51 / 89
7.15年目のホンネ
2
しおりを挟む膝裏にベッドの端が当たり、カクンと膝が折れた。ひっくり返りそうになり、和輝が私の肩を掴んだ。そのままゆっくり、ベッドに座るように促される。
和輝は私の正面に膝をついた。
今度は彼が私を見上げる。
「あの時計は、本当に俺が初ボーナスで買ったんだ。ひとりで」
ひとり……で?
「広田と付き合い始めて初めての誕生日に、俺とお揃いの時計が欲しいと強請られた。けど、あれ、その頃の俺が付き合い始めたばかりの恋人へのプレゼントにって簡単に買える額のものじゃなくて、断ったんだ。そしたら、広田は怒って、自分で買ってた。だから、俺にとっては元カノとお揃いの時計って感覚が全然なかった」
作り話だと思えなくもない。
が、私は夫が、こんなに尤もらしい作り話をできる人じゃないと、知っている。
「広田から、柚葉が時計に気づいたって言われても、何のことだかわからなかったんだ。広田があの時計をしていることにも気づいてなくて。俺は、柚葉がくれた腕時計をいつまでも修理に出さないから怒ってるんだと……思ってたし」
それで、和葉の質問の後で修理に出したんだ……。
「私……は、広田さんと一緒にいるのを見た後で和輝が時計を替えたから……」
彼女への気持ちを思い出したんだと思った。
夫の手が少し戸惑い気味に、私の手に重なった。それから、やっぱり少しぎこちなく、握る。
「広田を名前で呼んだの、聞いてた?」
「……っ」
「あの時は、すごくイラついて、思わずって感じだったんだ。あの時以外、名前で呼んだりしてない。呼びたくもない」
夫の手に力がこもる。頭をもたげ、重なる手におでこをくっつけた。
彼の髪が手首をくすぐる。
「柚葉、根本的に勘違いしてる。俺は、広田には二度と会いたくなかったんだ。心底嫌いになって別れたから」
「え……?」
夫の息が手の甲に触れ、その熱さに驚く。
「俺は、広田に裏切られたんだ。取引先の部長と……不倫したから」
「……えっ!?」
不倫……!?
広田さんが?
和輝が少し頭を上げた。それでも、俯いたまま。
「柚葉は広田のこと、ふわふわした美人だって言ったけど、性格はすごくキツイんだ。男に負けたくない、ってよく言ってた」
「けど、この前は……」
私の前で、和輝との仲が誤解だと訴えた時、気が強いどころかその場に崩れ落ちそうなほど動揺し泣きそうになっていた。
「俺と別れた後、不倫相手のいる会社に移ったんだけど、ずっと不倫関係を続けていたらしい。俺と付き合ってる時から結婚する気はないって言ってたし、都合が良かったのかもしれないけど、十年以上もなんてびっくりだよな」
和輝はそれを、いつ知ったのだろう。
ふと気になった。
そんなに嫌いで別れたのに、再会して一緒に仕事をするうちに、昔話ができるようになったのだろうか。
夫はゆっくりと顔を上げた。
真顔で、私を見上げ、唇をキュッと結んでから、開いた。
「昨日、広田に会ったんだ。どうして柚葉に会いに行ったり、いきなり電話してきて喚いたりしたのか聞いてきた。ごめん……な? こんな時に二人で会ったりして。けど、柚葉を迎えに来る前に、ハッキリさせたかった」
私は小さく頷いた。
「三年位前に、相手の奥さんにバレて訴えられたらしい。相手と別れて、会社もクビになって、奥さんに慰謝料を払ったって。やっとの思いで今の会社に入ったから、早く実績を上げたくて俺を頼ってきた」
11
お気に入りに追加
274
あなたにおすすめの小説
愛とは誠実であるべきもの~不誠実な夫は侍女と不倫しました~
hana
恋愛
城下町に広がる広大な領地を治める若き騎士、エドワードは、国王の命により辺境の守護を任されていた。彼には美しい妻ベルがいた。ベルは優美で高貴な心を持つ女性で、村人からも敬愛されていた。二人は、政略結婚にもかかわらず、互いを大切に想い穏やかな日々を送っていた。しかし、ロゼという新しい侍女を雇ったことをきっかけに、エドワードは次第にベルへの愛を疎かにし始める。
私と彼の恋愛攻防戦
真麻一花
恋愛
大好きな彼に告白し続けて一ヶ月。
「好きです」「だが断る」相変わらず彼は素っ気ない。
でもめげない。嫌われてはいないと思っていたから。
だから鬱陶しいと邪険にされても気にせずアタックし続けた。
彼がほんとに私の事が嫌いだったと知るまでは……。嫌われていないなんて言うのは私の思い込みでしかなかった。
生まれ変わっても一緒にはならない
小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。
十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。
カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。
輪廻転生。
私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。
政略結婚だけど溺愛されてます
紗夏
恋愛
隣国との同盟の証として、その国の王太子の元に嫁ぐことになったソフィア。
結婚して1年経っても未だ形ばかりの妻だ。
ソフィアは彼を愛しているのに…。
夫のセオドアはソフィアを大事にはしても、愛してはくれない。
だがこの結婚にはソフィアも知らない事情があって…?!
不器用夫婦のすれ違いストーリーです。
初恋の呪縛
緑谷めい
恋愛
「エミリ。すまないが、これから暫くの間、俺の同僚のアーダの家に食事を作りに行ってくれないだろうか?」
王国騎士団の騎士である夫デニスにそう頼まれたエミリは、もちろん二つ返事で引き受けた。女性騎士のアーダは夫と同期だと聞いている。半年前にエミリとデニスが結婚した際に結婚パーティーの席で他の同僚達と共にデニスから紹介され、面識もある。
※ 全6話完結予定
優柔不断な公爵子息の後悔
有川カナデ
恋愛
フレッグ国では、第一王女のアクセリナと第一王子のヴィルフェルムが次期国王となるべく日々切磋琢磨している。アクセリナににはエドヴァルドという婚約者がおり、互いに想い合う仲だった。「あなたに相応しい男になりたい」――彼の口癖である。アクセリナはそんな彼を信じ続けていたが、ある日聖女と彼がただならぬ仲であるとの噂を聞いてしまった。彼を信じ続けたいが、生まれる疑心は彼女の心を傷つける。そしてエドヴァルドから告げられた言葉に、疑心は確信に変わって……。
いつも通りのご都合主義ゆるんゆるん設定。やかましいフランクな喋り方の王子とかが出てきます。受け取り方によってはバッドエンドかもしれません。
後味悪かったら申し訳ないです。
友達の肩書き
菅井群青
恋愛
琢磨は友達の彼女や元カノや友達の好きな人には絶対に手を出さないと公言している。
私は……どんなに強く思っても友達だ。私はこの位置から動けない。
どうして、こんなにも好きなのに……恋愛のスタートラインに立てないの……。
「よかった、千紘が友達で本当に良かった──」
近くにいるはずなのに遠い背中を見つめることしか出来ない……。そんな二人の関係が変わる出来事が起こる。
不倫されたので離婚します
hana
恋愛
「エル、僕は不倫なんてしていないよ。君の勘違いじゃないか?」
不倫現場を目撃した私が夫を問い詰めると、彼は私に冷たい目を向けた。
そんなはずはないと追及するも、脅され、不倫はなかったことにされてしまう。
心身共に限界が訪れた私だったが、第三王子のオーウェンと再会して事態は一変する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる