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満月を抱いて
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しおりを挟む「してないわよ!」と、里奈の怒りの矛先が満月に向く。
だが、満月は顔色を変えるどころか、無表情を崩さずに続ける。
「だったら、ご主人の要求に応えなさい」
「なによ、偉そうに! あんたには――」
「――俊哉と幸せになるためなら、お金なんていらないんでしょう?」
里奈が、ぐっと息を止めたのがわかった。
満月の言葉は、きっと里奈が満月にぶつけた言葉だろう。
「あなたがこうしてご主人に直談判してること、俊哉は知っているの?」
「……っ」
「そんなはずないわよね。なら、ご主人から慰謝料を請求されたことも話してないのね。彼なら、借金してでも払うでしょう」
「知った風なことを――」
「――知っているのよ。これでも元妻だから。あの人は、責任から逃げるような男じゃない」
「だから言えないんじゃない!」
「慰謝料を請求されている事実より、慰謝料を払ってまで一緒にいることを選んだあなたが自分に黙って別れた男に会いに行く方が、俊哉はよっぽどツラいと思うけど?」
俺は歯をギリッと噛みしめた。
俺はこのひと月、再び満月に会えるだろうかと、そればかり考えていた。
事の顛末を知っても、冷静でいられたのは彼女のお陰だ。
あの夜、彼女に拾われることなく、この事実を知っていたら、俺は今とは違う決断を下していたかもしれない。
離婚の無効を申し立てたり。
もちろん、里奈に愛情があってのことじゃない。
復讐だ。
そうせずに、真っ当な対応が出来たのは、俺の心に満月がいたからだ。
長いひと月を終えて、ようやくこうして会えたのに、里奈が現れて喚きだしたせいで、俺はまだ彼女と一言も交わせていない。
「里奈。帰って男に全部話せ。お前が何を喚いても、俺は慰謝料の請求を取り下げたりは――」
「――里奈!」
満月の背後から、男が駆け寄ってくる。
里奈はその影を見て、いきなりボロボロと涙を流しだす。
満月は振り返らない。
じっと、里奈を見ていた。無表情で。
「里奈!」
「俊哉……く――」
男は、満月の横を素通りし、里奈の目の前で止まった。
男は俺や里奈よりも大分年上に見えた。実際に、そうだ。十四歳も年上なのだから。
男は里奈の肩を両手で掴むと、困った表情で言った。
「何をしてるんだ」
「……っ! ふぇ……」
里奈は手で顔を覆い、彼の胸にもたれかかる。
一度は愛して妻となった女が、他の男の腕の中にいる。
その光景を見ても、少しも、全く、何とも思わないことに、自分でも驚いた。
「俊哉。あなた、彼女がご主人の出張中に勝手に離婚届を提出したこと、知っていたの?」
抱き合う二人に、満月が言った。
恐ろしく低い声で、ゆっくりと。
空気が、尖る。
男――俊哉が、里奈を抱きしめたまま、首を回して満月を見た。
「勝手……に?」
「やっぱり、知らなかったのね。彼女はね、ご主人を出張に送り出して、離婚届を提出し、マンションまで解約して、あなたの元に走ったの。ご主人との結婚生活で蓄えたお金を持って。そのお金で、私に慰謝料を払った」
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