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1.今も好きですか?
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「お父さん、今日も遅い?」
学校から帰るなり、和葉が言った。
「多分。どうしたの?」
私はパートの帰りに買って来た食材を冷蔵庫に入れていく。
「宿題で、お父さんとお母さんに聞きたいことがあるの」
「なに? 時間かかる?」
「うん、ちょっと」
晩ご飯の支度があるから、あとにしてもらった。
一応、和輝にその旨を伝え、少し早く帰れないかメッセージを送る。
和輝はいつも、九時頃に帰宅する。
まだ小学生の和葉は、そろそろ寝ようかという時間。
和輝から『少し早く帰るようにする』とメッセージが返ってきた。
今日はカレーライス。
辛い物が好きな和輝の為に、お玉五杯分ほど別の鍋に移して、辛口のルーを入れる。
いつものように三人で晩ご飯を食べ、由輝はシャワーを浴びて部屋に上がった。
由輝の前にシャワーを浴びた和葉は、少し湿った髪をクリップでまとめ上げ、食卓テーブルに宿題の用紙を広げた。
「お父さんとお母さんが結婚した理由?」
「そう!」
「え、そんな宿題、いいの?」
今時、シングルの親も珍しくない。
母の日や父の日の手紙やプレゼント作りをしない幼稚園や保育園もあると聞く。
なのに、両親の馴れ初めなんて、もってのほかではないだろうか。
「大きなテーマは『育ててくれた家族』なの。で、自分が生まれた時のことでも、親のことでもいいから、聞き取りしてまとめるの」
「はぁ……」
「私は、二分の一成人式の時に生まれた時のことを結構詳しく聞いちゃったから、更に遡って『お父さんとお母さんがこうして結婚したから私が生まれました』って感じにしようと思って」
和葉の考えなのか、先生の入れ知恵なのか。
とにかく、正直に言って親としては面倒だ。
「じゃあ、一つ目の質問! お父さんと初めて会った時の感想は?」
第一印象、ということか。
「大人の人、って感じかな」
事実だ。
当時の私は、スーツを着た五歳年上の和輝が、随分と大人に見えた。
和葉が私の答えを書き込んでいく。
「どっちが最初に好きって言ったの?」
「え」
何とも子供には言いにくい質問だ。
「パス」
「えぇー……」
「じゃあ、お父さんのどこが好きで結婚したの?」
親のこんな話を聞きたいものだろうか。
きっと、深く考えずに『恋バナ』という感覚だろう。
由輝なら、親の馴れ初めや惚気なんて気持ち悪いとしか思わないんだろうな。
私としても、結婚して十五年も経って夫のどこが好きで結婚したかなど娘に話すのは恥ずかしいが、宿題と言うからには全ての質問をパスで通すわけにもいかない。
和輝だって、きっとろくに答えないだろうから。
「一番は真面目なところかな。お酒は付き合いで軽くしか飲まないし、タバコも吸わない。ギャンブルもしない。大声を上げることも、暴力も振るわない。あ、書くのは『真面目なところ』だけね」
「はーい……。他には?」
「優しいところ」
「やさしいところ……っと。あとは?」
「何個言えばいいの?」
「何個もあるの?」
そう言われると……。
私は数秒だけ考えた。
「細かく言えばいっぱいあるけど」
「細かくなくていいよ」
「そ? じゃあね、お母さんのご飯をちゃんと食べてくれるところ」
「ご飯?」
「そ。由輝も和葉も嫌いなものは残すでしょ? でも、お父さんはちゃんと食べてくれるし文句も言わない」
自分に矛先が向くと思っていなかった和葉が、唇を尖らせる。
「お父さんは大人だからでしょ?」
「そんなこと言ったら、好きなところなくなっちゃうじゃない」
「んー……、わかった。ごはんを――」
口に出しながら、書いていく。
「お父さん、今日も遅い?」
学校から帰るなり、和葉が言った。
「多分。どうしたの?」
私はパートの帰りに買って来た食材を冷蔵庫に入れていく。
「宿題で、お父さんとお母さんに聞きたいことがあるの」
「なに? 時間かかる?」
「うん、ちょっと」
晩ご飯の支度があるから、あとにしてもらった。
一応、和輝にその旨を伝え、少し早く帰れないかメッセージを送る。
和輝はいつも、九時頃に帰宅する。
まだ小学生の和葉は、そろそろ寝ようかという時間。
和輝から『少し早く帰るようにする』とメッセージが返ってきた。
今日はカレーライス。
辛い物が好きな和輝の為に、お玉五杯分ほど別の鍋に移して、辛口のルーを入れる。
いつものように三人で晩ご飯を食べ、由輝はシャワーを浴びて部屋に上がった。
由輝の前にシャワーを浴びた和葉は、少し湿った髪をクリップでまとめ上げ、食卓テーブルに宿題の用紙を広げた。
「お父さんとお母さんが結婚した理由?」
「そう!」
「え、そんな宿題、いいの?」
今時、シングルの親も珍しくない。
母の日や父の日の手紙やプレゼント作りをしない幼稚園や保育園もあると聞く。
なのに、両親の馴れ初めなんて、もってのほかではないだろうか。
「大きなテーマは『育ててくれた家族』なの。で、自分が生まれた時のことでも、親のことでもいいから、聞き取りしてまとめるの」
「はぁ……」
「私は、二分の一成人式の時に生まれた時のことを結構詳しく聞いちゃったから、更に遡って『お父さんとお母さんがこうして結婚したから私が生まれました』って感じにしようと思って」
和葉の考えなのか、先生の入れ知恵なのか。
とにかく、正直に言って親としては面倒だ。
「じゃあ、一つ目の質問! お父さんと初めて会った時の感想は?」
第一印象、ということか。
「大人の人、って感じかな」
事実だ。
当時の私は、スーツを着た五歳年上の和輝が、随分と大人に見えた。
和葉が私の答えを書き込んでいく。
「どっちが最初に好きって言ったの?」
「え」
何とも子供には言いにくい質問だ。
「パス」
「えぇー……」
「じゃあ、お父さんのどこが好きで結婚したの?」
親のこんな話を聞きたいものだろうか。
きっと、深く考えずに『恋バナ』という感覚だろう。
由輝なら、親の馴れ初めや惚気なんて気持ち悪いとしか思わないんだろうな。
私としても、結婚して十五年も経って夫のどこが好きで結婚したかなど娘に話すのは恥ずかしいが、宿題と言うからには全ての質問をパスで通すわけにもいかない。
和輝だって、きっとろくに答えないだろうから。
「一番は真面目なところかな。お酒は付き合いで軽くしか飲まないし、タバコも吸わない。ギャンブルもしない。大声を上げることも、暴力も振るわない。あ、書くのは『真面目なところ』だけね」
「はーい……。他には?」
「優しいところ」
「やさしいところ……っと。あとは?」
「何個言えばいいの?」
「何個もあるの?」
そう言われると……。
私は数秒だけ考えた。
「細かく言えばいっぱいあるけど」
「細かくなくていいよ」
「そ? じゃあね、お母さんのご飯をちゃんと食べてくれるところ」
「ご飯?」
「そ。由輝も和葉も嫌いなものは残すでしょ? でも、お父さんはちゃんと食べてくれるし文句も言わない」
自分に矛先が向くと思っていなかった和葉が、唇を尖らせる。
「お父さんは大人だからでしょ?」
「そんなこと言ったら、好きなところなくなっちゃうじゃない」
「んー……、わかった。ごはんを――」
口に出しながら、書いていく。
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