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6.ひとりになりたい

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「その噂を流した母親は、なんでそんなことを言い出したんだ? 全くのデマなら、笑い事じゃないんじゃないか?」

 晩ご飯を食べながら聞いていた和輝が言った。

「あれ? でも、そもそも喧嘩してたっていうのは? お祖母ちゃんの怪我とは関係ないんでしょ?」

「うん。嵐ん家の親、結構よく喧嘩してるらしいよ。お父さんが束縛系なんだって」

「……」

 どちらからともなく、私と夫が顔を見合わせる。

 私たちには縁がなさすぎる言葉。

「嵐のお母さん美人だから、心配なんじゃない? 浮気とか」

「……そうなんだ」

 うちの息子は、浮気がどんな意味を持つのか知っているのだろうか。

 聞きたいようで聞きたくない。

 それは夫も同じだったようで、それ以上は何も言わなかった。

 兄の話を伝えると、和葉は涙目で笑った。

 安心したらお腹が空いたと、残したご飯を食べた。

 あとは、何事もなく愛華ちゃんが帰って来てくれたら、いい。

「色んな家庭があるんだな」

 お風呂の前にパジャマを取りに寝室に行くと、先にお風呂を終えてベッドに横になっている和輝が、タブレット片手に言った。

「そうね」

「俺たち、喧嘩らしい喧嘩、したことないな」

「え?」

「結婚前も、結婚してからも」

 パジャマを抱き締めて夫を見ると、彼はタブレットを膝に置いて、私を見ていた。

 真剣な表情で。

「お母さんが我慢してるんだよな」

「そんなこと――」

「――本当は色々、言いたいことあるんじゃない?」

 ドクンと心臓が鈍い音を立てて揺れる。

 そんなこと、初めて聞かれた。

「どうしたの、急に」

「この前からなんか……おかしいだろ、お母さん」

「なにが?」

「なんか――」

 なにを言われるのだろうと、身構えてしまう。

 あのカフェから見ていたことを、気持ち悪いと言われるのか。

 元カノのことを知っても平然としていることを、疑われるのか。

 いずれにしても、私は夫に対して何もしていない。

 責められる言われはない。

「――ずっと泣きそうにしてる」



 ……え?



「俺、全然気が利かないし、お母さんの考えてることとかわかんないけど、さすがに……なんか考えて辛そうにしてるのは、わかるぞ」

 昔から、そうだ。

 和輝は、口数が少なくて、優柔不断で、気が利かないけど、大事なことはちゃんと話してくれたし、私が悩んでいる時は導いてくれた。

 彼のそういうところが好きで、頼もしかった。



 最近、昔のことばかり思い出すのはなんで……。



「お風呂、入ってくる」

 目を伏せ、私は寝室を出た。

 話の途中で逃げ出すなんて、絶対変だと思われたし、夫の言葉を認めるようなものだ。

 それでも、あのまま彼の顔を見ていたら、本当に泣いてしまいそうだった。

 あの腕時計を見てからだ。

 あの腕時計をしている彼女を見てからだ。

 ずっと忘れていた後悔が、身体中に溢れ出した。

 夫が今もあの時計を持っている事実が、私を過去に連れ戻した。

 彼女が今もあの時計を身につけている事実が、忘れたフリをしていた嫉妬や惨めさを思い出させた。

 私は湯船の中で膝を抱え、声を殺して泣いた。

 どうしたらこの苦しさが解消されるのかわからない。



 和輝が元カノと会わなくなればいい?

 和輝があの時計を捨てたら満足?



 そうじゃない。

 私の問題だ。

 いつも、そう。

 すべては、私が弱いからだ。
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