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番外編*十五年目の煩悩

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 ゴールデンウィークは、例年通りの悪天候。

 子供たちも中学生となると、家族でどこかに行こうともならず、まして由輝は受験生。形ばかりだが、家でのんびり過ごした。

 それならばと、柚葉は短時間ではあるが仕事に出た。

「二人で出かけるにはどうしたらいい?」

 一人で考えても答えなど出るはずもないと諦め、素直に妻に聞いたのは、連休最終日に二人で買い物に出た車の中で。

「どこに行くの?」

「どこ……っていうか――」

 具体的にどこと聞かれると、返事に困る。

「――飯……とか」

「二人で?」

「うん」

 以前は、ずっと以前は、普通に誘えていた。

 夜眠る前に電話をして、『週末はどこに行く?』と普通に聞けた。

 それが、どうだ。

 情けない。

 が、思えば、子供を連れて遊びに行く提案はしても、二人きりでどこかに行こうと、要はデートの誘いというものを、結婚後にしただろうか。

 何となく、ここに行こう、あそこに行こうと決めて出かけるだけで、改まって俺から誘うことなんてなかったんじゃないだろうか。

 それが、十五年も経ってやってみようと思っても、なかなかに難しいのは当たり前だ。

 だが、折角、再びセックスできるようになって、気持ちも盛り上がっているのだから、ここは俺から動くべきだろう。

 信号が赤になり、ゆっくりブレーキを踏む。

 そして、隣の妻を見た。

「デート、しよう」

 胃が痛い。いや、これは胃ではなく鼓動か。

 胸が高鳴るなんて久し振り過ぎて、忘れていた感覚だ。

 だが、確かに昔は、こうして柚葉を見ては緊張し、それでも手を伸ばさずにはいられない時期があった。

 俺を見ていた柚葉の視線がふいっと逸れ、戻って来る。

 照れて、いるのだろう。

「来週、由輝が修学旅行でいない……なぁ?」

 最後に猫のような間延びした疑問符。

 これは、誘いに乗ってくれるということで間違いないだろうか。

「水曜? 火曜だっけ?」

「火曜日から。どこに行くか知ってる?」

「関東だろ? 中華街がどうとか言ってたよな?」

「うん」

 信号が青になり、走り出す。

「有休、取る」

「え? 仕事帰りでいいんじゃ――」

「――取る」

「え?」

「柚葉のお母さんに、和葉を頼めるか?」

「夜? うん。あ、でも、修学旅行は二泊だから、一日は和葉と三人で食事しよう? 和葉のリクエスト聞いて」

「わかった」

 浮足立って、アクセルを踏み込みそうなのを堪えた。

 もしかしたら、修学旅行に行く由輝以上に、その日が楽しみかもしれない。



 由輝に知られたら、また睨まれるな……。



 母離れできない息子と、それに苛立つ父親。

 どっちが問題だろう。

 とにかく、由輝の耳に入らないようにしなければ。

 車を下りる前、俺は柚葉に念を押した。

 柚葉は苦笑いして、頷いた。

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