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8.今も愛していると言えますか?

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「そういえば、さ」

 洋食店で、俺はシーフードドリアのランチセット、柚葉はオムライスのランチセットを注文した後、化粧でも泣いた痕を隠しきれていない妻の赤い目を見て聞いた。

「柚葉のお母さんが、柚葉に借りがある、って言ってたんだけど」

「借り?」

「うん。今日、子供たちを頼むのに泊まりになるから、お義父さんにバレるんじゃないかってちょっと心配になって聞いたら、柚葉には借りがあるから心配しなくていいって言われた」

「借り……」と、柚葉自身も覚えがないようだ。

 そもそも、親子で『借り』という表現を使うのが、不思議だ。

「あ!」と柚葉が声を上げた時、ちょうどドリンクを運んできた店員が驚いて、立ち止まる。

「あ、すみません」

 すぐに気が付いた妻が恥ずかしそうに謝ると、店員は笑ってアイスコーヒーとアイスティーを置いた。

「ありがとうございます」

 スーパーにしても飲食店にしても、柚葉はこうして店員に礼を言う。

 昔からだ。

 友人の紹介で初めて彼女と顔を合わせた時も、居酒屋の店員に礼を言うところに好感が持てた。

 和葉に質問されてから、よく昔を思い出す。

 そのせいか、今まではこうして柚葉と向き合っていても何も思わなかったのに、やけにその言動を注目してしまう。

 変わっていないところ、変わったところ。

 アイスティーを一口飲んで、妻が口を開いた。

「お母さんもね、昔プチ家出したことがあるんだよね。それのことかな」

「プチ家出?」

「そう。私が高校生……だったかな? 喧嘩ってわけじゃないんだけど、お母さんが『このままお父さんと一緒にいたら、一緒にいられなくなる』とか言い出して。私が、旅行とか気分転換したらいいんじゃないかって言ったの。それまで、お母さんは友達とランチとか、飲みとか行ったことなくて」

 そんなような話を、以前にも聞いたことがある。

 うちの母親もそうだが、旦那や子供を置いて出かけるなんてあり得ない、なんて言われていた世代だろう。

「そしたら、韓国に行くって言い出して」

「韓国!?」

「そう。パスポート作って、ツアー予約して、行っちゃったの」

 それは、プチ家出と言うのだろうか。

「なんで韓国?」

「その頃、韓流ドラマが流行りだして、お母さんハマっちゃってたんだよね。四天王縁のロケ地巡りツアーに行ったはず」

「はぁ……」

 うちの母さんもハマったことがある。

「けど、それで、なんで借り?」

「お父さんにはね、遠方に住んでいる友達のお葬式に行くってことにしたの」

「……葬式?」
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