいながら答える。

「少しは読みたい。けど、ヴィンセントには必要ないと言われた」

 必要ない?
 ここでその言葉の意味の深読みやら、憶測をしてはいけない。

 ヴィンセントは王子の世話係だが、いつも一緒にいるわけではない。
 だが、ヴィンセントは王子を監視している。魔術で居場所を常に把握している。
 だから、今、俺はこっそりと魔法で、俺と王子は庭にいると偽装している。
 こういうのはバレなければいいのだ。
 アスア王国の英雄時代にはよくやっていた。他国の諜報員はチョロチョロうるさいのだ。魔術でも魔法でも実際に追跡してくる人間たちも。依頼を邪魔されるのも鬱陶しいので、よく居場所を騙してあげた。

 褒められたことでもないけどね。

「覚えたいのなら、俺が教えてもいいよ」

 俺を見上げる王子の瞳がキラキラしている。眩しいっ。
 ううっ、こんな瞳をしていたことなんて俺にはあっただろうか。ないな、きっと。
 俺が子供のときにこの台詞言われたら、いくらだよ、詐欺か、何が目的か、とか聞いてしまうに違いない。

 本といえば、王子とヴィンセントの家には絵本か専門書しかない。偏り過ぎだ。文字を覚えるための参考書とか玩具とか、練習するためのノートとかあった方が良いよな。
 けれど、俺は居候の身。お金がない。
 街に行けば売っているものも、手に入れることができない。

 確かにあの黒い短剣の所有者は俺だが、手元にはないし売る気にはなれない。
 しばらくはヴィンセントに預けておく方が良いだろう。


 お金を手っ取り早く手に入れる方法としては、魔物を討伐して冒険者ギルドに売ることである。
 だが、ダンジョンコアを体内に吸収した身では、俺はダンジョンマスターと呼ばれるダンジョンの主や管理者という立場である。そのダンジョンで生まれた魔物たちはダンジョンマスターに従う。
 俺は黒い短剣で刺された後、何も知らずにダンジョン内にいる魔物たちを駆逐していったが、その魔物たちには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
 今、俺のダンジョン内では魔物はいない。すべて俺に吸収されてしまったからだ。
 ダンジョンマスターである俺が、俺を襲うな、と命令すればいいだけの話だったのに。
 知らないということは恐ろしい。
 魔物を見つけたら最後襲われると思って、片っ端から討伐していた。
 彼らは俺に手出しできないというのに。

 そして、勝手な話になるが、自分の魔力を分けて産んだ子をすぐさま肉片に変えたくない。
 今まで散々魔物を討伐してきて何を言う状態なのだが、殺すために産み出したくない。

「あ、」

 冒険者には薬草採取というクエストもあった。
 ダンジョン内に生える珍しい薬草には高値が付くモノも多い。

「そうだ、そうだった。王子ー、ヴィンセントには内緒でダンジョンまで行かない?」

 悪魔の誘い。
 さすがにダンジョンに無断で王子連れて行ってきましたとか言ったら怒られそうだ。だから、内緒で。

「うん、行きたいっ」

 頬を赤らめて、王子は元気よく頷く。
 わー、可愛い。素直だ。守りたい、この笑顔。
 俺、この素直さ、どこに置き忘れてきちゃったかな。
 いや、そもそも最初から持っていなかった。きっと産まれる前に神様のところに置き忘れて来たのさ。
 王子よ、俺のような人間に騙されちゃダメだよ。人間は狡猾だからね。

「王子の意志が変わらない内に、出発っ」

 と言っても、すでにダンジョンの方向へ歩いていたんだけどね。
 王子とヴィンセントの二人の家から俺のダンジョンとの距離は近い。王子がいても徒歩で三十分もしない。家から南の方角に歩いていけば辿り着く。
 ものすごく近くで大量の強い魔物発生したなら、一軒だけ建っている家など本来はひとたまりもない。だが、あの家は結界で守られている。教会側は完全に魔物もダンジョンも放置したとしか思えない。シアリーの街は魔物の大群に襲われて悲惨なことになっていたのに。だから、俺も仲間の半数と、ついてきたアスア王国の騎士団を街の防衛に置いていったのに。
 はぐれ魔物はまだ近隣の森のなかに多少は潜んでいるが、俺たちには特に問題とならないだろう。

「俺のダンジョンにようこそ」

「わー、ここ、レンのダンジョンだったの?」

 ダンジョンの入口はまるで洞窟のようである。
 わくわくした顔の王子が可愛い。
 ヴィンセント、可愛いという表現はこの王子のためにあるようなものだぞ。オッサンの俺に使っていい言葉じゃないぞ。

「でも、なーんか暗いな。明かりでも持ってくればよかったか、な、、、」

 言い終わる前に明かりが点いた。隅々までよく見える。ダンジョンマスターだから点けてくれたのかな。
 ここを見渡しても洞窟の通路しかないんだけど。

「薬草畑を作ろう。各階層で大きそうな敷地にいろんな種類を植えよう。そうだ、下の層に行くにつれて希少種にしよう」

「うちの庭にも畑作っているよ。耕すのはヴィンセントの魔術だけど、世話しているのは僕なんだよ」

「そうだったねー、偉いねー、王子ー。ここでもこっそり手伝ってねー」

 頭なでなで。照れている王子が可愛い。可愛いしか言ってないな、俺。
 各階層の敷地を拡張して、畑にして、薬草を指定する。その場で魔力を込めて指定するだけでいい。数日から長いものだと数十年で収穫できるようだ。数十年と言っても魔力量を増やせばかなり短縮できるようだが。
 特に必要のないものだから、気長に成長させよう。

「畑を管理してくれるのがほしいな」

 毎日ここに来るのも面倒だ。何かあれば連絡してくれるモノがあれば。侵入者が来たら迎撃してほしい。
 ま、とりあえずこのダンジョンが見つからないようにしておくか。姿隠しの魔法とか、迷いの森の魔法とか、そんな感じの。ほいほい。完了。魔法ってホントに便利。

 ダンジョンの連絡係、兼、雑草処理係、兼、迎撃係の兼務としてツノウサギが選ばれました。
 王子が拍手してくれる。
 五匹の角ウサギを俺が産み出しました。俺の子、超可愛いなー。
 一匹連れて帰ろう。え?一匹だけはずるいって?しょうがないなー、家担当はローテーションしてね。ケンカしないで順番を決めるんだよ。

 ウサギとは名ばかりで、楕円体の白いモフモフである。耳がウサギのように立っているのも、垂れているのもいる。角とついているように、小さくて可愛い角が両耳の間ぐらいに存在する。この角は戦闘時に鋭く伸びて、油断している冒険者を刺し殺すが。


 今日できることはそれぐらいだ。
 数日後には収穫できる薬草も出てくるだろうが、これ以上はもう何もすることがない。
 ダンジョン薬草園の出来上がりだ。

 ダンジョンからの帰り道、角ウサギの一匹がピョコピョコ俺たちの後についてくる。
 王子が持ちたいというので、抱かせる。
 いやー、コレは二重で可愛いわー。
 うん、幸せ。
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