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4.逞しさってなに?

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 それをきっかけに、父娘でのお風呂を卒業した。

 和葉は時々、生理痛で学校を休んだ。

 痛みというよりも不快感だったかもしれない。

 こればかりは慣れなのだが、クラスメイトがスカートを血で汚して泣いていたことがあったらしく、そういう心配も重なって、休みたがった。

 そんな日、和輝は和葉が好きなケーキやプリンを買って帰った。

 とは言っても、ケーキを食べるには遅い時間だから、翌朝食べていた。

 和葉はケーキを食べて、重い身体を引きずって学校に行った。

 毎月ケーキを買ってやるなんて贅沢だ、と私が言ったら、和輝は「父親にはこれくらいしかしてやれないし……」と呟いた。

 優しくて不器用で甘い父親。

 欲張り過ぎなのかもしれない。

 和輝は父親として、十分に家族を大切にしてくれている。

 それで、満足するべきなのだ。

 私も、母親に徹すればいい。

 結婚十五年にもなって、今更、『女』でありたいなどと願うのが烏滸がましいのかもしれない。



 名前で呼ばれないことくらい、大した問題じゃないのよ……。



 夫と元カノが並んで歩く姿を見て、羨ましいと思ってしまった。

 私は妻なのに、私以上にお似合いの彼女を羨ましいと思った。

 私と夫の間には二人の子供がいて、肩を並べて歩くことなんてなくて、せいぜい食卓の席が隣なだけ。

 スニーカーばかり履く私は彼との身長差もあるし、妊娠と出産で太ったっきり体型も戻らない。

 それに引き換え、和輝は顔つきこそ年齢を重ねたが、出会った頃と体型は変わらないし、髪もふさふさで白髪もない。

 ずるい。

 ずるいと思うのに、あのカフェに行くことをやめられなかった。

 羨ましいと思うと同時に、優越感に浸っていたのかもしれない。



 どんなにお似合いでも、妻は私――。



 最低だ。

「お父さん、まだ怒ってた?」

 トイレから出て来た和葉が聞いた。

 私は娘を手招きして、リビングに連れて行った。

「もう怒ってないよ。っていうか、怒ってたわけじゃないの」

「でも――」

 トントントンと階段を下りる足音がして、和葉が音のする方を見る。

 足音がリビングの前で止まった時、ガラッと勢いよく洗面所のドアが開く音がした。

 由輝がお風呂から出たのだろう。

 タイミング良くか悪くか、鉢合わせしたようだ。

 思わず、娘と二人で聞き耳を立てる。

「由輝、さっきは大声を出して悪かったな」

 父親が言った。

「別に……」

 素直じゃない息子は謝れない。

「けど、浮気だの離婚だの、軽々しく言って欲しくない」

「冗談じゃん……」

 これは、後でお説教が必要かもしれない。

「そうだけど、な」

「……わかった」

「ん」

 バタバタと騒々しい足音が階段を駆け上がり、その一方で、洗面所のドアが閉まった。

「ね? もう怒ってないよ」

「わたし、謝った方がいい? お父さんがチョコもらったの、浮気って言っちゃった」

 和葉が泣きそうな表情で私を見る。

 和葉は父親が大好きだ。

 父親が自分を可愛がっているとわかっているから、時々生意気な口を利いたりもするが、全て甘えからだ。

 だから、大好きな父親が自分を怒っていると思うと、怖くて堪らないのだろう。

 私は娘の頭に、ポンと手をのせた。

「もう言わなきゃいいんだよ」

「うん!」

 そうだ。

 もう、言わなければいい。

 もう、行かなければいい。



 大丈夫。

 私が勝手に羨んでいじけていただけ……。



 なにがあったわけじゃない。

 なにもなかったことにすればいい。



 実際、何もなかったんだから――。



 私は、悶々とする感情に蓋をした。


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