上 下
24 / 36
満月を抱いて

しおりを挟む

「してないわよ!」と、里奈の怒りの矛先が満月に向く。

 だが、満月は顔色を変えるどころか、無表情を崩さずに続ける。

「だったら、ご主人の要求に応えなさい」

「なによ、偉そうに! あんたには――」

「――俊哉と幸せになるためなら、お金なんていらないんでしょう?」

 里奈が、ぐっと息を止めたのがわかった。

 満月の言葉は、きっと里奈が満月にぶつけた言葉だろう。

「あなたがこうしてご主人に直談判してること、俊哉は知っているの?」

「……っ」

「そんなはずないわよね。なら、ご主人から慰謝料を請求されたことも話してないのね。彼なら、借金してでも払うでしょう」

「知った風なことを――」

「――知っているのよ。これでも元妻だから。あの人は、責任から逃げるような男じゃない」

「だから言えないんじゃない!」

「慰謝料を請求されている事実より、慰謝料を払ってまで一緒にいることを選んだあなたが自分に黙って別れた男に会いに行く方が、俊哉はよっぽどツラいと思うけど?」

 俺は歯をギリッと噛みしめた。

 俺はこのひと月、再び満月に会えるだろうかと、そればかり考えていた。

 事の顛末を知っても、冷静でいられたのは彼女のお陰だ。

 あの夜、彼女に拾われることなく、この事実を知っていたら、俺は今とは違う決断を下していたかもしれない。

 離婚の無効を申し立てたり。

 もちろん、里奈に愛情があってのことじゃない。

 復讐だ。

 そうせずに、真っ当な対応が出来たのは、俺の心に満月がいたからだ。

 長いひと月を終えて、ようやくこうして会えたのに、里奈が現れて喚きだしたせいで、俺はまだ彼女と一言も交わせていない。

「里奈。帰って男に全部話せ。お前が何を喚いても、俺は慰謝料の請求を取り下げたりは――」

「――里奈!」

 満月の背後から、男が駆け寄ってくる。

 里奈はその影を見て、いきなりボロボロと涙を流しだす。

 満月は振り返らない。

 じっと、里奈を見ていた。無表情で。

「里奈!」

「俊哉……く――」

 男は、満月の横を素通りし、里奈の目の前で止まった。

 男は俺や里奈よりも大分年上に見えた。実際に、そうだ。十四歳も年上なのだから。

 男は里奈の肩を両手で掴むと、困った表情で言った。

「何をしてるんだ」

「……っ! ふぇ……」

 里奈は手で顔を覆い、彼の胸にもたれかかる。

 一度は愛して妻となった女が、他の男の腕の中にいる。

 その光景を見ても、少しも、全く、何とも思わないことに、自分でも驚いた。

「俊哉。あなた、彼女がご主人の出張中に勝手に離婚届を提出したこと、知っていたの?」

 抱き合う二人に、満月が言った。

 恐ろしく低い声で、ゆっくりと。

 空気が、尖る。

 男――俊哉が、里奈を抱きしめたまま、首を回して満月を見た。

「勝手……に?」

「やっぱり、知らなかったのね。彼女はね、ご主人を出張に送り出して、離婚届を提出し、マンションまで解約して、あなたの元に走ったの。ご主人との結婚生活で蓄えたお金を持って。そのお金で、私に慰謝料を払った」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

マッサージ

えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。 背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。 僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

処理中です...