上 下
6 / 89
1.今も好きですか?

しおりを挟む
*****




「お父さん、今日も遅い?」

 学校から帰るなり、和葉が言った。

「多分。どうしたの?」

 私はパートの帰りに買って来た食材を冷蔵庫に入れていく。

「宿題で、お父さんとお母さんに聞きたいことがあるの」

「なに? 時間かかる?」

「うん、ちょっと」

 晩ご飯の支度があるから、あとにしてもらった。

 一応、和輝にその旨を伝え、少し早く帰れないかメッセージを送る。

 和輝はいつも、九時頃に帰宅する。

 まだ小学生の和葉は、そろそろ寝ようかという時間。

 和輝から『少し早く帰るようにする』とメッセージが返ってきた。

 今日はカレーライス。

 辛い物が好きな和輝の為に、お玉五杯分ほど別の鍋に移して、辛口のルーを入れる。

 いつものように三人で晩ご飯を食べ、由輝はシャワーを浴びて部屋に上がった。

 由輝の前にシャワーを浴びた和葉は、少し湿った髪をクリップでまとめ上げ、食卓テーブルに宿題の用紙を広げた。

「お父さんとお母さんが結婚した理由?」

「そう!」

「え、そんな宿題、いいの?」

 今時、シングルの親も珍しくない。

 母の日や父の日の手紙やプレゼント作りをしない幼稚園や保育園もあると聞く。

 なのに、両親の馴れ初めなんて、もってのほかではないだろうか。

「大きなテーマは『育ててくれた家族』なの。で、自分が生まれた時のことでも、親のことでもいいから、聞き取りしてまとめるの」

「はぁ……」

「私は、二分の一成人式の時に生まれた時のことを結構詳しく聞いちゃったから、更に遡って『お父さんとお母さんがこうして結婚したから私が生まれました』って感じにしようと思って」

 和葉の考えなのか、先生の入れ知恵なのか。

 とにかく、正直に言って親としては面倒だ。

「じゃあ、一つ目の質問! お父さんと初めて会った時の感想は?」

 第一印象、ということか。

「大人の人、って感じかな」

 事実だ。

 当時の私は、スーツを着た五歳年上の和輝が、随分と大人に見えた。

 和葉が私の答えを書き込んでいく。

「どっちが最初に好きって言ったの?」

「え」

 何とも子供には言いにくい質問だ。

「パス」

「えぇー……」

「じゃあ、お父さんのどこが好きで結婚したの?」

 親のこんな話を聞きたいものだろうか。

 きっと、深く考えずに『恋バナ』という感覚だろう。



 由輝なら、親の馴れ初めや惚気なんて気持ち悪いとしか思わないんだろうな。



 私としても、結婚して十五年も経って夫のどこが好きで結婚したかなど娘に話すのは恥ずかしいが、宿題と言うからには全ての質問をパスで通すわけにもいかない。

 和輝だって、きっとろくに答えないだろうから。

「一番は真面目なところかな。お酒は付き合いで軽くしか飲まないし、タバコも吸わない。ギャンブルもしない。大声を上げることも、暴力も振るわない。あ、書くのは『真面目なところ』だけね」

「はーい……。他には?」

「優しいところ」

「やさしいところ……っと。あとは?」

「何個言えばいいの?」

「何個もあるの?」



 そう言われると……。



 私は数秒だけ考えた。

「細かく言えばいっぱいあるけど」

「細かくなくていいよ」

「そ? じゃあね、お母さんのご飯をちゃんと食べてくれるところ」

「ご飯?」

「そ。由輝も和葉も嫌いなものは残すでしょ? でも、お父さんはちゃんと食べてくれるし文句も言わない」

 自分に矛先が向くと思っていなかった和葉が、唇を尖らせる。

「お父さんは大人だからでしょ?」

「そんなこと言ったら、好きなところなくなっちゃうじゃない」

「んー……、わかった。ごはんを――」

 口に出しながら、書いていく。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

私と彼の恋愛攻防戦

真麻一花
恋愛
大好きな彼に告白し続けて一ヶ月。 「好きです」「だが断る」相変わらず彼は素っ気ない。 でもめげない。嫌われてはいないと思っていたから。 だから鬱陶しいと邪険にされても気にせずアタックし続けた。 彼がほんとに私の事が嫌いだったと知るまでは……。嫌われていないなんて言うのは私の思い込みでしかなかった。

愛とは誠実であるべきもの~不誠実な夫は侍女と不倫しました~

hana
恋愛
城下町に広がる広大な領地を治める若き騎士、エドワードは、国王の命により辺境の守護を任されていた。彼には美しい妻ベルがいた。ベルは優美で高貴な心を持つ女性で、村人からも敬愛されていた。二人は、政略結婚にもかかわらず、互いを大切に想い穏やかな日々を送っていた。しかし、ロゼという新しい侍女を雇ったことをきっかけに、エドワードは次第にベルへの愛を疎かにし始める。

生まれ変わっても一緒にはならない

小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。 十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。 カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。 輪廻転生。 私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。

政略結婚だけど溺愛されてます

紗夏
恋愛
隣国との同盟の証として、その国の王太子の元に嫁ぐことになったソフィア。 結婚して1年経っても未だ形ばかりの妻だ。 ソフィアは彼を愛しているのに…。 夫のセオドアはソフィアを大事にはしても、愛してはくれない。 だがこの結婚にはソフィアも知らない事情があって…?! 不器用夫婦のすれ違いストーリーです。

初恋の呪縛

緑谷めい
恋愛
「エミリ。すまないが、これから暫くの間、俺の同僚のアーダの家に食事を作りに行ってくれないだろうか?」  王国騎士団の騎士である夫デニスにそう頼まれたエミリは、もちろん二つ返事で引き受けた。女性騎士のアーダは夫と同期だと聞いている。半年前にエミリとデニスが結婚した際に結婚パーティーの席で他の同僚達と共にデニスから紹介され、面識もある。  ※ 全6話完結予定

友達の肩書き

菅井群青
恋愛
琢磨は友達の彼女や元カノや友達の好きな人には絶対に手を出さないと公言している。 私は……どんなに強く思っても友達だ。私はこの位置から動けない。 どうして、こんなにも好きなのに……恋愛のスタートラインに立てないの……。 「よかった、千紘が友達で本当に良かった──」 近くにいるはずなのに遠い背中を見つめることしか出来ない……。そんな二人の関係が変わる出来事が起こる。

貴方の事を愛していました

ハルン
恋愛
幼い頃から側に居る少し年上の彼が大好きだった。 家の繋がりの為だとしても、婚約した時は部屋に戻ってから一人で泣いてしまう程に嬉しかった。 彼は、婚約者として私を大切にしてくれた。 毎週のお茶会も 誕生日以外のプレゼントも 成人してからのパーティーのエスコートも 私をとても大切にしてくれている。 ーーけれど。 大切だからといって、愛しているとは限らない。 いつからだろう。 彼の視線の先に、一人の綺麗な女性の姿がある事に気が付いたのは。 誠実な彼は、この家同士の婚約の意味をきちんと理解している。だから、その女性と二人きりになる事も噂になる様な事は絶対にしなかった。 このままいけば、数ヶ月後には私達は結婚する。 ーーけれど、本当にそれでいいの? だから私は決めたのだ。 「貴方の事を愛してました」 貴方を忘れる事を。

形だけの妻ですので

hana
恋愛
結婚半年で夫のワルツは堂々と不倫をした。 相手は伯爵令嬢のアリアナ。 栗色の長い髪が印象的な、しかし狡猾そうな女性だった。 形だけの妻である私は黙認を強制されるが……

処理中です...